第2話 春色の殺意
◇
さてさて物語は移動中の僕から始まる。
その日、僕は貴族街に向けて愛機のスピードトリプルを走らせていた。
語り部とは本当に大変であるなと日々の出来事を物語にしなくちゃならない役割について辟易とする事ばかりなのだけれども、その出来事が本当に物語に成り得るかどうかを精査せず。日常という人生を構成するファクターを切り取っただけのそれを物語足り得るかを考察もせず。だからといって物語然とした日常を果たそうとしてはならないわけであって。
語り部は語り部でしかなく。
作家ではない。
だから僕の眼球と僕の脳味噌が映画のスクリーンになるってことなんだろうけれども。
それも考えたら変な話だ。
それは僕、徳川康平の人生を追体験するという事に他ならないわけだし。
誰がこんなイジメによる自殺を繰り返していたヤツの人生なんかを追体験したいのか。
甚だ疑問ではある。
しかしながら、こうも考えられる。
語り部である僕自身が全ての元凶なのだから。
始まってしまった物語の行く末を見届ける責任があるのだと。
だからこそ、僕が語り部に選ばれたのだと。
ま、そんな事を考えていたところで何かが好転するわけでもない。
好転もしなければ陽転もしない。
運転中なので横転する可能性は大、危険性も大だ。
肝心なのは、僕は普通の人間だという事だ。
ホームズでもワトソンでもない。
バイクを転がす。
すると、こんな益体も無い事を考える。
一番、僕らしい時間であろう。
『殿、念話会議中に運転は危ないぞい?』
『そういう訓練は警察で受けてる。心配ない』
『会長さん!帰りにメロンパン専門店に寄って来て下さい!』
『事件捜査の為であって、遊びに行くんじゃねえんだからさ…』
相手が犯罪者であろうとお姫様はメロンパンの方がプライオリティが高いらしい。
そりゃそうだろう。平坂は御姫様であっても女子高生だ。御神酒市場への外資系参入なんて大人の事情にそもそも興味が無いのは当然である。
しかし興味は無くとも知っておかねばならない事柄というのは世の中には在る。皆の為に、公的に生きるというには知らなかったでは済まない事が多いのが世間様だ。自分を貫くというのは聞こえは良いが結局はワガママを通しているに過ぎない。
特に僕等のような警察の下請けなんかをやっていると尚更である。
尚更で、殊更に日々の勉強は欠かせない。
僕は最近、対抗手段を用意しておくを覚えた。
念話会議の部屋は平坂が独自に開発(というか勝手に構築した。生体サーバーなのでなんでもありなのが素敵なウチの御姫様だった)しているので枝葉が付くという事が無い。いわば電子の密室。此処での情報共有は軍事機密書類のやり取りにも勝る防御性を誇る。
何故ならば幕府幹部級以外、此処のヒメちゃんルームに侵入する事は不可能だ。
電子の部屋には一人の少女の画像が浮かび上がる。
僕はその電子の部屋をサブカメラで確認。
視界の隅に移動させた。
運転中だ、意識を潜らせるわけにはいかない。
『この十代の天才ハッカーが本物だとしてじゃぞ?ヤオロズネットを弄って祟りを意図的に発生させるなんて事は可能なのかのう?祟りはそのまま災害じゃ。竜巻を狙った時刻・狙った位置に発生させるなんて事は気象庁でも無理な話じゃし…』
『ハッカーってよりは祈祷師とかに近いと思いますけどね。ヒミコってハンドルネームがそもそもこの国における国を背負った祈祷師なんでしょ?そりゃヤオロズネットでも遊べるようなゲームアプリとかありますよ?この可愛らしい女の子がそれを製作したってのも事実です。ですがクリエイターが気象を操れない以上、彼女の本質は雨乞いとか丑の刻参りとかやっちゃう系女子なんだと認識しませんと』
『僕はこのまま御神酒市場に参戦したっつー企業を調べる為に貴族街の迎賓館に潜入しなくちゃならない。学生の飲酒を促進するイメージが付きまとうあれは商売にしちゃならない回復アイテムなんだ。地元の酒造が手作業で仕込むからこそ酒に霊力が宿るんだし、大量生産されちゃ僕等が戦闘出来なくなる』
ハンドメイドだからこそ神様が宿る。
僕が在籍する伝統工芸科が今のこの時代にも人気の所以である。
『てか、祟りの任意操作なんてとんでもねーのが発生してるってのに全員がそれぞれ独立して動けないのも高校生探偵らしいよな。僕はテロを何とかする為に公安の裏方として人斬り稼業だし、忠宗は海上自衛隊の手伝いとして太平洋に現れたっていう水棲タイプの祟りと戦闘をするんだろ?国賓扱いの平坂は呑気に立食パーティーだし』
『呑気とは聞き捨てならねーっすね。その昔、ジャパンは諸外国との対等の条約を結ぶ為に鹿鳴館で夜会を行いました。その実績から国際的な外交手段として会食パーチ―は有効であるとは誰もが知る事実です。ま、私は外交とか如何でも良いんで出てくる料理を全部食べて残った余り物をタッパーに詰めて貰うというのが主なミッションなわけですけどぉ?』
『なんとも庶民的な国賓じゃな…。じゃがこうして普段から一緒に馬鹿をやっとるから忘れがちじゃが、ヒーラーは国連と繋がりのある特使じゃ。祟り操作というキナ臭い案件に軽々と出せる駒ではないのは確かじゃな。ヤオロズネットの生体サーバーという事は駒というか盤其の物であるわけじゃし』
