第35話 魔法使い達に与えられた危機

 針の上に常に立っていた魔法世界。その平穏はある日破壊された。


 ───時はカルロンが13歳になるひと月ほど前の事。


 その日カルロンは新たな能力のテスト、つまりは女神から授かった力と夢の中で手に入れた『虚空』の力を試していたのだが。


「うーむ、今日はやけに?何か嫌なことが起きないといいのだが」


 俺は森の鳥たちを含む様々な魔物達がやけに騒がしいことに気がつく。

 とはいえつい先日復興したばかりで、ああ言い忘れていた。

 あの日起きた『七罪』による厄災の後暫くは魔物自体の数が驚くほど減少したのだ。


 女神ヘカテー曰く……「そりゃ魔物にとってのご飯とも言える【魔力】が少なくなってるもの……魔物だってご飯がなければ活動したくないでしょ?」

 との事。


 確かに俺たち人間が使用できる魔力と魔物が使用する魔力は異なる物だ。

 何が違うのか?簡単に言うならばペットフードだ。

 あれは別に人が食べても問題は無いが、あまり好んで食べようとは思わないだろう?そんな感じだ。


 あの日以降少しづつ戻っては来ているが、それでも元に戻るにはあとひと月程はかかりそうな気配を感じていたのだが。


 余談だがこの世界の天井、もとい世界樹による隔たりについて触れておこう。

【魔法世界】と【冒険者世界】を隔てるのは中央ギルド【クヴァラーク】の中心にそびえ立つ巨木『ユグドラシル』だ。

 あまりの大きさに世界を乗っけれるほどのサイズの神の樹。


 そしてあの樹の上にもひとつの世界が存在しているという、普通に考えれば訳が分からないことになっている。

 まあ俺は北欧神話は好きだったからな、何となくで理解はできたが。


 それでなぜ上と下で別れているのか?それは単純に上の方が魔力がいい物だからにほかならない。

 上は恵の川、下はドブ川。

 昔父親である『キエス=コキュルト』はそう俺たちに伝えていたほどの格差があるのだとか。


 実際俺が来てみて思ったのは、そこまで変化あるか?という程度。

 だがこの考えは何百年も上にすまう貴族と魔法使い達に根付いており、そもそも魔法使い達が下の世界に殆ど降りてこないことも相まって世界の常識のようになってしまっていた。


 まあそんなわけで俺を追放した場所が下界と言うかドブ川だったのはある意味当然なわけだ。


 そしてこのふたつの世界は完全に別のものとしてどちらも扱っていた。ふたつは交わることなどない……そう誰しもが思っていたのだが……。

 ──運命とは皮肉なものだ。腐りきった魔法使い達の世界と、冒険者たちの世界が手を組む羽目になったきっかけが……まさか『魔物』のせいだとは……ね。

 ◇


 俺はゆっくりとシェファロが注いでくれたコーヒーを片手に休憩をしていた。


 この数時間であらかた能力の使い方はわかったのだが……さすがに神の力といい得体の知れない力を、何度も行使することによる身体負荷が尋常じゃなくなって来たので……まあ仕方なしな訳だ。


