第63話 オーバーディズ(超過破滅薬)

「おや、もうあの方は戻って来られてしまいましたか。想定通りとはいえさすがですね」


 魔女の魔法空間から戻ってきたカルロンを眺めながら『レギオン・シグルズ』は特段驚くのではなく、当たり前のことのように呟く。


「はぁ……はぁ……っ〜!よそ見とはふざけたことをしますわね!……」


 声の主は『ジュリオール・レインザッハ』のもの。身体のあちこちから出血をしており、普段の高飛車な様子はほとんど見られない。


「(っ……この方、生徒会風紀委員長『レギオン・シグルズ』……強い、強すぎるのですわ……)」


 ボロボロなレインとは異なり、傷一つ付いていないシグルズ。

 それは彼女のレベルの高さを如実に示して居るのであった。


「ふむ、ここまでにしておこう、レイン殿。私は別に君を殺したり、いたぶる趣味は無い……それよりも


「ど、どう言う意味ですの?……」


 だが答えることなくレインを無視してゆっくりとカルロンに近づくシグルズ。


「失礼、カルロン殿……この後の展開、おそらくあなたは気がついているのだろう?」


「──君は?」

「私は『レギオン・シグルズ』…それよりも……来るぞ」


 ◇◇◇◇


 過半数を超える生徒会役員が倒された事を学院長たる『レギオン・グレゴリ』はありえない事のように呆然と眺める。


「な、何故だ!?……純魔より弱いはずの……ただの寄せ集め、ハズレ共が……どうしてここまで強いのだ?!…」


『さて貴様はこの状況をどうやってひっくり返すつもりだ?』


「!?な、何故ここに……『ドミネウス=シーザー』様!……え、ええとですね……」


 現れたのは『武装商人ターミナル』、魔王軍の一人にして魔王オルフェウスの片腕。

 黒と茶色の服を着こなした白い手袋をつけた商人。

 その金色の瞳がグレゴリの瞳の奥をじっと見つめる。


『ここで貴様がカルロンを処理出来なかった事を魔王様はお怒りでな?……だからこそ、貴様にチャンスをやろうと思うのだよ?──何、俺たちは優しいからな?』


「ま、待ってください!カルロン、カルロンとやらの処分などわたくしは一切聞いてなど……うぐうっ?!」


『あー忘れていた、すまんな?まあ純魔を全て葬ることの中にカルロンも入っているだろうから、伝えなくてもいいかと思っていたんだが……お前が良くカルロンを注視しておけばこんなことにはならなかったと思うがな?』


「そ、そんな無茶苦茶なっ!わ、わたくしはただ純魔の立場を地の底に落とす事を任されたはず」


『だから純魔のカルロンの評判を地の底に落とせていないだろう?それに、魔王様が言うにはそろそろ会場の奴らに掛かっていた洗脳魔法が切れるそうでな?──そしたらこの、生徒会『レギオン』の信用がガタ落ちになるように思うのだが、そこはどうするつもりかな?』


 手の中に持った石を眺めながらギロリと睨む。その瞳に見据えられているだけでグレゴリの体から血の気が引いていく。


「ま、魔王様なら再び洗脳魔法をかけることぐらい容易なはずで」


『魔王様は同じことを二度しない、故にお前に与えたチャンスは今回だけだ。……何だ貴様、反抗的な態度だな?』


「──ま、待ってください!今すぐにカルロンとやらを処理します、しますのでどうかもう一度チャンスを、チャンスを!」


『ふん、貴様などという所詮ただの使い捨ての駒に与える機会など一度のみに決まってあるだろう?故に貴様の身体にこの【超過破滅薬オーバーディズ】をくれてやろう』


「こ、これはいった…………あ、アグギャ、アグ、アゲアゴ……ラ、ひ、あ!た」


『何、死ぬほど嬉しいか貴様、そうか良かったな?──そんなに喜ぶのであれば、もっと飲み込ませてやろう?──さあたっぷりと食え、喰らえ!!!』


「や、やめヤメヤメメメメメメメメメメメメメメメメメメメメ────」


『ふむ、二粒で人の言葉を喋れなくなり、四粒で精神を呑まれたか。──これは改善が必要だな、しかしまあ……魔力だけは一丁前になったな』


『『『『『『ググギャィィィヰィァァィァィァィ!!!、!!、!?!!!a,a,a,!?nem、?!、!』』』』』』


 グレゴリの肉体が変質する。それは始め肉塊のように膨れ上がり、そしてあたりのものをひっきりなしに飲み込んで巨大化していく。

 最早人の言葉など喋ることが不可能になったその化け物は、どんどんと巨大化していく。

 人の道を踏み外した人間は化け物に成り下がるのだ。


 その様子を眺めながらシーザーは吐き捨てる。


『──この薬は人の本質を露わにするもの、貴様は既に人間じゃなかったのだろうな?……あまたの人間を自分の立場の為に殺し、子供達に『レギオン』という名の鎖を飲み込ませて……我が物顔で学園を支配しようとした愚かなる人風情が──せいぜい哀れにもがけ。』


 そう言い残すと、シーザーは空間を通って何処かへと去っていった。


 ◇◇◇


『『『『『『ググギャィィィヰィァァィァィァィ!!!、!!、!?!!!a,a,a,!?nem、?!、!』』』』』』


 人ならざる声が最終試練会場に響き渡る。その肉の内側にあまたの人の業を抱えた化け物は、哀れなことに人の姿を取りながら会場のど真ん中に落涙する。


『『『『カエセ』』』』『『『『カエセ』』』』『『『『カエセ』』』』


 唐突に会場に響くその声、それに合わせて周囲で倒れふせっていた生徒会役員たちの肉体が次々とその肉塊に取り込まれていく。


 当然この突発的な事態に対し、その場にいたほぼ全ての人間が即座に臨戦態勢をとる。


「やはりこうなりましたか、まあ仕方の無いことですね…………おやカサンドラ、飲み込まれますよ?──全く。」


 シグルズの手が煌めき、唖然として動けなかったカサンドラを飲み込もうとする肉塊の触手を斬り捨てる。


「あ、ありがとうシグルズ……でもあの肉塊……あれは……」

「ええあれは恐らくですがグレゴリ殿でしょうね。」


 飲み込めなかったことを理解し、化け物は中空で塊になる。

 それは何かに変態しようとする様、まさに蛹のようにすら思えたのだ。


「──皆様、あれは恐らくですがグレゴリです。……悲しいことに彼は人の道を捨ててしまったようです……もし良かったら討伐していただけませんか?まあ我々レギオンの者がこんな事を言うのは少し変かもしれせんが」


 そう言いながらレギオン・シグルズはサラッとカルロンに告げる。あまりにも冷酷かつ冷静な判断にさすがのカルロンも驚く。


「君のとこの当主様じゃないのか?……」


「そうですね当主様です。ですがそれはあくまで人である限りの話です。私達の当主ではありませんよ、それに──」


 少しだけ躊躇ったあと、シグルズはサラリと言い放つ。


「私以外の全てのレギオンを喰らい尽くすまであれは止まらないでしょうし、その際の被害を鑑みると……あれは早急に倒すべきかと思いますよ」


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