独身最後の晩餐
私はひとまず、リリパスを耳ごと引っ掴んで、直哉さんに振り返った。
「と、とりあえず私、闇妖精と戦ってきます! 無事に帰ってきますから、待っててくださいね!」
「あ、奈々さん……」
さすがに若返るとはいえど、フリッフリのレーシーな魔法少女姿に変身する様は見せられないなあ。私はそのままバタンと廊下に出ると、「カレイドスコープ、オープン!」と呪文を唱えて、リリパスを掴んだまま走りはじめた。
風になりながら、リリパスが「ミュミュウ……」と抗議する声を聞き流す。
「寿退社するために引継ぎ見つかったじゃないですかあ……」
「駄目! というか結婚するために魔法少女引退するのに、どうしてうちの婚約者を代打にしようとするの!?」
「ナナ様とお仕事先同じですから、今までと変わらないと……」
「新婚生活送らせて! 私、魔法少女活動中、デート邪魔されたの一回や二回じゃなかったからね!? そもそも婚約者を性転換させようとしないで!」
「ミュ、ミュミュウ……ですが、テンカさんも……」
「あっちは了承してるでしょう!?」
テンカさんは「年に勝てないから若返って魔法使って仕事を楽させたい」って切実過ぎる願いの見返りで魔法少女やっているから。
いきなり問答無用に「魔法少女になってください。性別は女性固定ですから男性は女性になりますし、年齢も十代固定ですから若返ります」と言われても困るでしょうが。
その条件を悪用しない人って限られるだろうし、たしかに直哉さんは魔法少女になっても悪さなんてしないだろうけれど。
そうグルグル考えている間に、闇妖精が見えてきた。
今回の闇妖精は、うさぎのようなネズミのようなのを大きくした、見た目だけならとにかく可愛いものの、やっていることは大量に卵を投げまくるものだった。その卵はどう見ても禍々しいもので、心なし毒キノコのように見える。
「なんか卵を投げてるけど!?」
「ああ、なんということでしょう!!」
リリパスはやけに戦慄を覚えた顔をしている。なんでだ。
「大変です、あれは闇妖精の卵です!」
「……妖精ってそもそも卵生だったの?」
「この世界の動物みたいに、親が子を産むために卵を産むんじゃなく、世界が卵を産むんですよ! そして闇妖精が闇オーラから産んだ卵は危険なんです!」
「というと?」
「あちこちに闇妖精が生まれてしまいます! ただでさえこの町は魔法少女が不足しておりますのに、辺りの魔法少女だけじゃ対処できなくなってしまいます!」
「そ、そんな……! そんなことになったら!」
「……大変申し訳ございませんが、ナナ様の引退ができなくなってしまいます!」
それはものすごく困る!
さすがに仕事中に呼び出されたことはないものの、あんなにポコポコ卵を投げられてあちこちが闇妖精だらけになったら……大変なことになる。
私だって魔法少女に対して、無茶苦茶熱心に活動している訳ではないけれど、こんなことが大変だってことくらいはわかる。
「とりあえず、あの卵をなんとかしたいけど! あの卵ってなんとかできないの?」
「本来なら、火で焼いてしまえば闇妖精は生まれる前に死ぬんですが……」
「風じゃ駄目!?」
「ただ割るだけじゃ、孵化を手伝うようなものですので駄目です!」
なんて面倒臭い!
あのファンシーな闇妖精もなんとかしないといけない。卵の処分もなんとかしないといけない。どっちもやらないとそもそも引退できない。
でも卵を焼くことができない以上、まずは闇妖精を殴ることからはじめないと……!
私はカレイドタクトに風をまとわりつかせると、一気に加速した。
「卵をあっちこっちにばらまくのはああああ、やめなっさーい!!」
そのまま大きく蹴飛ばす。毛並みふかふか。でも毛並みのせいで、胴にダメージが入らない。
ふさふさクッションでダメージが入らない中、私はなんとか着地した。
ノーダメージでも、闇妖精がこちらにくるんと振り返らせることはできた。
「モフー」
「もう! 可愛い子ぶっても駄目! 卵産み捨て駄目絶対!」
「モフー」
「ギャアアアアアア」
こちらにくるんと振り返った闇妖精が、私に抱き着かんとばかりに腕をブンッと振り回してきた。私は慌てて風の壁をつくって遮るけれど、闇妖精の力は風の壁をも壊そうとする。
「ちょっとリリパス! この妖精なんとかならないの!?」
「無理ですよう! そもそも闇妖精で卵を産むってことは、ここは闇妖精にとって最上の環境だからです! 普通は卵を産む前に退治されるんですが、それまで見逃されてたって訳ですから!」
「つまりはあ……飽食のせいで闇オーラパワーアップ、可愛いは正義ってことで魔法少女たちも見逃してたってこと!?」
「おそらくは……」
「ああん、もう!」
風だけじゃ駄目だ。でも今の私のオーラは、風以外操れないし!
