第3話

「本日はお招きいただき誠に光栄です。平坂源重郎の名代として伺いました。娘の陽愛です」

 今、ドレスアップしたお姫様が挨拶しているのが神仏庁長官の宗像一刀か。

 理事長の元同僚であり、三貴子を神降ろしとして開発する事に成功した研究チームのリーダー。といっても彼の仕事は研究内容について口を出す事ではなく外部から如何に金と人材、それと機材を調達するかだったようだが。

 迎賓館も久し振りだ。

 僕が入ったのは要人警護の訓練以来。

 神仏庁と民間研究機関、そして神仏庁付属高校。この三角関係の役割は明確。

 神仏庁が金を出し、民間研究機関が神降ろしを開発し、神仏庁付属高校がそれを使う。

 そして結果を実績として計上し、神仏庁に予算が下りる。

 一見、この仕組みに不自然な点は無い。神仏庁付属高校は霊力回復に御神酒を使っている。

 たまたま被ったから、平坂を呼んでというか利用して貴族街の迎賓館に入ったは良いモノの。

「この警備体制じゃ動きようがねえな…」

 黒服の連中ばかりが目立ち、ドレスや正装をしている人間は疎らだ。幸いな事に新遠野市警察署から知人は来ていないようだが、こうなると来てくれていた方が動き易かったのではないかという考えさえ浮かんでしまう。

 ふむ。

 僕が物事を事象として捉え、それを語るという展開はなかなかに稀有だな。

 いつもは『化かし』に繋がるような益体も無い事を延々と語る筈なのに。

 つまり、こういう華やかな場に来て、僕も少しは舞い上がっているという事なのだろう。

『会長さん、ついて来て下さい。神仏庁の人間が集まる部屋に招かれました。貴方の素性は露見してません』

『了解した。案内を頼む』

 テレパスで意思疎通をしながら僕は平坂の後を追う。神降ろしが網膜投影する情報更新頻度の多さはやはり僕のような民草が直接出逢う事が出来ないような方々が来ている事を雄弁に語る。新たな人物情報を更新しましたの表示が、さっきから止まらない。

『私、こういう役割なんでドレスアップするのは慣れてますけど。会長さんが正装するのって珍しいですよね?でもなんで警察の制服なんです?』

『祭典や儀典の際、儀典用の制服を身に着けるのが地方警察なんだ。これはドレスコードがあるようなお店に入れる服としても使えるんだぞ。ま、そんな服はこれしか持ってないけどな』

 当然、正規のルートで手に入れた物じゃない。

 いや、出所は正規の警察だが高校生である僕が持つ理由は正規ルートからはかなり遠く外れている。つまりこうした場での要人警護や要人暗殺こそが僕に与えられた役割であるので、警察も理事長の手回しというか根回しに協力してくれたわけだ。それには僕が警察官一家であるという事情も、パート警官だという事情も上手く機能しているのだろう。

 しかしながらいつもとは違って武器の携行は無し。

 神仏庁のSPはボディチェックの練度が高過ぎるとの事前情報は仕入れていた。

 なので今回は短刀すら持ちこめてはいない。

『ムチャクチャ似合ってます!』

『ありがとよ』

 真っ黒な制服が似合ってどうすんだとも思ったが。昭和から続いている風習は簡単に変わらないのが今回上手く作用した。こうして儀礼用制服を着ていれば僕が警察関係者であり、そして平坂源重郎の名代が警察関係者を護衛に付けて来ているのだと周囲は認識してくれるだろう。

