魔法少女とプロポーズ

 ゴールデンウィークのせいか、闇妖精はいつもよりも飽食パワーを受けて大きい。

 前に地元で戦った怪獣よりは小さいものの、明らかにトカゲとゴリラの混ざったような大きな闇妖精が、「クギャアアス」と嘶きながら、辺り一面を破壊の限りを尽くしていた。


「やめなさい! ここが通行止めになったらいったいどれだけの規模で迷惑がかかると思っているの!?」

「ミュミュウ……ナナ様、まずはそこなんですか?」

「道一本トラックが通れないだけで、回り回って最終的に経理は死ぬ! ああ、もう……!」


 世の中全ては玉突き事故。ニュースでしか見たことないことだって、回り回って全部自分のところに跳ね返ってくるのだ。つまりは経理は死ぬ。最悪だ。

 私はカレイドタクトを出して、風をタクトに絡ませて闇妖精に向かおうとするものの、途端に闇妖精が口を開ける。

 待って。まさか……。


「クギャアアアアアアアア……!!」

「ぎーやー…………!!」


 口をパカンと開いたかと思ったら、思いっきりビームを出した。ビームを出した。破壊光線だ。浴びたアスファルトが舗装工事もしてないのにジュウジュウ煤けたにおいを醸し出している。

 こんなもん浴びたら人が死ぬし私も死ぬわ!?


「リリパス! 聞いてない! ビーム出す闇妖精なんて全く聞いてませんけど!?」

「ミュミュウ……おそらくですけれど、魔法少女の皆さんも、闇オーラを濾過してオーラとして魔法を使いますでしょう?」

「そうだけど……」

「闇妖精も、闇オーラをたらふく取り込んだ場合、魔法少女の皆様と同じく闇オーラを使って攻撃してきます。つまり、ビームです」

「なるほど……これ妖精の鱗粉被ってるからって、魔法少女が浴びたらまずいんじゃ!?」

「闇オーラですから、普通に危ないです。濾過しきれない闇オーラを浴びた魔法少女が闇落ちするように、闇オーラを浴びたら普通に……」

「いや、これ浴びたら闇落ちする以前に、死なない!? 溶けない!?」

「ミュ……ミュミュウ……?」


 あ、可愛い。

 とぼけてなかったらな!?

 私がガックンガックン振り回しても、リリパスは頼りにならなかった。

 でも本当にこれどうしよう。むやみに浴びたら溶けるか闇落ちするかの二択だし。でもこんなもの町に何度も何度もぶっぱされたら、人が住める場所じゃなくなってしまう。

 でもどういう理屈を捏ねても、私の使う風魔法だったらビームを曲げることは無理だ。

 テンカさん……は今、ゴールデンウィーク中だったら呼びに行くのは無理なんじゃないかな。稼ぎ時の人はちゃんと稼いで欲しい。

 私が脳内で何度も考えた末、ふと気付いた。


「リリパス、確認。あの闇妖精、ビームをどれくらい闇オーラを溜めたら吐き出すの?」

「ミュ、ミュミュ……連発はできないかと思います。闇オーラを食べて膨らんだのが闇妖精ですが、自分の存在を維持できないほども吐き出さないかと思います……次に吐き出すのは、二十分はかかるかと」

「二十分……微妙だなあ」


 二十分間しこたま殴り続けて闇オーラを吸収できるほどの持ち込むっていうのは、骨が折れる。

 ただなあ。引継ぎできる子はいない。応援は期待できない。私プロポーズ一歩手前。

 あんまり立川さんを待たせたくないなあと、外の騒動を知らないで待っているだろうあの人のことを思うと、生きて帰って指輪を買いに行く算段を付けたい……指輪を一緒に選びに行こうなんて言ってくれる相手、あの人を逃したらもう二度と会わないだろうし。

