第61話 『魔術師』リンシアVSレギオン・アレス
昔ドライアイスが好きだったことをふと思い出した。白みがかった霧を扇で吹き飛ばすのは妙な爽快感があったのだ。
カルロンを千年間閉じ込めた霧が晴れる。そして開けた現世の空間に戻ったカルロンは、外の惨状を改めて眺めることにするのだった。
◇◇
開始位置だったスタジアムには倒れ伏せる『生徒会役員』たちの姿が無数に確認できた。
「お!カルロンくん、無事だったんだね!いやぁお姉さん心配したんだよ!?」
この声は確か、リンシアの物か?
「リンシア、ふむその様子を見るに君は倒したのだな。しかし生徒会役員によく勝てたな」
「お姉さん、伊達に生きてませんからねぇ?……まーちょっとだけ苦戦したけどね」
「そりゃ凄い、まあ確かに苦戦したのは間違いなさそうだね。──服ぐらい直してやろう……ほらよ」
「おう助かるねぇ……や、肌寒くてねぇ……全くこんなお姉さんの肌見たいなんてぇそこの倒れてる君ぃちょっと助平過ぎないかな?」
そう言ってリンシアは倒れた男、『厚生委員長』と呼ばれた男を足げにする。まだかろうじて息はあるようだが、最早ピクリとも動けないようである。
◇◇◇
──。数刻前、カルロンが霧の中に消えたあと、彼女は厚生委員長『レギオン・アレス』と対峙したのだが。
「何だてめぇ良い身体してんじゃねぇか?……お前名前は?」
「リンシアってものだよ?まあただの魔術師だよ」
「ぐはははははっ!傑作だ、てめぇまさかの魔法使いですらねぇのかよ?!……よォ魔術師とかいう魔法使いの下位互換!!まあせっかくだしよォてめぇ良い肉体してるし、まあ少しだけ好きぃにさせてくれたらまあ少しだけ手ぇ抜いてやるよ!」
「あはは、それ女子に言うとか気色悪い奴だねぇ?まあ確かに魔法使いと比べると魔術師は劣るかもしれないけどね?──”窮鼠猫を噛む”なんてことわざがあるぐらいだからさ?まあちょっとだけ君を驚かせるぐらいは出来るさ」
「はぁ?……ワンチャン期待してんのか?馬鹿かてめぇこっちは『
そこまで言った途端、アレスと名乗る男の顔面が破裂する。正しくは彼の目の前が炸裂しただけなのだが、それでも少しだけ油断していた彼は思わず目をつぶってしまった。
途端何かが飛んでくるのをアレスの魔力探知は感知する。
「てめぇいきなり何しやがるっ!『加速魔法/
アレスは即座に自分のユニーク魔法を起動する。『加速魔法』は文字通り肉体の速度を加速させるものだ。身体強化の派生系ではあるが、その速度は瞬く間に想定外の速度に変化する。
一瞬でリンシアの後ろをとると、アレスは加速した拳を叩きつける。
「ぐぁっ…………ちょっと、女子の腹殴るとかさぁ……うっ……」
続けざまに二発、アレスは殴る。蹴る。
一瞬で吹き飛ばされ、壁に激突するリンシア。起き上がろうとする彼女の顔をアレスは掴み、持ち上げる。
その表情はニタリとした薄気味悪い笑顔であった。
「おいおい口だけか?!そんなに強くねぇじゃねぇか?……しっかし、まあいい身体してんなぁ?……」
そう言って顔を撫でるアレス。その手の動きは気持ちの悪いものであった為リンシアはゴキブリを見るような顔をする。
とはいえ生徒会役員の一人として圧倒的な魔力と出力を誇るアレスに普通リンシアなどと言う所詮ただの魔術師が勝てる訳などなくて。
「──気持ち悪いからその汚らしい手をどけてくれるかなぁ?ちょっとさすがに気持ち悪…………あぁっ!!!」
「俺に気持ち悪いなんて事を何度も言いやがって、いい加減に怒りが込み上げてきたわ、よしボコす。てめぇ完全に心をへし折ってからいたぶってやるよ?」
壁に再び加速して叩きつけるアレス。当然ただの魔術師のリンシアには大打撃となる訳で。
今の一撃でリンシアの肉体はそのまま力無く壁にもたれかかって俯く。
「はっ!もうくたばったのかよ?まあお前の有様なんざどうでもいいんでな?」
そう言ってリンシアに近づくアレス。その表情は完全にアウトなものだった。とはいえ既に意識なさそうなリンシアが何か出来るとは思わえないアレスはゆっくりと、舌なめずりしながら歩き──。
そして世界が暗転する。何が起きたのか、アレスは理解する暇すら無かった。
何とか頭を振りかぶり、気を持ち直して前に居るはずのリンシアを探すが、その姿は既にどこかに消えていた。
「な、……何がっ…………っ!『
慌ててアレスは加速してその場を離れながら、最大火力の魔法武技を叩き込もうとするが、既に遅かったようだ。
加速する度に、アレスの頭の中にものすごい量の雑念が混じっていく。雑念と言うと大したことが無いと思いがちだが、それはまるで悪魔の囁きのようにアレスの思考をフリーズさせていくのだった。
『上だよ』『下さ』『右かもね』『あらら残念』『君の後ろ』『君弱くね』『すごいねその程度か』
次々と頭に入ってくる誰かの雑念、思念。それが頭の中を駆け巡る度にアレスの魔法の出力が下がっていく。
そして加速魔法の速度アップが止まった瞬間眼前に瓶が一本回転して爆発する。
雑念が綺麗に吹き飛ぶ。そして同時にアレスの理性も又全て消し飛ぶのであった。
倒れゆくアレスの目の前には悪魔のように微笑むリンシアの顔があった気がした。
◇◇◇
「あぶなあ……はぁ全く、この子が弱くて助かったなぁ……しっかしすごい魔法だ……加速魔法……まあこのタイプの能力は弱点多いから何とかなったね」
リンシアは何をしたのか?──それはただ毒を振りかけただけなのだ。
加速魔法、それは肉体の加速について行くために自動的に脳の速度も加速してしまう。
しかしそれゆえ毒やデバフ魔術などを受けた際、その影響がより早くデカく出てしまうのだ。
「どれだけ加速しても君はどうやら殴るしかできないようだったし、それなら──このように胸元に毒の魔術を織り交ぜて置くだけで簡単に対処出来る。に決まってるよね?」
リンシアは一度見た敵の動きを、すぐに把握して的確な魔術式を組むことが出来る魔術師である。
──万能魔術。なぜそれが【万能】と呼ばれるのか。それは全ての事象に的確に適正な対応が出来るという意味である。
最も、リンシアは別に相手が遠距離系だろうが、容赦なく倒せるのだが……まあそれを言ってしまうとこのアレスという青年が可哀想なので言わない方がいいかもしれない。
ともあれこうしてリンシアは無事厚生委員長『レギオン・アレス』を倒すことに成功したのであった。
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