焼肉屋では冷麺

 今日は上司の退職祝いで、皆で飲み会だ。

 もっとも。うちの部署の過半数はカフェインドリンクで胃をやられてしまっているから、和やかに飲んでいるのは上司たちと若い子たちだけで、残りはチビチビ体に優しいものを食べている。

 私も昔はアルコールをそこそこ飲めたけれど、今はビールをジョッキ一杯をお冷やと一緒に交互に飲むが精一杯。日本酒はコップ一杯でも無理だし、ワインは度数が高過ぎて論外。食べるご飯も油っぽいものは避けて、できる限りさっぱりしたものを食べている。

 今日は焼き肉屋での飲み会だけれど、皆汚れてもいい服を着ながら黙々と笑いながら肉を焼いて若い子や上司に振る舞っているのを眺めながら、私たちは残りがちな野菜をちびちび焼いて食べていた。肉も油があんまりない部位じゃないと食べきれない。

 肉はポン酢でさっぱり食べ、できる限り甘辛いタレに付けないよう心がけている。


「こういうとき、もし飲み会に来てなかったら、冷麺食べてたかもなあ」


 そう話しかけてくれたのは、若い子たちと上司の肉の世話を終えて自分の席に戻ってきた立川さんだった。


「冷麺ですか」

「外で食べに行っても、焼き肉屋以外だったら案外冷麺って食べられないもんな」

「そういえばそうですね」

「昼休みにちょっと食べたくなっても、さすがに昼休みに冷麺だけ食べに行くのも心苦しいというか」

「わかります」


 いくらひとりでご飯を食べに行くときだとしても、皆が焼き肉を焼いている中で堂々と冷麺だけ食べて帰るのもなんとなく気が引ける。

 おまけに今日はアルコールに少量の肉、野菜でお腹が中途半端だから、ここでがっつりと冷麺を頼んだらお腹がはち切れてしまう気がする。体によくない。

 それに立川さんが「じゃあ、今度焼き肉屋で冷麺食べに行こうか?」と言われた。

 これは、ひとりで食べるのが気が引けるから、数で勝負で冷麺食べようって魂胆だろうか。おかしくなって思わず笑うと、立川さんは「ああ……」と気まずそうに頭を引っ掻いた。


「まあ、一ノ瀬さんがよかったらだけれど」

「私もあんまりたくさんは食べられませんけど、それでよかったら」

「昼からがっつり食べたら午後からのデスクワーク頭が回らなくなるだろ」

「それもそうですねえ」


 今日の飲み会も、中途半端な感じで終わってしまった。

 家に帰ったらちょっとだけ贅沢なお粥を食べよう。


****


「変身しないときは、食事は中途半端なんですか?」


 今日もどこからともなくリリパスがやってきて、ふよふよと浮いている。相変わらず人には見えていないらしい。

 それに私は「まあねえ」と頷いた。


「人と食べてるときって、人の目線が気になってそんなにたくさん食べられないし。そもそも体が悪くてそんなにたくさん食べきれない」

「ミュミュウ? 体悪い方に魔法少女を頼んでしまいましたか?」

「いやいやいや。単純に胃が荒れてるだけだから。その点カレイドナナになってるときは、誰もこちらを見ないし覚えてないから楽だよ。お金さえ支払ってしまえば誰も気にせずに食事が摂れるし」

「不思議なこともありますねえ……ところでこれなにしてるんですか?」

「中途半端な量しか食べられなかったけど、中途半端過ぎて夜中に起きそうだから、中途半端な胃の負担にならないものつくってる」


 つくるというのもおこがましい。単純に市販の白粥に中華スープの素を投下して混ぜただけだ。このひと手間だけで、水っぽいお粥も中華料理店で出される高級粥にも負けず劣らずな味になる。

