第37話舞踏会/前日、恋心。

 俺はため息を吐き出す。


「……まさか着いてきてしまうとはな?……シェファロ……君もまた大胆になったものだな」


 俺がワルツさんと予定について会話してた時のこと、後ろでゴソゴソと言う音がしたのでな?誰かと思って確認したらまさかのシェファロだったという訳だ。


「……私じゃなきゃダメです!……カルロン様の衣装を着つけるのは!」


 その言葉の圧に結局俺は押し負け、彼女に着付けてもらうことになったのだった。


 ちなみにどうやって来たのかと聞くと、ヘカテーの仕業らしい。あの女神め……。

 ふと、どこか遠くでヘカテーの高笑いが聞こえた気がした。幻聴だろうか?


 ◇◇


 ………………「ど、どうでしょうか?」


 俺はとりあえずシェファロに全てを任せた状態をとりあえず確認してみることにしたのだが……?


 上から、青と黄金色の装飾のいかにも貴族らしい見た目のそれ。

 まあとてもいいセンスをしていることはわかった。しかしあまりにもこれは……。


「派手すぎるな、おそらくだが俺は地味な格好で行くべきだろうからな、これではめんどくさいやつらに目をつけられかねないな」


 ちなみに礼服のセットは全てワルツさんが用意してくれた。

 なぜそんな服を沢山持っているのか?と尋ねると。


「──私の兄妹が騎士隊長やら騎士団長やらで魔法界で働いていて……余った服やらなんやらをよこしてくるんだ……全く迷惑極まりない奴らだよ」


 はぐらかしていたが、その目には少なくとも微笑みのようなものを感じたので、彼女がどれだけ兄妹に愛されているのかは理解出来た。


 当然サイズは異なるため、時間をかけてこれから合わせていくのだ。もちろん最初はダボダボの状態で……まずは色合わせから始まり、次に装飾決め。


 それらをしたあとサイズの調整に移るわけだな。ちなみにはっきり言うが俺は服のセンスは皆無である。

 前世の頃など、仕事用のスーツとジャケット。ワイシャツとかの小物類以外は割と適当だったのでな。

 おかげで友人からは"もう少しまともな服を着ろよ"と散々言われていたが。


「カルロン様これはどうでしょうか!」


 次にシェファロが持ってきてくれたのは『灰色と黒』の服だった。

 形もある程度燕尾服というか、貴族の着る服に類似しているものだったので……俺はそれを選択する。


「!わかりました!ではまずはカルロンさま!服を全部脱いでください!!」


 隣で見ていたワルツさんが吹き出し、慌ててシェファロが顔を赤くしながら。


「わぁわぁ!違う、間違えました!……し、下着だけは残しておいてください……」


「?普通に俺と君の仲だ、気にする事は無いんじゃないか?」


「あ〜カルロン君、うんまあ私は外で待っている、終わったら声をかけてくれよ?」


 ワルツさんが気を利かせて外に出たようだ。まあこれでやりやすくなっただろう。


「そ、それではちょっと失礼しますね……体のサイズを測ってから…………」


 いつになく緊張しているようだ。外だからかな?

 にしても普通にこれまで一緒に風呂に入ったことすらある中でこんなふうな感じになっているのは初めてだ。

 ……誰か彼女によからぬ事を吹き込んだな?


 どこかで再びヘカテーの笑い声が聞こえた気がした。


 ◇◇


 私は大丈夫。私は問題ない。うん。私の恋心は


 それでも目の前で私が体を触っているのに一切動じない私の主様に少しだけ気づいて欲しいとは思ったけど。


 キエス=カルロン様。私が初めて見たのはだいぶ昔の事だったっけ?

 私が幼い頃、メイドの仕事が嫌で影で泣いていた時に、私を優しく撫でて慰めてくれた人。


 本当は私はすぐに捨てられてしまうはずの。だからあの日馬車に載せられた時、自分が用済みになったことを心の中ですぐに理解した。


 だけど目を覚ましたら、かつて助けてくれた少年が一緒にいた。

 嬉しさと、同時に彼にバレないようにちょっとだけ悪態をついてしまったのは……うん私の幼い頃の失敗の一つ。


 そのあとの彼の変化には少しだけ戸惑ったけど、それでも彼は優しく……何よりも私のになってくれた。

 あの後すぐに、私を乗せて冒険者ギルドまで走っていった時、私は心の中でなんて幸せなんだろう。

 出来損ないの私にこんな幸福があっていいのかな?


 ──そんなふうにすら思ったのだから。


 彼と過ごした八年間はあっという間だった。何度も、何度も危険なクエストに赴いては……それらを丁寧に片付けて毎日帰ってきてくれる。


 いつしか自分の主人でありながら、自分の中で最も特別な存在になったんだ。──でも少しだけ怖かった。

 何故かって?私はいつもみていたから。


 いつもギリギリ、帰ってくる度そのまま魔力を使い果たして寝る。起きると再び肉体のギリギリまで戦いを、鍛錬を重ねて……。

 私にはカルロン様が自分をひたすら壊して、作ってを繰り返している様にすら思えた。


 いつも私より先に眠ってしまうカルロン様、何度も心臓が止まっていたりしないか?生きているだろうか?突然消えたりしないよね?──なんてやって見ては。……でも私の信じた人は大丈夫!


 そうやって幾度も幾度でも自分を騙して、誤魔化してきた。


 ───だから私の目の前でカルロン様がスライムに倒された時、私は動くことも泣き叫ぶことも出来なかったのだ。

 怖かった、嫌だ。死んでしまいそうになっているわけが無い。──そうだよね?そうに決まっている!


 そう何度も何度も祈った。

 祈りが通じたのかは分からないけど、カルロン様は新しい力を手にして私たちを救ってくれた。


「それでも……」


 私は自分が情けなかったし、悔しかった。


 自分にはどうして力がないのか、カルロン様を助けることができない自分に存在する意味はあるのか。


 そんな私にカルロン様に新たな力を授けてくださった女神様は優しく答えてくださった。


「少なくとも、私が知っている限りは……彼が力を手にする時に一番思っていたのはを護る事だったわね……全くその感情ひとつで世界を超越されたんだもの、すごい愛されてるわよ?──何より最もあなたが存在することで彼は強くなれているのだと私は思うわ」


 なんとも嬉しいような、少し怖いような気がした。私にそんな価値があったのかな?

 それでもいつかカルロン様は私よりも素晴らしい人を見つけて、行くんだろうな。なんて考えてしまうのは私の嫌な癖だ。


 だからできることを、全力でやってみたい。私は悶々としていた気持ちにケリをつけるためにヘカテー様に頼んで今回彼の元に……彼の服を作る場に飛ばしてもらったの。


 ──私の恋が実るのか、そんなこと分からないけど。それでも──私は私の心にしたがってやれることをただ、ひたすらにやるだけなんだから!


 ◇◇


 そのシェファロの様子を眺めながら、女神ヘカテーは。


「全く、カルロンは気づいてないのよね〜恋とか無縁の人だし……にしても甘酢っぱすぎてちょっと胸焼けしてきたわ……はぁ……なんで私もこんなふうにちょっとモヤモヤしてるのかしらね?」


 人に恋を語るには早すぎた女神もまた、一人悶々としていたのであった。






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