食レポブログを立ち上げよう
その日、私は久々過ぎる音を聞いた。
シュボーシュボーという蒸気の音。その音をさせているトラックに、私の目は奪われた。
「石焼き芋!」
「なんですかそれは」
「石で焼いているさつまいもだよ。すみません、買います! 買います!」
慌てて石焼き芋のトラックを追いかけると、トラックは道の端に寄せて止まってくれた。
「なんだい、久々に追いかけられたよ」
「そりゃ追いかけますよ、石焼き芋ですし」
ひょいと顔を覗かせてくれたのは、いぶし銀のおじさんだった。ラフなシャツの上に腹巻きをして、その上にジャンパーを羽織っている。そのおじさんは軍手でトラックの背部を開けてくれた。
「大きめがいいかい?」
「ええっと」
私はリリパスをちらちらと見た。リリパスは私以外には見えてないけど、この子にもあげたほうがいいだろう。
「それじゃあ大きめで」
「あいよ」
本当にこんもりと大きなものを包んでくれた。それに私はお金を払うと「毎度」と言って元気に立ち去っていった。残されたのはほかほかの石焼き芋だ。
「いやあ、久々に出会ったなあ」
「石焼き芋屋さんですか?」
「そうそう。最近はスーパーでお手頃価格で石焼き芋をって、機械導入して売ってるところも増えたけど。でも寒い中で買わないと、ありがたみがないんだよねえ」
「そういうものなんですか?」
「そういうものなんだよ。ほら、リリパスにも分けてあげる」
石焼き芋は石炭で焼いているせいか、燃料費が嵩んでいるせいか、最近は本当にトラックを見なくなった。それでも屋台のラーメン、屋台のおでん、屋台の食べ物の至福さを知っていたら、追いかけてでも食べたくなる。
私が「あちあち」と割ると、半分をリリパスにあげる。割ると真っ黄色な芋からとろりと蜜が出た。蜜の出る芋は大物だ。ひと口食べると、味付けは本当になにもないのにもう美味い。その上冷え込んだ中でもなかなか芋が冷えないのも乙なものだ。
「ああ、そうそう。寒い中で食べるのが至福なんだよねえ」
昔は買い食いでコンビニの肉まんなんかも食べていたけれど。今はなかなか手が伸びなくなった。多分間食で肉に手を伸ばすのは罪悪感が伴うからだ。
リリパスも「おいしいです!」とパタパタ飛びつつ、「それにしても」と言い出した。
「なに?」
「この町で闇妖精が活発な原因がわかったような気がします」
「なにそれ」
そういえば、この間リリパスがなにか言いかけてたなあ。
リリパスは石焼き芋をハフハフ食べてから言う。
「飽食です」
「飽食?」
「ご飯がおいし過ぎて、闇妖精が活性化してしまっているんです」
「……でもそれ、どうにかするのって難しくない?」
そんなこと言われても、ご飯はおいしい。はっきり言って私は幼少期、思い返してもご飯がまずかった記憶しかない。
お兄ちゃんは家出するし、お母さんはヒステリー起こすし、お父さんは外でしかご飯食べないし、ご飯がおいしくないといいことなんてなんにもない。
その言葉に「それなんですが」とリリパスは言う。
「普段から奈々様はご飯について造詣が深いでしょう?」
「深いかどうかは知らないけど、まあ?」
「それを文に綴るのはどうでしょうか? 闇妖精も妖精ですし、おいしいという気持ちは伝搬します」
「そうなるとどうなるの?」
「闇妖精も、飽食が原因で活性化しているんですが、おいしいという気持ちが満たされれば力は抑えられるはずです」
「ああ、だから文にすると。でもなあ……私、そんな文章上手くないよ?」
「日頃おっしゃっていることを、そのまま文章にしてくだされば結構ですので」
なるほどなあ。
私がおいしいおいしいと言っているだけで闇妖精が抑えられるんだったら。
実際に、ドブネズミがご飯屋さんの周りで活性化していたら店が気の毒だしなあ。
私は家に帰ってから、ひとまずやるだけやってみることにした。
****
「そうは言ってもなあ……私もブログとかってやったことないんだよねえ」
SNSもなんか繋がりがどうのこうのが面倒臭くって、就活用につくったほとんど書いていない日記SNSしかないし。
食レポSNSに至っては、きな臭い噂が付きまとうから、それに加担するのが嫌で触ったことがない。
その上ブログサービスはぱっと見てもいろいろあり、どれを使えば闇妖精が鎮められるのかがよくわからない。
結局は「書ければいい」「あと食べに行った場所に許可を取る」ということを徹底してからはじめることにした。
自分のスマホで撮った写真を上げ、それにコメントを書いていく。
あまりに怪しくならず、宣伝臭くならず、おいしそうに。おいしそうに。
だからと言って、語彙力のない私だと「おいしかった」「無茶苦茶おいしかった」「本当においしかった」だけになったら馬鹿みたいだから、他の人の食レポブログを見ながら、書き方を勉強して書いた。
「これでいいのかなあ……」
私はリリパスに見せると、リリパスは嬉しそうにくるんと回った。
「素晴らしいです!」
「えー……」
おいしかった夜パフェ。ひたすらに懐かしいラーメンと鉄火丼。他にも他にも、私の好きな食べ物が並んでいる。
最後にタイトルをどうするか考えないといけない。
「食道楽なんて、どこでも使われる言葉だし……」
「魔法少女の食レポでよろしいんじゃないですか?」
「……魔法少女なんて書いていかがわしくないのかな」
「魔法少女ではありませんか」
「んー……まあ、差別化できて、他の人からとやかく言われないか」
結局は『魔法少女の食道楽』なんて怪しさ満点の名前のブログになってしまった。
これで闇妖精が抑制されるならいいけど、こんなんでいいんだろうかと本気で考え込んでしまった。
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