餃子ととうもろこしスープ

 ひとり暮らしだと、野菜は高い。

 一部は冷凍させて誤魔化すにしても、それでも高い。


「キャベツはひと玉のほうが安くつくけど、一週間で食べきれる自信がない……」


 胃の友達キャベツですら、買うのに躊躇する。一週間のひとり暮らしで、ずっとポトフに突っ込んだキャベツを食べ続ける訳にもいかないし。

 でもなあ、野菜はちゃんと摂らないとまずい。世の中便秘で死んだ例だってあるんだから、定期的に野菜は摂ったほうがいい。でも高い。

 結局野菜を買うのを諦め、乳酸菌飲料だけ買って帰った。ひとり暮らしだとつくづく野菜をたっぷりと食べる機会に恵まれない。


「ひとり鍋するにしてもなあ……具材が困るんだよなあ。あと野菜たっぷりな鍋って、値段も高い……」


 これが家族と暮らしてるんだったらともかく、ひとり暮らしだとやっぱりあまりコスパにもよくない。そう考えたら、外食でどうにかして野菜たっぷり摂るご飯を食べるしかない。

 野菜たっぷりと言えば中華料理なんだけれど。ニンニクさえ気にしなかったら餃子を食べるのになあ。餃子ってすごいよね、肉の味濃いのに、具材の半分は野菜なんだから。皮で炭水化物、具でタンパク質と脂質、あと野菜が摂れるんだから、あとはとうもろこしスープでも頼んだらその日の一日の必要栄養素全部摂れるんだからなあ。

 ただなあ……外食の餃子って、なんでこうもニンニク臭いんだろう。

 そう思いながら、今日も家に帰ってインスタントの卵スープでつくったおじやを食べていたら、いつの間にやらリリパスがやってきた。


「今日もおじやを食べてらっしゃるんですか?」

「食べてらっしゃるんですよ。野菜も食べたいです」

「ミュミュウ……食べるといいじゃないですか」

「結構高いんだよ、野菜をひとり暮らしで適度に摂ろうとしたら」

「そうなんですか?」

「ところで聞きたいんだけれど、魔法少女になったとき、若返って臓器も若い頃に戻るじゃない?」

「そうですねえ」

「消化されたときの口臭って、あんまり感じたことがないんだけれど」

「ああ、魔法少女になった際、栄養素はたしかに奈々様が摂取しますが、それ以外は魔法少女に依存しますよ?」

「……端的に言って、匂いのきついもの食べたときって、元に戻ったとき臭いの? 臭くないの?」

「口臭は魔法少女になった際に消化されれば消えますよ。元に戻る際には消えてるかと思いますが」

「よっしゃああああ!!」


 私がガッツポーズ取るのに、リリパスは困惑気味に見つめた。


「ミュミュウ……?」

「私、餃子食べたい! 完全栄養食!!」

「は、はあ……」

「最近野菜摂らないと駄目だなと思っていたけれど、ひとり暮らしだったら上手く摂れなくって困ってたのよ、魔法少女最高! 魔法少女最高ー!!」

「ミュ、ミュミュウ……」


 当然ながら、リリパスは引いた目で私を見ていた。

 口臭さえ気にならないならば、食べようじゃないか。町中華のニンニクと野菜たっぷり餃子を!

 闇妖精出ないかなと、リリパスに聞かれたら殴られそうなことを、私は考えていた。


****


 その日の闇妖精は、やけに強かった。


「普段だったら、殴ったらすぐ終わりなのに、今回の闇妖精強くない!?」

「おそらくですが、この辺りの闇オーラがおいしいのだと思います!」

「おいしい闇オーラってなによ!!」


 口の中は餃子に向かって一直線だというのに、闇妖精がちっとも倒れてくれない。カレイドタクトは、やや重くなっているのは、闇オーラを吸収しているのに、完全に吸収しきれてないからだ。掃除機のフィルター詰まりみたいなもんか。

 リリパスに尋ねる。


「なんか魔法少女には飛び道具ないの!? いつもぶん殴ったら終わりって、感じで、あんまり考えたことないけど!!」

「それならば、そのタクトからオーラが出せます!」

「……闇オーラを吸収してるのに、オーラ出して大丈夫なの?」

「タクトを通せば大丈夫です!」


 あれか。フィルター通してたら空気清浄機から出る空気は菌がないって奴か。

 私はそう思いながら、タクトをくるんと回した。やっぱり闇オーラのせいで少々重くなっている。


「観念なさい、カレイドスコープオーラ……!!」


 くるんくるんくるんくるんとタクトを回すと、あれだけ重かったタクトが軽くなってきた。そしてタクトの先の宝石から溢れてくるのは、まるで真昼の太陽のような強い光……このタクトなにでできてるんだろうな、あれだけ禍々しい闇オーラをフィルターで綺麗にするんだから。