 私はカレイドタクトを構えると、足に風をまとわせる。そして、そのまま一気に闇妖精に距離を詰めた。


「あなたのことは、可哀想だとは思うけれど」


 闇妖精に、風をまとったカレイドタクトで思いっきり太い木の幹のような首を殴りつける。途端に闇妖精は「クギャアア」と声を上げる。


「私はこの町結構好きだし。ご飯好きだし。できれば若返ってこれからもご飯食べたいし」


 一番健康的に生きていた頃、私はおいしいものを一切食べることができず、大学生で美食に目覚めたものの、すぐに体を壊して食べられなくなった。

 魔法少女になって、健康的においしいものが食べられる生活は概ね満たされていた。


「飽食のせいで闇妖精活性化ってばっかじゃないの!? 飽きるほどもおいしいご飯が食べられたことなんてないわ! おいしいご飯を食べられるだけ食べるより、おいしいご飯を好きな人と一緒に食べられたほうがいいじゃない!」


 友達とか、家族とか、恋人とか。

 ひとりご飯も普通に好きだし、人と食べるご飯とは別腹だとは思うけれど。

 そこら辺のフラストレーションで闇妖精活性化するのが、一番訳がわからない。迷惑だ。


「人に八つ当たりするな! 自分の楽しさを究めていけええええええ!!」


 私は何度も何度も、高校時代のうろ覚えの剣道の容量で、闇妖精の首を殴り続け、とうとう一番深くにカレイドタクトを突きつけた。

 そこから、ギュルンッと闇オーラを吸収しはじめる。

 私の支離滅裂な叫びを、リリパスは困った顔で飛びながら聞いていた。


「ミュミュウ……ナナ様、意味がわかりませんけど……」

「ま、真顔で言わないで! こっちだって気合入れるためにがなっていたのであって、意味あって言っていた訳じゃないから!」

「でも……ナナ様の気合が通じたんですかねえ……闇オーラの勢いがだんだん緩んできてますけど」


 リリパスの指摘通り、だんだん闇妖精のオーラは萎んできた。その機会に私は一気にカレイドタクトで闇オーラを吸引していく。

 シュルシュルとカレイドタクトで闇オーラが吸引され、サイズが縮んでいく。

 縮んでいった際、綺麗な色のイグアナになって、そのままノソーンと佇んだ。

 ……どこかで飼っていたイグアナが逃げてきたのかな。誰かに踏まれないよう、とりあえず乗せられるところとおたおたと辺りを見回し、とりあえず看板の上に置いておいてあげることにした。

 さすがに交番に連れて行っても、調書になんの名前を書けばいいかわからないからなあと「ちゃんと飼い主さんと再会できるといいね」と声をかけてから、私は慌ててこの場を離れ、変身を解いた。

 急いでプロポーズを受けないといけない。


****


 私が慌てて洋食屋にまで戻ると、スマホと窓を交互に見ながら、立川さんが落ち着かなさそうに待っていた。


「本当にお待たせしました……なんとかなりました。途中ガス栓とか開いたまんまだったんで閉めてきました」

「よかったあ……一ノ瀬さん大丈夫だった? さっき、ここから少し離れたところで、ガス爆発があったとかで騒ぎになっていたから。もうちょっとしたら消防車とか救急車とか到着すると思う」

「ああ……それには巻き込まれていません」


 周りからしてみると、訳わからないもんな。

 あの怪獣がビーム出しても、なんか無茶苦茶光った挙句にアスファルトが焼ききれてるんだから、妖精の鱗粉がかかってない人には怪奇現象でなにを呼べばいいのかわからず、消防車とか呼ぶはずだ。

 私の言葉に、立川さんは少しだけ困った顔をしてから、ジュエリーショップのサイトを見せてくれた。


「ここの店。できれば食事終わってから、指輪を見に行きたいけど、時間の都合はまだ大丈夫?」

「うわ……すごいです。ここですか?」

「うん。あと、ご家族に挨拶の打ち合わせもしたいけど」

「この間、兄の報告が終わったんで、多分喜ぶと思いますよ」

「お義兄さんには本当に頭が上がらないなあ。お義兄さんの話がなかったら、なかなか挨拶にも行けなかっただろうし」

「立川さんのご家族はどうですか?」

「うち? 多分一ノ瀬さん見て無茶苦茶喜ばれると思う。ずっと婚活連敗してたところで、やっと婚約まとまったから」

「あはは」


 互いにとって、たまたま近くにいた「ちょうどいい」相手だったってだけだろう。

 ただ、居心地がいいからそのまんまにしているだけの。

 その日、久しぶりに豪華なランチをいただいた。

 最近は魔法少女にならなくっても、少しこってりしたものも食べられるようになったのは、いい傾向なんだろう。

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