 と、俺は何気なく眺めていた天井が少し軋むのを見た。

 世界樹が軋む。そんなことがあるのか?と俺はその時即座にヘカテーに確認したのだが。


「えっと……無い、多分世界的にやばいことでも起きない限りは……ないと思う!」


 なるほどつまり世界的にやばいことが起きたのか。まあ魔法世界での事柄など今の俺にはどうでもいいからな。


 俺はそう言うとふたたびコーヒーカップを置いて立ち上がる。

 ヘカテーが作ってくれた弓を持ち、矢をつがえる。


「身体強化、それじゃあヘカテー、テストよろしく……カウントは10で頼む」


「はいはいーまっかせなさーい!行くわよ!10、9、8……」


 カルロンの肉体が一瞬ではるか上空に『帰還』する。

 当然肉体は上がりきったのならばだ。

 自由落下しながらカルロンはつがえた弓矢を、空中に予め設置しておいた高速で不規則に移動する的に向けて放つ。


「────【狩猟神技】『黄昏と月光の協奏曲トワイライト・ルナ・コンチェルト』!!」


 鈍い金色と満月の如き白銀の矢が放たれる。矢が放たれる度、肉体がミシミシと軋むのをカルロンは涼しい顔をして受け止める。


 数千はくだらないほどの二色の矢の雨。それが次々と的に突き刺さっていく。


「────チッ、命中率実にか……これじゃあダメだな」


「違うわよ?命中率!!あんたの目は節穴?!」


「外れちゃ意味が無い、必ず全て当てなければ戦場では役に立たん。故に外れた時点でゼロ割だ」


「あんたは何と戦うつもりなのよ?!」


 俺は無言で次の矢を装填し、ふたたび今度は先程と同じ場所に『帰還』する。


「次も行くぞ、頼むぞ?」


「神使いが荒いって!もーあんたの偏屈気味な鍛錬に付き合ってると頭がおかしくなるわよ!」


「俺と契約したのだから、我慢しろ……嫌ならば別にお前が契約を解除すればいいだけじゃないのか?」


「っ〜アンタ本当にうっざいわね!……ええそうです!私が解除すればあんたとの契約は終わり!!だけど……せっかく……見つけた……人なんだ……から……ごにょごにょ…………」


「?よくわからんし聞こえんが、まあいい……今は俺に着いてくれると言うのならばその力を余すところなく試して考察して、練り直して、何度も何度も完璧を超えるまで行うだけだ……世界はそうやって鍛錬を基準に廻っていると俺は思っているからな」


 そう言うとカルロンはふたたび先程と同じように矢を解き放つ。


「────ちっ、ゼロ割か」


「一本外れた程度でゼロにしないでよ?!」


 ◇◇


 そしてそれを終えて帰ってきたカルロンはシェファロが手にしていた新聞を読み、上の世界で何が起きたのかを知る事となる。


「へぇ?知能の高い魔物による王都襲撃ねぇ?──【王都防衛のために貴族と魔法使い達による殲滅作戦が行われたが、逆にその過半数が相手に殺された】と?……【首謀魔物は自らを『魔王オルフェウス』……と名乗り】…………アイツらか」


 俺はあの時勝てなかったあの魔物達のことを思い出す。


「か、カルロンさま?!こんなことってあるんでしょうか?!……あの魔法使い達が……勝てなかった……なんて!?」


 シェファロはとても驚きを隠せない顔で立ちすくんでいたが、俺は"まあ奴らならば妥当"と言って椅子に腰かける。


 さらに続きを読むと……。


「【魔法使い達は戦いの中で突然魔法が使用不可能になる自体に対処出来ず、それが原因で数多くの死傷者を出してしまった】……あ〜あの魔道具、そういえば魔法使い特攻のヤツあったな……あの件もオルフェウス達が関係していたわけか」


 まあいろいろな事柄が一気に繋がっていくのはいいことだ。


「ん?──へぇ?……今回の事件を受けて魔法使い連盟及び原初の八人は声明を発表?【首謀者の魔物5体を人類の不倶戴天の敵として『魔王』及び『魔族』と命名、奴らを根絶やしにすることが人類における第一目標である】……か。傑作だな」


 そして次のページに驚きの内容が記載されていた。


「──【この件で魔法使い達の近接戦闘のレベルの低さを痛感した魔法界は新たに冒険者達と提携を結び、新たな戦術を模索することを検討】……まじか?魔法使いと冒険者が手を組むと?」


「へぇ?良かったじゃない?冒険者と魔法使いの垣根を越えた協力ねぇ?……あれ?あんま嬉しそうじゃないわね」


「当たり前だ、普通に考えろ……そんなもの余計に確執が生まれるだけに決まっているだろう?……それに俺は何だか嫌な予感がする」


 俺は最後のページをめくる。三枚目には……俺の嫌な予感が的中する言葉が書かれていた。


「─【この件について偉大なる預言者ラババンバラ様が目を覚まされ、ひとつの予言を啓示なされた……曰く14使の中から、この厄災を打ち破り……新たな『魔皇』になるものが現れるだろう……と。この件を重くうけ止めた魔法使い及び貴族達は一月後に対象の魔法使いの血族を集め……見定めの会、即ち『舞踏会』の開催に踏み切る予定だ】…………これ俺も含まれるだろうか?──嫌なんだが?普通に」


「まあさすがに無いとは……言いきれませんね……カルロン様……」


 ◇◇


 そしてその嫌な予感は……見事に的中する羽目になってしまったのだった。










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