平坂はその可憐な容姿と天真爛漫なキャラクターからか理事長の代わり、つまりは名代として式典や会合に呼ばれる事が多い。
その度にタッパーに残り物を詰めて貰って来ては宮廷料理だの高級懐石だのの庶民が凡そ口に出来ないであろう至高であり究極の味を僕等に分け与えてくれる。その中でも一番驚いたのは厚焼き玉子であった。間違いなく丁寧に引いた出汁だけでなく摩り下ろした山芋も加えられている。それほどまでにシットリふっくらなあの厚焼き玉子は卵料理こそが懐石料理の極意と言われる事を納得させるだけの確かな職人技が在った。
いや、御金を払わずに残飯にありついてる時点でお前が味を語るなって話なのだがね。
また平坂もおねだり上手なのかなんなのか、明らかにタッパーに詰める為に新たに拵えられたようなオミヤを頂いて来る事も多く、僕等は旧市街の単なる田舎者であるというのに舌がドンドン肥えていくのだった。
果てしなく如何でも良かったな。
ストーリー続けます。
『だがこの天才ハッカー。明らかに他人の顔をアイコンにしてるぞ?僕、このアイコン視た事あるもん、そのアイコン、週刊少年マガジンの表紙で水着になってた綺麗な姉ちゃんだもん。ところがだ。僕等は普段から美少女に囲まれているから、気になるのはその内面だけだと意識の底にインプットされてしまってる』
『じゃな。美人や美少女に囲まれる事は現実に起こると良い事ではないのう。容姿端麗という才能に何の価値も見出さなくなる。天才ハッカーはその辺りをまだ理解しておらんな。男子と女子の魅力とは性別の違いが無関係じゃ。総じて外見ではなく、中身じゃとな』
『まぁーたそんなジジイみてえな事を言ってますね、御二方。でもでも!祟りを操るようなクリエイターが素顔を隠してるってのも面倒な話っすね、ヤオロズネットに登録してる住所も『ナメック星・一番地』とかですから、これ私達がカチコミかけて成敗する事が出来ないってわけでしょ?』
超ハイセンスな住所であった。
もしかしたら、最長老様なのかもしれない。
お会いしたら眠っている力を引き出して貰って、ギニュー特選隊に備えなければ。
『そういやヒーラー、殿の神降ろしをチューニングしたんじゃろ?今度はどんな塩梅になったんじゃ?この前みたいに決戦でもないのに決戦仕様とかいっての燃費度外視は困るぞい?』
『すげえ迷惑かけちゃったよね…。そもそも牛若丸はエクスカリバー使わねえだろ。霊力、あのキラキラする長剣に全部持って行かれて一歩も動けなくなったんだからな⁉』
『だって剣術道場産まれ剣術道場育ちの会長さんだったら、世界各国のどんな剣でも使えるかなーって思ったんですもん。主人公ならエクスカリバーの一つや二つ、使ってナンボっしょ?』
ムチャクチャ言う御姫様だった。
僕が宿した〈クロウ〉は言わずもがな牛若丸なので、言わずもがな日本人だ。
間違っても天使の国の王様じゃない。
日本人は神様が鍛えたような物は持っちゃいけない。
あの時は神降ろしの網膜表示機能に『規格外の兵装を確認。ただちに使用を中止して下さい』の表示が止まらなくなり、正しい意味で目の前が真っ赤になった。神降ろしはロボコップみたいなもんだ。そのロボコップにビームマグナムを持たせたところで、ロボコップは重くて潰れるだけである。
『概念礼装を付加するってのも考えモンじゃよな。殿の場合、村正・籠釣瓶を常に差しておるし礼装は不要な気もするんじゃが』
『今ならロボ物の実験機とか試験機の気持ちがよく解る。その内、俺はモルモットじゃないとコクピットのコンソールに表示してくるようなロボットが出て来るだろうと僕は踏んでるぞ?出撃命令が出たらオイルの涙を流してだ!』
『だから今回のチューニングはパワーアップというよりメンテナンスに近くしたんじゃないですか。限界出力を低くして、その代わりに霊力消費を抑えるという省エネ仕様です!』
それが一番だ。
別に出力を高くしたところで限界ギリギリのバトルなんか発生しないし。
よしんば発生したところで僕だけが戦うわけじゃない。
その天才ハッカーが本当に祟りを操っていたとしても、僕だけが物語の主人公宜しく対峙する訳じゃない。そもそも本当に存在するかどうかも怪しいモンだ。
確かに僕は主人公かも知れないけど。
嫌々やってる主人公だし。
多分、世の中の主人公、ノリノリでやってる方っていないと思う。
省エネは大事だ。
血圧が上がらないように生きる。
足元を見て、上を視ずに。
『平坂と僕の現場が被るって初めてだよな?』
『ですです!よろしくです、会長さん!もう私は現場入ってるんでお待ちし待てますね!』
『互いに助け合うんじゃぞ?まあ、お主らの任務内容は水と油じゃが』
そりゃそうだと首肯した。
平坂は会合だし。
僕は暗殺だし。
とある天才ハッカーを追わなくてはならないという事情を抱えた此度の物語。
学連と喧嘩をする事と成った此度の物語。
そして、二人の軍神と喧嘩をしなくてはならなくなった物語。
思えば、この時点で気付いていりゃ良かったんだ。
概念礼装の話題が出てたんだから。
百足に、気付いてりゃ良かったんだ。
というわけで。
今回のお話は貴族街・迎賓館から始まる。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます