閉店間際の喫茶店

 それからも、たびたび魔法少女活動をしては、食べに出かけ、店の許可が取れたらブログを更新していた。

 最初は色物かと思われていたブログも、少しずつ読みに来る人が増えてきた。


「魔法少女をしながらブログをやって、それで最近少し充実している気がする」


 職場ではあまりにも各部署から嫌われまくり、今や経理は人事と同じくらいの嫌われ度だ。こっちだって好きで領収書請求してるんじゃない。

 それに対して魔法少女は闇妖精が祓えて、若返り補正で荒れた胃も鎮まっておいしくご飯が食べられ、ブログを書いたら闇妖精が沈静化する。

 おまけに最近魔法少女で無理矢理カレイドタクトを振り回しているせいだろうか。健康診断を受けたら感心されたのだ。


「最近適度な運動をしていますか? 数字がかなり下がってるんですけど」

「そうなんですか?」

「経理の人って、ストレスのせいでカフェイン摂りまくってますから、適度な運動とカリウムで体の外に出さないと腎臓とかにも悪いですからねえ」


 よく食べよく運動して健康診断でも褒められる。

 今のところ魔法少女になっていいことしかない。年には勝てないからと断らなくってよかったと、今ものすごく感謝しているところだ。

 そんな中、今日も闇妖精が現れた。

 どうもアライグマらしく、普段だったら噛まれないように距離を稼いでから一気に距離を詰めて殴れば終わるところを、爪が猫よりも大きく鋭いせいで、なかなか近付くことができない。


「これ、カレイドスコープオーラでどうにかならないかな!?」

「飛び道具使うには、距離が半端な上、今は使える闇オーラが足りませんっ!」


 リリパスにそうツッコまれる。

 うーん、飛び道具って便利だけど、闇オーラを規定量溜めないと駄目だから諸刃の剣だなあ。でも殴るにしても、やっぱり高いところから一気に決めなかったら意味がない。

 私はちらりと見ると、電灯だ。

 今は闇妖精大暴れのせいで、周りは騒然として距離を取っている。ここからだったら、このレーシーな格好でも中身を見られることはないだろう。

 私はタクトをかまえて一気に電灯を駆け上る。若い頃も多分こんなことはできなかっただろうけれど、多分妖精的ななにかでできるようになっているんだろう。多分。

 大きくタクトを構えて、闇妖精に突撃する。


「いい加減にぃ、しなさーい……!!」


 大きく口にタクトを突っ込むと、それでえずいたらしく、「グッシュン!!!!」と声を上げて、そのまんまひっくり返ってしまった。

 バタンキューという奴だ。

 私は「ふう」と息を吐いた。


「これで終わりだねえ」

「そうですねえ」


 私はタクトを向けて闇オーラを吸い取ってやると、思った通り闇妖精に乗っ取られていたのはアライグマだった。こんな街中でアライグマ出たら危ないんじゃないかな。保健所に連絡したほうがよくないかな。

 そう思っていたら他の人が連絡してくれたっぽいので、ほっとしてふたりで歩きはじめた。

 今日は珍しく定時に会社を出られたせいか、まだ少しだけディナータイムから店は遠く、まだ開いてないところも多い。


「お腹空いたけど、今晩はどうしようかなあ」

「まだどこかでおいしいものをいただきますか?」

「うーん。今はあんまりおしゃれなものを食べたい気分じゃないんだよねえ」


 この間は魔法少女になっている間は口臭を気にしなくてもいいと気付き、ひたすら飽きるまでイタリアンを食べていた。イタリアンはどうしてもニンニクとオリーブオイルから離れることができず、おいしいけれど臭いから休みの日以外は食べられなかった。

 おいしいおいしいとイタリアン食べ漁っていたから、そろそろもっとおしゃれじゃないものが食べたくなっていた。


「なんか懐かしいものが食べたい感じなんだよねえ」

「どういうものでしょうか?」

「ホットサンドとかあ、ビーフシチューのセットとかあ、グラタンセットとかあ。喫茶店メニューがいいなあ」


 地味に喫茶店メニューって、他の店だとなかなか食べられないんだ。

 ホットサンドはなんかおしゃれにしようとパニーニみたいなのばかりだし。おいしいんだけどホットサンドとパニーニはなんだか距離がある。

 ビーフシチューもごろっと具だくさんなのは洋食屋か喫茶店でしか食べられない。おしゃれな店はねえ、具を別で用意するから、ほとんどスープと具という関係で、具にあんまりビーフシチューの旨味が染みてなくて悲しい。

