独身最後の夜にて

 私と立川さん……直哉さんは指輪を買いに行き、結婚式についてを詰めることになった。

 そうは言っても今は土日でも人が揃うことが滅多になく、結局は大安吉日に皆で食事会をして、ドレスでの写真撮影は後日行うこととなった。


「引っ越しとかも物件がなかなか見つからないしなあ」

「あと籍入れに行く日ですよねえ……籍入れたあと、あちこちはしごしないと駄目なんで、まとまった休み取れる日じゃないと駄目です」

「難しいなあ……」


 食事会に誰を招待するか、誰を外すかとか。どこで食べに行くか……私も立川さんも「あの洋食屋にしようか」で決めたから、どのメニューにするかを今悩んでいる。

 結婚の準備について一年単位でスケジュールを刻んでいるものの。リリパスは未だに魔法少女の後任を見つけられないでいた。


「アラサーやおじいさんまで魔法少女にしてるのに。なんでいないの?」

「ミュミュウ……リリパスを見らえる人はいるにはいるんですが……妖精の鱗粉やオーラを悪用しない人という条件ですと、誰でもいいって訳にはいないのです」

「……納得。でもそこまでリリパスのおめがねに叶う人っていないんだ……」

「ナナ様やテンカ様、他の町の皆々様は、やましいことに力を使いません。ただ力を持たせた途端に人が変わってしまう方もおられますし、悪いことをして、魔法少女が闇妖精を育てるようになってはいけません」


 ……リリパスが後任を見つけられない理由が割としっかりしている以上、こちらも「ほら私は寿退職だ、誰でもいいから後任を出せ」なんて意地悪を言えない。

 そんな訳で、私は未だに魔法少女をやめることができずにいた。

 さすがに結婚して、家事の最中や子育て中に出動要請が来ても困るから、この辺りの引継ぎはちゃんと済ませておきないのだけれど。

 そんなこんなで、私と直哉さんが籍を入れる日も決まり、私が一日休みをもらって、あちこち駆けずり回ってはしごをする日が決まったのだった。


****


「それじゃあ、結婚証明書をもらって、これを元に会社に報告、銀行もろもろに名義変更、あとスマホ会社、通販会社……」

「知人には一応メールで一斉送信で結婚報告するけれど、結婚報告のはがきも出そうか」

「今時結婚報告をはがきって思ってましたけど、メールやアプリの連絡付かない人には、はがきが一番いいんですよね……」


 なんと言っても、メールやアプリの場合は、見た見ないが確認できてしまうけれど、はがきの場合は好きなときに見られるから、相手に気を遣わせなくてもいい。

 メールやアプリはその日のうちに返信がマナーとか言われるから、相手に気を遣わせるようで困るのだ。

 こうして、独身最後の日をどたばたしていてやっとふたり用のアパートの目星も付き、引っ越しの準備をしていた。

 ふたりで家電の仕分けをして、だいたいの台所家電は私のもの、洗濯機や掃除機は直哉さんのほうが先に買い換えたからそちらとして、あれこれ粗大ゴミにすべく連絡して回って、さすがに疲れた。


「疲れたぁ……」

「お疲れ様。明日朝一番に役所に行くけど、体力残ってる?」

「なんとか……でも家電もろもろは引っ越しのために電源抜いてますし、今晩どうしましょうか」


 時間が中途半端だから、今から食べに行くのも体力が残ってなさそうで困る。


「なら出前頼もうか、奈々さんなにだったら食べられる?」

「最後の晩餐になるんですよねえ、これ」

「そりゃ独身最後のだし」


 普通に考えたら、ピザだったら近所にそこそこおいしい宅配ピザがあるし、それ頼めば早いだろう。でも、独身最後の食事がピザでいいのかと、見栄っ張りな私が囁いてくる。

 独身最後の晩餐をふたりで頼むには。


「……お寿司食べたいです」

「寿司ね。デリバリーでも割と新鮮なネタ扱ってるところあるよ。その店にする?」

「はいぃ……」


 魚屋がやっている寿司屋は、回転寿司とかデリバリーとかやっているけれど、比較的ネタが新鮮で味もいい。それで、比較的ランクの高い寿司を頼んで、ふたりで待つことにした。


「お寿司なら緑茶ですよね……今から急須は出せませんけど、ティーパックのお茶なら、なんとか」


 私はのろのろとまだ使うから置いていたやかんでお湯を沸かし、ティーパックを湯飲みに入れてお茶を淹れる準備をはじめた。


「奈々さん、緊張してる?」

「してると言いますか、してますねえ……」


 こうも段ボールだらけな中とは言えど、ふたりっきりでのんびりと過ごしている。明日からはふたりっきりでいる時間が増えるのだ。今から慣れたほうがいいのに、どうにも落ち着かない。

 ただふたりでのんびりできてたら、それでよかったのに。

 気恥ずかしさを誤魔化すように、やかんが湯気を噴き出すのを待っている中。


「ナナ様! 闇妖精です!」

「ギャアアアアア!!」

「……奈々さん?」


 なんで。こうも。いい雰囲気のときに、邪魔するの!

 でもどうしよう。ここで「今から魔法少女として闇妖精と戦ってきます!」なんて婚約者置いて出て行ったら、普通はマリッジブルーのせいでおかしくなったと思われる。

 どうしよう。どうしょうどうしよう。

 私がダラダラと冷や汗を流している中。


「……奈々さん、その横の白い生き物、なに?」


 直哉さんは、私の隣にいるリリパスにしっかりと視線を向けているのに、私はだんだん血の気がなくなっていくのを感じた。

 ……リリパスが言っていた条件に、たしかに直哉さんは合う。

 普通にまともな倫理観があって、妖精の鱗粉や闇オーラを使って悪さをしない。なによりも、リリパスや妖精関連が見える。普通は闇妖精が暴れ回っても、ガス爆発や不条理な事故があったとしかわからないし、実際に闇妖精が暴れ回ったあとは、普通にそういう風に処理されている。


「ナナ様の旦那さんが、次の魔法少女……」

「駄目ええええええ!!」


 さすがに私はたまりかねて、リリパスの耳を掴んで思いっきり大きなハンバーガーを食べるために潰すように潰した。


「ミュミュミュミュ……! ナナしゃまなにを…………」

「リリパス、私が魔法少女するのはいいけど! 直哉さんは、駄目!」

「えっ、魔法少女? あとこの白い生き物が、リリパス?」

「あ…………」


 独身最後の夜。

 婚約者にとうとう魔法少女をしていることがバレました。

 どうすんの、これ。

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