 身長が大きいと、こういう時に便利である。

 180センチを超えた辺りから、高校生でも老けて見えるってモンだ。

「うん?御嬢さん、君は_。」

「初めまして。私は平坂源重郎の名代として参りました。娘の陽愛です。此方は護衛として警察から職員の方が。本日は神仏庁より講話があると父も楽しみにしていたのですが」

「おおっ!平坂博士の娘さんか!いや、お美しい!」

「うふふ、ありがとうございます」

 ドレスの裾をつまんで挨拶する平坂。

 制帽の唾を掴んでお辞儀をする僕。

 中肉中背の初老の男性だった。

 ターゲットの身体的特徴と一致しない。

『会長さん。この方です?』

『違う。他を当たるぞ』

 笑顔を崩さないまま、平坂は軽く会釈をして別の人物へと向かった。

 僕はといえば平坂を視界に入れたまま周囲に気を配っていれば良い。

 いつもやってる事だ。

 厳しい表情をしてキョロキョロしてるだけで警察関係者だと誰もが思う。

 制服を着ていれば、尚更だ。

『会長さんと現場が被るなんて珍しい事もあるもんですね?いつもこんな事やってるんです?』

『ああ。今回は理事長の代わりにお前だから少しは気が楽だ。SPの練度が桁違いなのは流石に神仏庁だと舌を巻いたけどな?』

『私、名代として来ているのは本当なんで会長さんのお仕事手伝えませんけど?』

『大丈夫だ。僕が行動を起こしたら其処で一旦バディ解散だな。僕の家で落ち合おう』

 本当に珍しい事もあるもんだ。確かに平坂は会合や式典に呼ばれる事を役割としているし、僕は要人が集まる場所で仕事をする事が多いから可能性が全くのゼロではないのだが。

 ワインが入ったグラスを手に、語りあう二人の男女に近付く平坂。

 僕は三歩引いた位置で待機した。

 僕はこの会合の関係者ではないし。

 暗殺出来る距離として、一番良い。

「おや?君は_。」

「初めまして。平坂源重郎の名代として参りました。私、娘の陽愛と申します」

「これはこれは。可憐な御嬢さんだ」

「うふふ」

 めまぐるしく視界がモニタの世界に切り替わる。

 網膜投影されるのは様々な情報類。


 神降ろし、起動。

 人物照合。

 情報精査。

 再チェック。

 人物照合。

 目標確認。

 目標確認。

 目標確認。

 目標確認。


 制服のベルト。

 バックル部に仕込んでいた剃刀で。

 僕は、平坂が会話を楽しむ相手のもう一人。


 ターゲットの女性、その首を掻っ捌いたのだった。




 その日の夜である。

 勿論場所は、徳川家。

 茶の間にはジャージに着替えて猫かぶりを辞めたお姫様と、チクチクと裁縫をしている巨漢。

 平坂と、忠宗が居た。

 御姫様は相も変わらずタッパーに詰めて来たお土産をパクパクと食べており。

 忠宗は僕のベルトに折り畳みタイプの剃刀を仕込む作業を黙々とこなしている。

「いや~、驚いたのなんのって!綺麗な女性に音もなく近付いたと思ったら、音もなく剃刀で頸動脈をバッサリですよ!そんで悲鳴が上がったと思ったら既に会長さんの姿は消えてたし!興奮冷め遣らぬとはこの事かとぉ!」

「ふむ。殿、ちゃんと一撃で仕留めたんじゃな?苦しめず、一合で仕留めたんじゃな?」

 本日、夕餉は忠宗と平坂との三人で。

 キヨミンとカズホッチは部活で遅くなるため、実家に直帰との事。

 柴犬が施されたエプロンを身に着けハンバーグを作りながら、僕は忠宗に応える。

「ああ。村正バアちゃんの剃刀は切れ味間違いないし、首が傾くぐらい深くに横から喉を掻っ捌いたんだ。あれで即死じゃなかったら僕が驚く」

「なら、ええんじゃ。光学迷彩・隠れ蓑プログラムもキチンと起動しておるようじゃし」

「会長さん、良いな~。私も隠れ蓑とか使ってみたいな~?」

 僕のハンバーグは繋ぎにパン粉を使わない。理由としては肉汁の出方にバラつきが産まれてしまうからなのだが、その代わりに粘りをシッカリと出さなくてはならないのでよく練る工程が重要になる。繋ぎのパン粉代わりに牛脂の挽肉を少し揉み込むのも特徴だ。この牛脂の挽肉、お肉屋さんに事前に頼んでおけば安く手に入るので僕は常備しておく事にしている。

 粘りが出るのは勿論、焼いた時にその真価が解るだろう。

 パン粉は確かに便利だが、それだけだと御姫様からクレームが来るのだ。牛乳に浸したパン粉がダマになってるとか何回言われたか解からない。だからこそパン粉に代わるツナギは何かと努力をする事が出来たので牛脂の挽肉に行き着く事も出来たのだがね。

