第53話 アスタロト討伐完了。
悪魔公爵『アスタロト』の姿を確認した俺は武器を蹴り飛ばす。
柄の部分を正確に蹴り飛ばされた鉄の剣は途方もない速度でアスタロトに迫る。
「ぬぅ!!」
軽く受け止めようとしたアスタロトは、その肉体に大ダメージを受けて吹き飛ばされる。
「これしきでっ!」
アスタロトがそのからだを起き上がらせた瞬間、その肉体に魔力の弾丸が炸裂した。しかしそもそも悪魔は魔力で生成された肉体を有しているため、再生もまた即座に行われるはずなのだ。
──しかし、破壊された腕が再び悪魔の元に現れることは無かった。
何故ならば、カルロンがゆっくりと優しい手つきで悪魔の顔面に穴を開けてそのまま悪魔を消滅させたからに他ならない。
カルロンの手で僅か数秒の間に行われた悪魔狩り。その様子を唖然と見つめることしか出来なかったローンとリンシア。
二人に向けてカルロンはため息混じりで。
「──昔からこんな風な魔物とは戦っていましたから……」
と言う言葉を告げるのみではあった。
◇◇◇
ローンは今のカルロンの魔法に注目していた。カルロンと言う青年がキエスの名を冠していることから魔法を使うことが出来ることぐらいは予測していたローン。
しかし今の魔法はあまりにも早く、そしてあまりにも正確無比すぎる。
あの瞬間、悪魔の肉体の中で最ももろかった部位を即座に狙い撃ちを行い、それだけじゃなく。
──初撃で剣を蹴り飛ばす行為と並行してそれを組み上げる。もしこの話を他の魔法使い達に伝えた所で「バカ言ってんじゃねぇぞ」と返されることぐらいは予測できる。そんなレベルの無茶苦茶な動き。
「──高速詠唱、無詠唱……それをこの歳の子供がやってみせるとはな……流石キエス、純魔家系の底力を教えられた気がするぞ……全く」
「まあ概ね予想通りだろう?──それにしても即座にそのことに気がつくとは、流石に長いこと生きている人なだけあるな」
思わず苦笑してしまうローン。その後ろから拍手を持ってリンシアが歩いてくる。
◇◇◇
今のカルロンの動きをリンシアは剣の使い方と、視線の誘導の点でカルロンを見る。
悪魔アスタロトに放った蹴り、それは私が見たところただ剣を速度をあげて打ち出したに過ぎない。しかしその剣の正確な攻撃を思わずガードした途端、そこに向けて魔法を放つ。
だがこのふたつをブラフ、いや隠れ蓑にしてあの僅かな瞬間に悪魔に……警戒心が強く、即座に回避魔法を使えるはずの悪魔に一瞬で近づき……そして仕留める。
鮮やかすぎる手際だ。暗殺者とてこんなふうに即座の判断は出来まい。それに魔法を打つ瞬間、おそらくだが何らかの方法でそれを偽装したな。
偽装された事で魔法の効果を勘違いさせるみたいな裏技を、こんな青年が使用するのもまた恐ろしいものだなぁ。
もしバトルになってカルロンを敵に回した場合、少なくとも自分じゃ歯が立た無い事をいやでも思い知らされてしまったよ全く。
◇◇◇
瀕死になっている襲われていた受験者をカルロンは魔力による治療を施して回復させる。
「じゃあお姉さんがポーションをあげよう!……何私のポーションは特製でねえ!……まあちょっと味は凄いかもしれないけど……うんいいものだよ?!」
そう言ってリンシアが手渡したポーションは、どす黒く、濁った泥水のような見た目をしていた。ちなみに普通ポーションは『赤』もしくは『緑』なのだ。
それを踏まえると『黒』のポーションがどうして出来てしまうのか理解が追いつかない気もする。
ともかくそれを口にした受験者は悲痛な叫びと、咳き込みを見せたが……その効果は大したものだったようで即座に回復して起き上がれるようになっていた。
ちなみに俺もその味に少しばかし興味が湧いてね、少しだけ貰ったのだが。
────その味を一言で例えるのは不可能だ。甘くて、苦くて、そして何故か酸っぱさと懐かしさを覚えるポーション。
飲んで数秒すると胃液にも似たゲロの味がしたかと思えば、途端炭火で焼いた鳥の味がする。
かと思えば今度は炭酸ジュースをドリンクバーで全部混ぜた時のような不可思議な味がそれまでの味を包み込み。そして最後に薬草の爽やかな……爽やか?かは知らないが草木の香りが鼻を貫く。
「……君は一体何でこのポーションを作ったんだい?」
訪ねたくなるほどの味をしていた。カルロンでさえそう思えるほどの不可思議な味わい。
ちなみに影の中にいたクゥ、シェファロ、ヘカテーにもプレゼントしたところ。
まあ阿鼻叫喚の様相だったことだけは伝えておくよ。
◇◇◇
暫くの後、彼らは再び先に進んで行った。それを見届けながらカルロンは。
「しかし参ったね、こんな序盤にこんな面倒な魔物を配置しているとか……普通スライム辺りだろうに……」
そんな事を口にしたのだが。その言葉が正解だったのか、はたまたフラグだったのかは分からないが。
「──スライム……かよ」
三人が次の階層に向けて歩き始めて直ぐに出くわしたのは壁一面までぎっしりと詰め込まれたスライム。
多分だがこれは魔法で作り上げられた、魔法を喰らうスライムだろう。
「気をつけなされ、奴……ここを通す気はないようですぞ?!」
ローンの警告にカルロンはだろうな。と返し、武器を再び構え直す。
スライムは本来物理無効の天敵……しかしその肉体のコアを物理で貫くことが一番楽な倒し方なのだ。
「(無に帰す……は使わない方が良さそうだな、どうやら先程から何者かに監視されているように感じる……故に)」
「──ここはお姉さんの出番かな?……くらえっ、『万能魔術/ファイア・シュート』……えっ!あ、忘れてたっ!」
予め魔術が書き記された札を構えてリンシアが掘り投げる。しかし何も起きない。
それもそのはず、このダンジョンは魔力が殆ど無い。
そして魔術は魔力が無いと機能しない。故に今必死で放った魔術はなんの意味も──。
「リンシア、もう一度だ!……せっかくだし君の技を見せて欲しいのでな、頼んだ!」
困惑しながらも、再び『万能魔術/ファイア・シュート』を放つリンシア。
そしてその言葉通りの結果……すなわち炎の弾丸がリンシアの手持ちの札から放たれる。
「えぇ?!……一体何をしたのさカルロン君!?」
「ただ手伝っただけだ、きにするな」
カルロンが今やったのは、魔力を外に放出して固定するという技。
カルロンは体内で馬鹿みたいに魔力を錬成出来る、そしてその体内魔力を体外に放射して固定する事でリンシアの魔術を起動させたのだ。
スライムはその炎により、弱点を晒して倒れ伏せる。そこにカルロンは剣を突き立て、そして次の階層について再び二人と自身の確認できた情報などと合算して様子見を始めた。
◇◇
既に下の階では、様々な魔物による大惨事が引き起こされている。そんな最中でもいつも通り予想と考察を練り混ぜた戦い方をするカルロン。
あくまでカルロンは冷静なだけなのだ。
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