第57話 生徒会と純魔

 円形のスタジアム、いや試験会場に人々が集まっていた。

 目的は勿論スカーナリアに入学するためのテストに合格する人をいち早く見ようとしての事。


 試練が始まる前、人々は今年の生徒の強さを確かめるべく期待を持って観戦していたのだが。

 そこで見せられた様は観客の思っていたこととは異なり、かなり凄惨な……圧倒的な結末だった。


 八個の純魔の家系、その半数以上が生徒会にボコボコにされてしまっていたのだ。

 かろうじて耐えたものたちも満身創痍の有様、あの期待されていた純魔達がこんな風に呆気なく倒される。

 それだけスカーナリアのレベルが高いと言うことでもあるのだが、それにしてもその光景は見る人に異様。と言う感情を抱かせるほど。


 何処からかこんな声が漏れ出る。「純魔……弱すぎない?」

「や、やめなって!……純魔に睨まれるよっ?!」


 無理もなかった。今回の純魔の有様を見れば誰だってそう思うだろう。


「…………ふざけないでくださいましっ!……我が『ミナモ』の名にかけて、貴方たちに引けを摂るわけにはっ……っ……ああっ!!」


「おいおいどしたァ?弱えなぁ、なァ?ミナモ・スイナさんよぉ!」


 水の純魔『ミナモ』家からは『ミナモ・スイナ』と『ミナモ・ナギ』が試練を受けに来ていたのだが、既にナギの方は意識を失い壁にめり込んで気絶していた。

 スイナも又その華奢な肉体を目の前の生徒会『厚生委員』とやらの手で痛めつけられていた。

 2対1にも関わらず、ミナモの二人の行動を全て厚生委員は回避し、それどころかその肉体を完膚なきまでにボコボコにされた。

 非の打ち所のない程の圧倒的な敗北であった。


 方や火の純魔『フラム』家から来た『フラム=フィアンマ』と『フラム=エル』は風紀委員の手で既に片付けられていた。

 まだフィアンマの方は息があったが、それも長くは持たないだろう。


 ◇◇


 スカーナリアにて今年レギオン家により作り出された生徒を管理し、生徒を罰する為の委員、『生徒会』。

 会長『レギオン・カサンドラ』

 副会長『レギオン・ヘラクレス』

 厚生委員長『レギオン・アレス』

 風紀委員長『レギオン・シグルズ』

 図書委員長『レギオン・シバ』

 執行委員長『レギオン・アストライア』

 書記官『レギオン・アキレウス』

 会計委員長『レギオン・リュケイオン』

 無法委員長『レギオン・アマゾニア』

 雑務係『レギオン・イプシロン』


 ──以上十名。そして彼らは皆『レギオン』の名前を授かった類稀なる『無属性魔法』の使い手。

 それぞが独自のユニーク魔法を有し、それを武術や独自の戦術に取り入れた化け物集団。

 彼らは元々であり、レギオン・グレゴリの忠実なる兵器、配下の道具。


 そしてそれに挑んだ純魔……それもここまでの試験でこっそりと『毒』や『魔力消耗』『魔力抵抗』『魔力式の剥奪』などを知らず知らずのうちに受け続けたもの達が勝てるわけがなかったのだ。


 だが当然ではあるが、そんなこと観客や遠くで見ている冒険者、貴族たちには分かるはずなどなく。

 その結果彼らが弱いのでは無いか?と言う言葉が出てくることなど当たり前のことであった。


 ◇◇


 既に『火』『水』『風』『土』『光』『闇』『時』……そして『空間』の受験者の半数が倒されるもしくは瀕死の重症である。


 それでも『フラム=フィアンマ』は諦めないと言うことを伝えながら立ち上がり。

『ミナモ・スイナ』は痛めつけられた痛々しい姿でも相対する敵を睨み返した。

『ウィンディ・ブリーゼ』は折れた左手を強引に元に戻し、頭からたれた血を拭う。

『グラウス=ラント』……土の純魔は外れた肩を戻し、そのうえで腹に刺さった剣を引き抜く。血がぼたぼたと流れ出るがそれを土塊で塞ぎ、杖を構え直す。

『フラッシュベル・リュミエール』……光の純魔の男性はゆっくりと身体に差し込まれた魔法創造物を焼き焦がし、睨み返す。

『アビサス=フォンセ』……闇の純魔はちぎれかけた腕を闇で補強し直して立ち上がる。

『クロノ=テンプス』は目に入った埃を払い除け、その力を解き放とうとして……。


 ─────次の瞬間、彼等彼女らは生徒会長の放った魔法により、一瞬で気絶して終わる。

 もはや確約されたそれを回避することなど出来ず、故に彼等彼女らのその覚悟や決意は……簡単に無下にされてしまったのだ。


 ◇◇◇


「あらあら!!どうしたんでしょうか純魔の皆様方っ!……あーあ〜ちょっと生徒会舐めすぎてましたかねぇ!?……しかしどうですか皆様、ワタクシの育成した『レギオン』の強さはっ!……どうでしょう、純魔などに引けを取らない……素晴らしいと思いませんか?!血筋ではなく、自力で純魔に勝てるかもしれないのです!今ここでそれを証明出来たこと、私『レギオン・グレゴリ』は大変嬉しく思います!!」