 選択肢は沢山用意しておく必要がある。

 理不尽が襲い掛かって来た時に対処できるように。


 僕は最近、対抗手段を用意するを覚えた。


「でも、追加概念を添加出来る僕しか隠れ蓑プログラムはポン付け出来ないんだろ?」

「必要スロット数がべらぼうに大食いじゃしな。拡張性の高い〈クロウ〉以外は無理じゃ」

「会長さんだけが攻殻機動隊ごっこ出来るって事じゃないですか!ズルいです!」

 よく熱したフライパンにバターを流し、すぐ焦げが出来るようならばタネを投入。表面をよく焼いて肉汁を閉じ込めたら、あとは火を弱めながらジックリと火を通して行けば良い。質の良い牛脂は温度が低くても融解するので内側から合挽肉に熱を与える。

 便利なのです。色々と。

 僕は加藤精肉店から五キロ二百円で買っている。

 それも前沢牛の牛脂を。

 加藤精肉店一人娘のキヨミン曰く_。「幾ら前沢牛でも商品価値が無い牛脂だけど、挽く作業に代金が発生すんのよ」らしい。つまり代金は技術料という事なのだろう。

 挽肉のカレーに加えても美味しいし、餃子にも使える。

 価値の無い牛脂なのに、使い方次第でこんなにも価値が産まれる。

 それは僕が在籍する伝統工芸科の教えにも似ていた。

 創意工夫だ、世の中は。

 世のお母さん方は、是非とも冷凍庫で保存しておいて欲しい。

「ヒーラーも大変な現場に遭遇したのう…。避難誘導、お疲れ様じゃったな?」

「神人ですから義務ですしね。まあ出来レースというかなんというかなので、苦労はしませんでした。逆に褒められちゃいましたから、其処はお父さんの名代として動けたかなと。でも会長さん、あのお姉さんの容疑はなんだったんです?容疑ってか即座に処刑してるんで、知りたいのは抱えたその大罪なんですけど」

「この国で一番重い罪だよ。国家反逆罪と外患誘致。支援物資や義援金を国外組織に横流しして、その上でこの国の情報も流していたんだ。御神酒市場への外資系参入。それを隠れ蓑にしてこの国を売っていたわけだな。ま、隠れ蓑を使ったのは僕なんだけどさ。どうしても亡命されるわけにはいかなかった。実験都市である、この新遠野市の事を知っていたから」

 だから、僕が呼ばれた。

 誰にって、理事長に。

 今回の式典、理事長が不参加なのはそういう事だった。

 式典は最初から、あの重罪人を公開処刑する断罪の場だったに過ぎない。

「しっかし、殿が作る牛脂入りのハンバーグって本当に美味しそうな香りするんじゃよな。今回、ソースは何で行くんじゃ?前回は大葉を乗せたおろしポン酢じゃったが」

「イタリアンにトマトソースも良いですねえ♪色んな茸をたっぷり入れてです」

「シンプルに摩り下ろしたタマネギと醤油と砂糖を混ぜただけのオニオンソースだな。合挽肉は安い海外産だけど牛脂が特上だからシンプルなのが一番美味しい」

 目標の処刑を発動条件としてプログラムに噛ませていたのですぐさま隠れ蓑は発動。

 喧々囂々の迎賓館をスタスタと歩いて抜け、スピードトリプルを隠していた民間の地下駐車場へ向かい、霊力のリチャージに入った五分後にはすでに私服に着替えて旧市街を走っていた。この隠れ蓑、僕だけじゃなく任意の装備品をも不可視にするのでバイクから刀から全てを視えなくするのが便利なのである。

 ま、その分、交通事故の危険性は倍以上に膨れ上がるので。

 リチャージに入るまでは道の端っこをソロリソロリと走らなくてはならないのだが。

 それと普段入れている霊力コンデンサ増量プログラムを外しているのでエネルギー切れになり易いのも注意しなくてはならない。まあ、だからこそ省エネチューンをして貰ったのだけど。

 光学迷彩、使ってみるとそれほど便利な迷彩ではないと理解する。

 今回のように場が荒れている時ならば気付かれないだろうが、光学迷彩を使っていたとしても移動すれば不自然に景色が歪む。それに放射熱をカットするわけでもないのでサーマルゴーグルを使われたら普通にバレる。そして何より全ての霊力をステルスに用いるので姿を消しながらの戦闘みたいなのは不可能だ。

