第64話 魂と残念な物語

 レギオン・シグルズの話によるとこうなることは想定内だったとのこと。


「あの方、レギオン・グレゴリは最初から破綻していたのです。──人は人の枠組みに収まるべきもの、ですが彼は……9。」


「魂を9つに?ああなるほど、だから再び回収しようとしているわけか。しかしどうして急になのだろうか?」


「さぁ?分からない方が幸せな気もしますが。恐らく出資者辺りにでも裏切られたか、見放されたかの二択でしょう。なので救済をすべきでしょうね」


「──なるほど君の話から納得が行った。わかったやつを殺せばいいのだな?」


 淡々とグレゴリを殺す話が進んでいくことに慌てて止めに入るカサンドラ。

 ちなみにこの話をしている間に既に半分近くのレギオンのメンツを喰らい、その力を徐々に取り戻して行くグレゴリ。

 その魔の手は所構わずベタべと赤子が無作為にものを奪うようにすら見えるのだった。


『『『我ワ天地ヲ支配セシ者ナリ!!』』』


「どうした急に?」

「あ〜成程?恐らくですが魂が戻ったことで安定したのでしょう、あれは自分の意識をそろそろ取り戻しますね?──では我々は退避します、カルロン殿……ご武運を」


「ちょっ?!……あ〜はいはい俺が片付けりゃいいのかい?……まあ良いけどさ」


 いつの間にかあたりの瓦礫、辺りに散らばる魔力を吸い集め……それだけじゃなく、恐らくこのスカーナリアの周囲の魔力や力場を次々と喰らいつくし、圧縮して行くグレゴリ。


 ──やがてその魔力はひとかたまりの人の形を取るのであった。


 ◇◇◇◇


『『…………貴様だけか?』』


「悪いね、さっき皆は周囲の人間の退避と救助のために外に行ったんでね?──まあ君が狙っているのはアレだろう?あのカサンドラっていう子供。」


『『キエス=カルロン……あれは私の最高傑作なのだ……誰にも渡すことなどせぬ……させぬ……』』


「全く、自分勝手だねぇ君」


『『黙れ。我は私の魂は完全に成りたがっている、なるべきである。──9つで人生ひとつの我が存在。その完全に至ることで我は私は貴様を超えて世界を支配する片棒を担ぐのだ!!』』


 勝手だな。とカルロンは呆れながらぼやく。

 カルロンは彼らの人生を知らない、故に先程彼らの根源……魂の記憶を少しだけ覗いて見たのだ。


 ”反吐が出る”とカルロンは思った。その記憶は自分を世界の創造主の息子だと勘違いした呆れるほどに愚かな男が、純魔に挑み倒された話。

 勝てなかったことを周囲のせいにして当たり散らし、貴族世界を追放されたこと。

 自分勝手に自分を神だと思い始め、自分を信じなかった奴らは皆異端者、恥を知らぬ愚か者だと信じて疑わなかった愚かな。愚かすぎる、愚者の物語。


 魂を9つに分割、という話も……肉体……『殻』は孤児の肉体を使って散々使い潰し……その過程で死んだ孤児からその魂に刻まれた根源……もとい世界で成すべきだったはずの未来を剥ぎ取って自分のものにして。


 そして圧倒的な力を身につけたのだ。──傍らには数千をゆうに超える孤児の屍の山が築かれていても、グレゴリは無視した。─目を逸らした。


 それらはグレゴリの家の地下に捨てられ、埋め立てられた。けれどその肉体に刻まれた無念はやがてダンジョンへと変化した。

 かつて父親と慕ったものに裏切られた恨みから、中に存在する全ての魔力を吸い取る呪いの術式となって壁を、魔物を、遺物を作り上げた。


 やがて月日が流れ、グレゴリはひとつのチャンスにであった。それは『魔王オルフェウス』と後に呼ばれることになる魔物との邂逅。


 オルフェウスの手を借り、グレゴリはついに自分の魂を完全に9つに切り分けることに成功したのだった。


 ◇


 こんな話を見せられて、何を思うのか?俺は普通の人間だ。だからここでは普通の人間らしく反応すべきだったのかもしれない。


 だが俺は冷静だった。冷静故に、ただその物語を─物語として留めておくことにした。


『『キエス=カルロン……我が記憶を読み取ったのか?…………貴様は我を見て哀れに思うのか?だが仕方ないであろう?我らは生まれた時点で勝ち負けが──』』


「黙れ──悪いが貴様の物語は見るに堪えない、醜悪過ぎて記録にすら残したくないほどの罪だ。──故にここで貴様を消す。自分を神だと勘違いしている哀れな凡人風情に、神は救いなど差し伸べはしない!!」


 カルロンの意思は既に決まっていた。レギオン・グレゴリ。彼の根幹にあるのは『神』になりたいという願望。

 そしてその願望は叶うはずのない、そもそもレールすら引かれていないはずの場所を夢見た究極的な盲目的判断。


 子供達に『無属性チート』の力を与えたのは、そうする事で『神』のように崇められると思ったから。

 魔法使い、貴族達、純魔……その上澄みは確かに『神』のように凡人からは映ったのだろう。

 だがそこはあこがれるべき場所では無いのだ。


「───レギオン・グレゴリ。君は哀れだ、救いなどあるべきでは無い。──故に君を俺は『無に帰して』やるべきなのだろうな」


『『ク、ハハハハハハハハハハハハ!!!!!貴様も同じように我を自分が『神』であるかのように語っているではないか!?貴様ごときが、神の立場になどなれるわけが無いだろう!教えてやろう、どちらが凡人であるかを……なァ!!!アビャビャヒャヒャヒャヒャヒャ────』』


 そして言葉は途切れる。

 静かな、虚ろなる月が寒空の下にその姿を表す。


「────『無月』─────」


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