 そう言って真ん中に出てきたグレゴリは拡張器を用いてそう告げる。


 ◇◇

 この試合が始まる前、グレゴリは同じ事を言ったのだ。まあ要約すると「グレゴリの人々は純魔に勝てるよ!」とアピールしたのだそうだ。

 だが当然ブーイングの嵐。勝てるわけないだろ?血筋が違うんだから!

 の言葉しか会場の人間からは飛んでこなかった。しかし今はどうだろうか。


 ◇◇


 冒険者の一人が口を開く。


「な、なぁ……マジであの学院長の言葉通りになったな……?……本当に血筋に縛られない強さを手に入れられるのか?」

「……分からないけど可能性がかなりましたよね」

「ねぇグレゴリってこんなに強いんだ!……ならやっぱり貴族と純魔は昔の名前にすがってるだけなんだよ絶対!」

「間違いねぇ!だってこの前の魔族の王都侵攻、純魔苦戦したって話だぜ?」

「なら本当に純魔至上主義に終わりが来てるのかな?……それなら今度から私たちにもチャンスが!」

「──ここまで純魔も堕ちたか……はっ、ざまぁないな」

「見ろよ立ち上がることすらできてねぇ……しっかしなっさけねぇ顔だなぁ……見ろよあのミナモのやつのさ!」

「あんなに強いと噂だったのにここまでやられるとは……はぁ……今度から純魔に支援するのやめよっかな……」

「やっぱ時代はレギオン一択っしょ!アニキ!」


 口は次々と川の流れのように集まって、次々と合流していく。

 この様子を貴族や純魔の親が見れば間違いなく憤慨してしまうだろう、しかし。

 誰一人として純魔の人は文句を言わない。理由は勿論。


「(……ありがとうございます、オルフェウス様!……純魔の口を黙らせる……しっかりと効果出ています!……)」


 貴族と純魔、彼らは今眠っているようなものだ。淡く儚い夢を見せられて、それに魅せられてしまっていた。

 故に外の惨状に気がつくことは無い。


 ◇◇◇


 こうして合流した民衆の意見、いやは罵声となり、そして大きな奔流となって会場を埋め尽くす。

 当然『レギオン』のメンバーが何人か手を尽くして民衆の心のリミッターを壊したりしていた事も影響しているだろう。


 まあともかく、会場にはブーイングの雨あられが降り注ぎ……必死に諦めないように心を保とうとしていた試験会場の純魔の精神を追い詰めていく。


 ────「ぐふふふふっ気持ちがいいですねぇ!……そう思いませんか、カサンドラ?」


「ええ、いい気味よ……(……でもこれで良かったの?お父さん……こんな卑怯な勝ち方で……)」


 グレゴリは歯をむき出しにして、高々と笑いあげる。

 もしこの後貴族と純魔達が意識を取り戻して慌ててこの場を収めようとしても……収まらないような熱を作っておけばいい。そしてそのためにここまでの全ての試験を利用して様々な魔術と魔法を合わせたデバフを彼らに付与したのだ!


 もはやこの状況、誰も止めることなど──────。


 ◇◇◇


「────煩いな……潰すよ?君ら」


 唐突に場の空気が凍る。それは比喩ではなく、本当に。

 その声の主は『キエス=カルロン』。


 彼は片手に『無月』を携え、第二試練の会場から続く道を闊歩する。

 歩く度、周囲の空気が凍結停止していく。それはカルロンがブチ切れているからに他ならない。


「───まだ挑戦者がいるんだが、そんな勝ち誇らないでもらえるかな?」


 カルロンはそう言って微笑む。勿論突然現れたこいつらに大して民衆は誰だ!と尋ねたかった、しかし不可能なのだ。

 口を開くことすら許さない程の圧倒的な魔力による『停止』……まるで時が止まっているかの如く圧倒的な押さえつけにより、カルロン以外の誰一人として喋ることができない空間が生まれていた。


 ◇◇◇


 そんな様子を見て、一人の化け物が興味を持たないわけが無い。

 ええそうです。この世界の化け物の一人………世界に僅か三人しかいない魔女の一人が、カルロンにゆっくりと視線を合わせた。

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