 だから赤外線系の光学サイトを載せている狙撃銃なんか使われたらアウト。

 混乱に乗じて姿を消す、変装が得意な怪盗のような逃げ方でしか使えない。

「どう考えても殿専用のプログラムじゃよな。新しく理事長が開発したのも要人や犯罪者の暗殺専用にって事じゃろ。完全に足音を消して動けるのは殿だけじゃし」

「あれ、どうやってるんです?」

「剣道における摺り足を応用してるだけだ。踏むんじゃなく滑らせるとしか説明出来ん」

 油揚げもフライパンで焼く。これは本当に何もせずにそのままカリッと焼く。スライスした長ネギを散らし、七味を振って麺つゆで。これだけで大豆の香りが立つ、激ウマの一品になる。

 ロメインレタスを半分に切ったら断面を少し焦がしてからカット。ボウルに焼いたベーコンと二度揚げしたクルトンを投入し、それをヨーグルトとマヨネーズとチューブニンニクのソースでレタスと和え、仕上げに黒胡椒とチーズを振れば、グリルド・シーザーサラダの完成だ。

 生の葉物は焼くとまたいつもと違う味わいになる。

 表面に焦げが出来るぐらいに強火でサッとだけ焼くのがコツだといえるだろう。

 醤油と砂糖と摩り下ろしタマネギを合わせたソースに火を入れ、すぐに離して完成。

砂糖が解ける程度で良い。

 生タマネギの辛味が消えては意味が無い。

 無論少し火が通った甘味こそ、隠し味ではあるのだが。

「殿お得意の焼サラダじゃな。しかし、今日は焼き物が多いように思えるが?」

「確かにハンバーグに油揚げの焼き物に焼サラダですね」

「ああ。以前、伝統工芸科のパイプを通して南部鉄器の職人さんに頼んでおいた南部鉄器のフライパンが届いたんだ。もう料理が楽しくて楽しくて仕方がない。この後、理事長も来るんだろうから、理事長には琉球アグー豚の塊を焼いて出そうかと思ってる」

 南部鉄器のオーダーは半年待ちだと言われたのだが。

 巷で噂になってる次代の奥州源氏、その筆頭ならばと。

 特別にフライパンを鍛練してくれたのだ。

 これがまた熱の通り易さが半端じゃなく、更に全くこびり付かない。

 すぐに火が通るので煮物を作る事も出来る。

 ただでさえ料理パートが多い僕の物語だが。

 更に、加速するのは間違いない。

「いつもの今帰仁村の友人から、じゃな?」

「沖縄の食材、いつもありますもんね会長さん家って…」

「信仰体系が日本で唯一、神人を介している。カミンチュって呼ばれる宮司さんとか神主さんとかに近い立場の方らしいんだが。それを学ぶのも僕等の信仰理解度に繋がる。そしたら英霊は更に強くなるってモンだ。いつか行ってみたく思うよな。宮古島じゃイノシシを刺身で食えるというし。マメと呼ばれる豚の腎臓は旧市街でも薄皮を剥いて半分に切って網焼きで食ったりもするけど、内臓女王のキヨミンが全部食べちゃうからなかなか僕等が食う機会は無いし」

 その後、暗殺の話題は全く出なかった。

 出る筈が無いのだ。

 それが当たり前なのだから。

 僕は、それを役割としているのだ。

 人を斬るのが役目の、神人なのだから。

 悪者を斬るのが役目の、神人なのだから。

 斬ったら消えて居なくなる。

 それだけの神人なのだから。


「肉汁が凄いのう…。牛の旨味も桁違いじゃ…」

「コレコレ。会長さんのハンバーグつったら、コレ。この溢れる肉汁と牛の旨味ぃ!」

「合挽肉自体は安いから沢山買えた。其処に牛脂を添加するだけで旨い。おかわりは沢山あるから、遠慮なくな?友達は選べって事だよな。ただ数を増やすんじゃなく、誰を友達にするかが大切になって来る。捨て値の牛脂が入るだけで全く違うだろ?」


 友達は選べないけど。

 だからこそ、選ばれるような人間にならなくちゃならない。

 そういう事だった。

 此度の騒ぎは。

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