 多分本当だったらほたての出汁とか入れればいいんだろうけれど、そんなものはひとり暮らしの家には荷が重過ぎる。使い切れないし。

 私が食べる白粥を、リリパスは首を捻って見ているものだから、ひと口上げた。


「ミュミュウ?」


 普段なんでも噛んでもおいしいおいしいと言うリリパスが、珍しく困惑していた。

 どうもお粥はそこまで好きじゃないらしい。だとしたら、鍋の締めお雑炊とかも好きじゃなさそうだなあと、そんな暢気なことを思いながら、中途半端な胃を鎮めて、お風呂に入る気力を取り戻したのだった。


****


「いい加減に、しなさあい……!!」


 今日も締め日だ、カフェインドリンクが胃に染みる。

 残業明けの最高にハイなテンションで、闇妖精をカレイドタクトでしこたましばく。今日はドブネズミだったから、手加減はなしだった。

 ボコボコ叩いて闇オーラをタクトで吸引して鎮めると、一時は騒然としていた道端も静かになる。


「はふう……お疲れ様」

「お疲れ様です」

「残業明けで、私まだなんにも食べてないんだから。その上闇妖精退治って……」

「申し訳ございません。ですけど、必要なことですから」


 ショボーンとするリリパスを肩に乗せ、とにかく夜でも食べられそうな店を探しはじめた。

 この時間帯になったら飲み屋だらけになってしまい、さすがに魔法少女姿で入るには躊躇われる店ばかりが目立つ。

 その上お酒は空きっ腹に入れると悪酔いするし、十代の体にお酒を入れたくないという欲もある。そこで「あ」と私は見つけたのは、路地裏の焼き肉屋さんだった。

 昔ながらの畳みの座席に上がって肉を焼くタイプの店で、ちょうど今は団体客が帰ったばかりなのか、席は空いているみたいだ。


「じゃあここにしよっか」

「焼き肉? この間は肉を揚げてましたね?」

「食べ物って調理方法いろいろあるから面白いよね。焼く。揚げる。煮る。蒸す。それぞれ違う食感になるんだよ」

「ミュミュウ……」


 そうこう言っている間に席につき、お冷やをもらう。


「なにになさいますか?」

「なら冷麺ってありますか?」

「ございますよ」

「なら冷麺ひとつ」

「かしこまりました」


 それをリリパスは「ミュミュウ?」と困惑した顔をしていた。


「れいめんってなんですか?」

「冷麺は元々お隣の国の麺だけれど、今は焼き肉屋の定番サイドメニューになったものだね」

「肉ではないんですか?」

「ハムは乗ってるけど……ひとり分を手作りする方法もあるけど、あれって結構手間かかるんだよね」

「ラーメンとも違うんですねえ」

「違うねえ」


 ひとり分茹でて、氷で締めて、具材を乗せるっていうのは、結構面倒臭い。

 そうめんだったらひとり分茹でて出汁醤油で食べればそれで済むけれど、冷麺独特の酸っぱ過ぎるスープは、具材と一緒に食べないと酸っぱ過ぎてあんまり食べきれない。

 でもなぜか冷麺って、焼き肉屋以外では取り扱ってないところが多過ぎるのだ。冷やし中華はファミレスとかでも食べられるのに不思議。

 そうこう言っている内に「お待たせしました、冷麺です」と持ってきてくれた。

 赤めのスープに透明な麺。具材はオーソドックスにきゅうり、卵、ハムだ。それを少しずずりとすする。酸っぱいからい、でも美味い!


「ああ……たまに食べたくなる味なんだよねえ。なにより、デスクワークで疲れ切った体にこの酸味とからさは染みるわぁ」

「ミュミュウ?」

「食べる?」


 リリパスにも少し分けてあげると、リリパスは私の肩の上でパタパタ暴れはじめた。


「すっぱい! からい!」

「……もしかしてリリパスは酸っぱいのもからいのも駄目なクチ?」

「あ、じが、わかりません!!」


 リリパスは思っているよりも子供舌なのかもなあ。

 私はお冷やを分けてあげながら、ズズリとすすった。だとしたら、次はもっと子供舌でもおいしく食べられるものを連れてきてあげるべきなのかなと、そう思いながら。

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