 それに闇妖精は「ボワアアアアアアア!!」と声を上げてドシーンッと音を立てて倒れてしまった。

 私はそれにタクトを向けると、闇オーラを吸収しはじめる。

 闇妖精は消え失せ、縮まっていってドブネズミになってしまった。でっぷりと太っているのは、多分この辺りが商店街で、商店街で働く人たちも通っている飲食店が多いからだ。


「……よしっ、これでいよいよ町中華ねっ」

「まちちゅうかってなんですか?」

「街の中に入っている中華料理店のことだよぉ」


 大雑把に言ってしまうと、本格中華は中華街なんかで華僑や中国人がつくった本場の人向けの料理。それに対して町中華は、中華料理の区分ではあるけれど日本人好みに大きくアレンジが加わっている奴だ。

 天津飯やラーメンなんかも中華料理に区分に入れられているけど、実は日本生まれだし。クリームシチューだって洋食に見せかけた日本料理だし、外国生まれに擬態した日本食って結構紛れ込んでいるのだ。

 そんな訳で町中華に入る。この時間帯になると仕事帰りのサラリーマンがビールとビールの宛に餃子を無茶苦茶食べに来る。


「こんばんはー、ひとり入れますかー?」

「はいよー。二階席どうぞー」


 言われるがままに二階席の一番小さな席に通される。


「なににしますか?」

「ええと、餃子一人前、とうもろこしスープお願いします」

「かしこまりました」


 お冷やを飲みつつ、私は「ふうっ」とひと息ついた。私の周りを飛んでいたリリパスは、不思議そうな顔だ。


「野菜いっぱい摂れますか?」

「摂れる摂れる。まずは多分とうもろこしスープだよねえ」

「お待たせしましたー、とうもろこしスープになります」

「おおっ」


 薄い卵がぷかぷか浮いた、とうもろこしたっぷりのスープ。ひと口すすると、卵ととうもろこしの優しい味がする。


「おいしい……」

「おいしいですか? 酸っぱくはないですか?」


 前に食べた冷麺で、リリパスは心に傷を残していた。


「酸っぱくないよ。ほら」


 ひと口れんげですくってあげると、リリパスは目をキラキラとさせた。


「おいしいです!」

「うんうん。本当にこのおいしいスープって意外と家庭だとつくりにくいんだよねえ」


 そうこう言っている内に、メインディッシュが来た。


「お待たせしましたぁ、餃子になります。そちらの酢醤油かこちらの醤油にからしを足してお召し上がりください」

「ありがとうございまーす」


 リリパスは「酢」になにかを感じたらしく戦慄を覚えた顔をして固まっている。多分妖精のする顔じゃあない。


「リリパス、その顔止めなさい」

「ミュ、ミュミュウ……」

「私はからし醤油で食べるよ。からし醤油は大丈夫?」

「多分……」


 町中華でも羽根つき餃子で、なかなかやるなと唸る。

 そして私はひと切れからしを溶かした醤油に浸けて、がぶりといただいた。

 肉が甘い、野菜が美味い、においがきつい、でも無茶苦茶美味い。私は喉の奥から「くぅぅぅぅ」と声を上げた。


「ビールが飲みたいけど、さすがにこの格好じゃあなあ」


 魔法少女のヒラヒラレーシーな格好でも妖精のオーラのせいで、誰もこちらに見向きもしない。でも十代のお肌すべすべな年頃、これでアルコールを決めるのはさすがに犯罪な気がする。

 でも、この餃子の美味さは本物だわ。私はもうひと口ガブリと食べた。そのたびに「くぅぅぅ」と声を上げるため、とうとうリリパスが「おいしいんですか?」と尋ねてきた。

 この子結構グルメだよなあ。まあ、これだけがっつりとした味なら、子供舌のリリパスでもおいしさはわかるか。


「ほら、リリパスはこの小皿で食べて」


 私は自分の以外の小皿を出すと、そこに醤油を入れてあげた。それにリリパスはチョコンと醤油を漬けてから、パクリと餃子をいただいた。


「すごいです、噛んだらお汁がいっぱい出てきます」

「肉汁ね。肉汁出てきておいしいなんて、ずいぶん通な食レポだねえ」

「しょくれぽ……ですか?」

「食レポ。言葉を尽くしておいしい料理のレビューをすることかなあ?」

「食レポ……」


 リリパスはなにかを考えているようだったけれど、私は気にせず、餃子をガブガブ食べていた。本当に、食べても食べてもニンニク臭くならないって、最高だなあ!

 私はそれにただ、ひたすら浮かれていた。

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