第65話 ヘリオスノーツ

「──『無月』──」


 音が切れ、世界から温度が失われる。光は消え失せ、漆黒の闇夜を生み出す。

 万象全てを止める虚無の月は静かに。そして冷徹に世界を凍らせた。


 ゆっくりとカルロンはグレゴリ学院長に近づき、その肉体を一刀の元に斬り捨てる。その一撃を受けてもなおグレゴリは反応していない。

 最も反応したとて何か出来る訳では無いのだが。


「──成程、無月では殺せぬとはね」


 斬り捨てた際の感触からカルロンは即座に判断し、飛び上がり……刀を閉じる。直後──。


『『貴様ァ!!!!何をしたナにをしたァ!?!』』


 大地を割くほどの轟音を轟かせ、グレゴリは吠える。──吠える。

 その声により、周囲の祝福や魔力が破壊されるのをカルロンは即座に『帰還』させて修復する。


 成程。無月で死なないと言うのは恐らくアレだ。魂が9つあるとかいう話、多分そのせいだろう。


 確かに『無月』の効果は魂すらも凍りつかせる程の停止の権能。それを受けてもなおグレゴリが動いているとなると。


「──厄介としか言い用がないな。全く、一振で仕留めれ無いのが面倒だよ全く……」


 だが別に仕留める手段はひとつでは無い。例えば『無月』の出力を最大に上がれば恐らく仕留めれるだろうが……最悪の場合スカーナリアが消し飛んでしまう。


「──む?」


 グレゴリの魂が複合されて、ひとつに固まる。何が起きたのかを判断する前に、グレゴリの肉体が霧散し……その煙になった肉体がカサンドラの中に入っていく。

 急な事に反応できなかったカサンドラ、そしてその体を無事乗っ取ったグレゴリは──。


『『魂をひとつ破壊されるとは想定外、されど我はカサンドラ……最高の器を奪うことが出来た。──この体を手にした時点で貴様らに勝つ見込みなど……毛頭ないと知れ!!』』


「そりゃぁ凄い、で?──何をするのかな」


『『クハハハハ!!!貴様は知らんだろう、カサンドラの魔法、その恐ろしさをなァ!!『──貴様らは全て、地に伏せる』──…………』』


 世界が突然数百倍の重さになったかのようにカルロンは感じた。

 世界そのものがカルロンを地に伏せさせようと押し潰してくるのだ。

 しかしカルロンはそれを『無に帰すムニキス』により無力化し、そのうえで勝ち誇っていたグレゴリを呆れた目で見つめる。


『『ハハハハハハ!!、ハハ……ハ?』』


「?だから何だ貴様、さっきのあれは確かに凄いが──その程度で倒せるほど俺は弱くないぞ?」


 あまりの出来事にグレゴリは一瞬理解できないような顔をしたが、即座に。


『『─『告げる。貴様はこの後火に焼かれて焼き尽くされる事を予約する』!!』』


 宣言の直後、カルロンが火に包まれる。カルロンだけを焼き尽くさんとする業火の焔柱が現れる。

 ──されどそれは大した意味を持たないようだ。


 ”シャキン”という音が響き、焔柱が真っ二つに両断されると、中からカルロンが傷一つない姿を見せる。


『『ならばっ!『告げる。貴様は死神の鎌によりその命を散らすであろう事を予約する』!!!』』


 カルロンの後ろから死神の鎌を持った死神が姿を見せる。最もそれは本物ではなくグレゴリの生み出した虚像に過ぎないのだが。


「成程死神を呼び出したか」


『『クハハハハハハハハハハ!!!!!くたばれ下郎!!』』


「だが無意味だ」


 カルロンは振り向きざまに【無】を呼び出す。手の中に呼び出された【無の地平線】は死神すら逃さなかったのだ。

 光すら逃さぬ【無】により死神のアバターを貼り付けられたそれは、そのまま塵となって果てる。


 ──静寂が響き渡る。


 カルロンは改めて相手の持つ魔法【予想魔法】のすごさを感心しながら眺める。

【予想魔法】は世界に自らの言葉を【予想】及び【予約】として成立させて、それを利用した攻撃を放つ。

 確殺に等しいそれは、神の告げる絶対の宣告のように相手を葬る魔法なのだ。──本来は。


『『ならばならばっ!『告げる。大地は崩壊し、貴様を飲み込む絶対なる断崖の剣となす事を』!!』』


 地面が剣のように、山をぶち抜く程の高出力の破壊の攻撃と化して襲い来る。

 それをカルロンはごと『無に帰す』。

 予想魔法により歪まされた世界の理。それをカルロンは元に『帰還』させることで強制的になかったことにしたのだ。


『『っ!『告げる──』』』『『『告げる』!!』』『『『告げる』!!』』


 次々と生み出される『予想』と『予約』それを次々と【無】に呑み込ませ、無かったことにして行くカルロンの有様は、相対する存在にとって悪夢のように思えることだろう。


 はぁ。そろそろ解析も完了したし、締めに入るとするか。

 カルロンはこの数分間の間に融合したカサンドラとグレゴリの分離を試みていた。

 魂の根源自体は共通のものを使っている為、分離には少々手間取ったが。


 既にカルロンを取り巻く周囲の空間は、女神『ヘカテー』の展開した虚数空間に変質していた。

 ここならばどれだけ無茶をやっても外には影響しない。


『カルロン、終わったわよ?あとは好きなだけぶっぱなしちゃって!』


 サンキューヘカテー。後で飯奢るからね。


『飯って……せめてもう少しロマンティックな話にしてよ……まーはいはい』


「────決着のときだ、グレゴリ。」


 そう言うとカルロンはを取り出す。


 魂を片方だけ消去するには、刀では少々やりにくかった。故にの槍。即ち──無月の対になる槍を取り出すのであった。


「───聖槍抜錨……極点陽光、即ち太陽なり!!」


 槍先から迸るのは【太陽】にも等しい熱。それは灼き尽くす【無】の概念の結晶とでも言うべきもの。

 無月は世界を凍らせる、されどその槍……【ジ・インフレーション】は始まりの一番星ファーストスター


 かつて揺らぎのみがあったとされる宇宙に、始まりの火が灯された際の初めの一番星。

 原初オリジンとでも言うべき全ての始まりの光。


 ビックバンにより広がり始める宇宙の模式図、すなわちこの槍はその初めの光の一欠片。


 逆説的な話だ。『帰還魔法』が万象悉くを無に帰すならば、その始まりには必ず最初の一番目が点在するはずだ。

【無】と【有】……それをカルロンは【無月】と【ジ・インフレーション】と名ずけた。

 無月が月ならば、インフレーションは太陽。

 そうやって概念を圧縮することで本来触れることすら出来ないはずの始まりの一等星を槍の形に収めたのだ。


 その為、ジ・インフレーションは最大解放しない限り【ヘリオスノーツ】と言う虚像をとるのだ。


 カルロンはゆっくりと【ヘリオスノーツ】をグレゴリに向ける。

 そしてその槍を軽く振るう。


 ──────そしてグレゴリの見える全ての事象が、灰燼に帰した。

















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