そろそろ風の壁が割れる。もう駄目と思ったときだった。
「ああ、もう。せっかく若いのの門出だってぇのに、邪魔しちゃなんねえじゃねえか」
途端にブワリと炎が舞い上がった。
私の風の中に混ざっている酸素が燃え上がり、炎の壁に変わっていく。
「モフッモフッ!!」
「テンカさん……!!」
「あー……たしかもうそろそろ結婚届出すんじゃなかったか? おめでとさん」
「ありがとうございます! でもリリパスに駆り出されてたんですよ」
「おいおいおい、そりゃあねえだろ?」
テンカさんは炎を巻き起こしたおかげで、火傷した闇妖精がジタバタしている。
その間に私は卵のことを伝えた。
「今弱っているうちだったらとどめをさせると思うんです! その間にテンカさんは卵を焼いてください!」
「卵?」
「あのどくどくしい奴です! 闇妖精の卵だそうで」
私が指差した先の卵を見て、テンカさんは「あー……」と声を上げた。
「なるほど……あんなもん孵ったらたまったもんじゃねえわな。了解した。だがナナ、本当にひとりでやれるか?」
「なんとかします!」
テンカさんはふっと笑った。本当に格好いいな、この人は。
私はそう思いながら、「よろしくお願いします!」と頭を下げてからカレイドタクトを握りしめた。
火傷してパニックを起こしている闇妖精は、まだピョンピョンと跳ねている。ちょっと可愛いけど、その可愛さのせいで今まで放置されていたんだから、ここは心を鬼にしてかからないと。
「カレイドスコープオーラウィンド!!」
私は今まで溜めに溜め込んできたオーラを、気合いを込めて一気に闇妖精の目を狙って噴出した。途端に闇妖精がパニックを起こす。
「モフッモフモフッ!!」
「いくら可愛くっても、駄目なものは駄目ぇぇぇぇ!!」
テンカさんのおかげで、次々と煤けたにおいが広がり、卵が駄目になっていく。
このままなら。私は油断せずに闇妖精が動きが止まるまでオーラを出し切ると、そのまま動かなくなった闇妖精の脳天目がけて、カレイドタクトを突きつけた。
「いいから闇オーラ、吸収させなさい!!」
「モフウウウウウウウウウ!!」
シュルシュルと闇妖精の姿が解けていったかと思ったら、元に戻ったときにいたのは、やっぱりうさぎかネズミかわからないチラチラした生き物だった。
「ええっと……これなんですかね?」
「チンチラじゃねえか? チンチラウサギはうさぎかネズミかわからん姿をしてると聞くが」
「私、猫のチンチラしか知らないんですよね……」
言っている内に、その子はもふもふして去って行ってしまった。
あの子も迷子になってるんだったら、ちゃんと帰れるといいんだけど。
「でも大丈夫かい? 旦那さんほったらかしにしてきて」
「はい……それが、私の婚約者、リリパスの姿が見えるみたいで」
「……大丈夫なのかい、そりゃ」
「わかりません……会ってたしかめないと」
魔法少女やっている嫁なんてヤダとか。魔法少女なりたくないから結婚取りやめとかになったらどうしよう。
私はズーンとしながら、ひとまずはアパートに帰ることにした。
****
「ただいま帰りましたー」
「お帰り、お疲れ様。もう出前の寿司来てるけど、食べられる?」
あまりにも普通に直哉さんが出迎えてくれたのに、私は「あ、あれ?」と思いながら入っていった。私が淹れようとしていた緑茶は直哉さんが淹れ直してくれた。
普段だったら魔法少女の姿で食べ回るから、比較的元気にご飯が食べられるけれど。今は考えることが多過ぎて食事に集中できてない。
それでも明日は引っ越しだからと、なんとか食べる……マグロは赤味だけれど、生臭くなくって味が濃いし、サーモンも蕩けるようにおいしい。ハマチも鯛もおいしい。私がもりもり食べ、生姜もよく食べてからお茶をすすっているのに、はっとなった。
魔法少女の説明、どうするんだ!
「いやあ、前から謎だったんだよ。奈々さんがいきなりどこかに出かけるの。普段からしっかりしているから、鍵の閉め忘れとか、いきなりの呼び出しとか、あからさまな嘘をついていなくなるのはなんでなんだろうと。自分で言うのもなんだけれど、嫌われてはいないとは思ってたから」
「嫌ってません。そもそも直哉さんを嫌ったことは一度もありません」
「婚活連敗笑ってたのに?」
「いやあ……誰でもよくなったんじゃと思ってはいましたが、もう直哉さんに好かれてることわかってますので、もうよくわからない拗ね方してません」
「……思ってるより奈々さんに好かれていたことに、俺もちょっと驚いてる」
「一緒にいて居心地よくないと、そもそも結婚なんてできませんよね?」
「それはそう。話を戻すけど」
とりあえず、私はかいつまんで説明した。
妖精リリパスから、闇妖精退治を依頼されていたこと。妖精も闇妖精も、見える人たちじゃなかったらそもそも対処できないこと。私の引継ぎを探していても見つからない中、なぜか直哉さんが次の人に選ばれたっぽいから、私が殴って止めたこと……。
「ふーん。でも奈々さんも、なんで魔法少女になってたの?」
「……若返るから、です」
「そうなの?」
「……若い頃、たくさん食べられなかったんで……魔法少女になってから運動たくさんするからご飯おいしかったし、若返っている間は胃が丈夫だからなに食べてもよかったんで……」
「えぅ。つまり」
「はい?」
「……奈々さん、若返ったらご飯たくさん食べられるの?」
「……まさか直哉さん、魔法少女引継ぎ受ける気ですか?」
私は怖々聞くと、「さすがに自分は向いてないと思うけど」と答えた。
「自分が魔法少女になるのは、奈々さんほど切実じゃないし。ほら、若い頃にできなかったことって一生引き摺るから。奈々さんもご実家のことがあったから……」
「ま、まあ……なんとかうちの母も前より偏執狂な部分は治ったみたいですが……」
「だから切実に若返らないと困る人が魔法少女になったほうがいいでしょ。俺はあんまりよくないと思う。その妖精が見込んでくれたからって、俺がどこでどう間違えるかわからないし」
「……直哉さんはそんなことありませんけど」
「信用してくれるのは嬉しいけどね、どこかで間違えたらやだから。でも奈々さんは魔法少女続ける?」
「……続けさせてもらえるならば」
「うん、なら」
そう言って直哉さんが口を開いた。
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