 グラタンに至っては、何故か喫茶店にはあるのに、それ以外だと存外単品でたっぷりの量は食べられない。フレンチだったらフルコース頼まないと出てこない上、量はかなり少ない。

 あーん。考えたら食べたいよう、食べたいよう。

 そう思って通り過ぎたら。


【今月中に閉店します。

 今までありがとうございました】


 そう書いてある店にぶつかったのだ。


「ここ……」

「ご存じの店ですか?」

「この辺りに越してきたときに、モーニング食べてたなあ。懐かしい」


 まだ胃が荒れてなかった頃、仕事を頑張ろうと自分を励ますために、ひと月ばかり早起きしてモーニングを食べに行っていた喫茶店だった。

 どれもこれもおいしかったけれど。そっか。店長さん、お年だったしなあ。

 最後に入ろうと、私は何気なく戸を開けてみた。


「いらっしゃいませ」

「こんばんはー、席空いてますか?」

「どこでも空いてる席におかけください」


 そう言いながら、店長さんが席を勧めてくれた。当然ながら私がカレイドナナになっているから、なんか知らないが若い子が来てくれたくらいの感覚だった。

 店はまばらで、どの人も静かに食事をしている。ひとりだけノマドワーカーなのか、ノートパソコンをカタカタさせていたけれど。流れてくるジャズも静かだ。

 私はメニューを見ると、リリパスも覗き込んできた。


「なにになさるんですか?」

「どうしようかなあ……私もおいしいものが食べたいんだけれど、夕飯の贅沢って……」


 喫茶店のハンバーグナポリタンに目を留めた。


「すみません、ハンバーグナポリタンセットひとつお願いします」

「おお、かしこまりました」


 ハンバーグもパスタも既に用意してたんだろう。ジュワッと火を通す音がしたかと思ったら、ケチャップの濃い匂いが漂ってくる。


「おいしそう……」

「でもどうしてこの店辞めますの?」

「普通に考えたらお年の都合だろうけど」


 私は眺めていたら、「お待たせしました」とハンバーグナポリタンが届いた。サラダとパンも添えてある。

 そこで私は「あれっ?」と気付いた。

 いつもは薄めのトーストだったのに、今日は丸パンだったのだ。


「店もうすぐ閉めると書いてありましたけど……パン、前はトーストだったと思うんですが」

「ああ……うち、毎日自家製パンを用意してたんですが、パン生成器が壊れてしまいまして。修理するとなったら、店を十年以上黒字にし続けないといけませんので。自分ももう年なのでこれが限界なんだろうと、今月で閉める決断をしたんですよ」

「ああ、なるほど……」


 こだわりのある喫茶店だったら、自家製焙煎のコーヒーだったり、自家製パンだったりを用意している。パンが焼けなくなったから、店を閉めるって決断もわからなくもない。

 もったいないなと思いながらも、私は「お疲れ様です」と挨拶をしてから、ナポリタンを食べはじめた。

 上に乗った目玉焼きとハンバーグを崩しながら、ナポリタンに絡めてフォークで食べる……じんわりとした旨味で、少しだけ目尻が熱くなる。


「そこまで、おいしいんですか?」

「……おいしいんだけどねえ、ちょっと懐かしかったから」

「ミュミュウ……?」

「ここの味に、若かった私はずっと励まされてたんだよ」


 胃が壊れてからは、なかなか食べられなくなっていたここのメニュー。

 食べたらやっぱりおいしかったのに、もう食べられなくなるんだなと思うと、仕方ないと思うのと同時にやりきれなくなる。


「ここの店のことも、ブログに書きますか?」

「やめとく」

「泣くほどおいしいのにですか?」

「そうだよ」


 続けられないってわかっている店を、無理に続けるように促すのは寂しい話だ。

 私はブログを書くだけ書いても、アップせずに下書き保存しておいた。

 この店は、閉店してからゆっくりと感謝したい。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る