第34話 新たな力『虚空』

 朝が来た。暖かな人の温もりにカルロンはゆっくりと目を開ける。

 家のベッド、そこに俺は寝ていた。頭が少し痛むのはおそらく寝すぎたからだろうか?

 隣ではすぅすぅと吐息を立ててシェファロが眠っていた。

 俺はシェファロを起こさないようにこっそりとその場を去り、家の外に赴く。


 朝露と風が心地よく俺の前髪を揺らす。久しぶりの落ち着いた日々が帰ってきたのだなとカルロンは背伸びをしながら心の中で呟いた。


 ふと、服に着いていたポケットの中に何かがあることに気が付き、それを取り出して眺める。


 それは『鍵』のようなものだった。大きさは人差し指よりも小さく、持つ場所には不思議な紋章が記載されている。

 不思議な程な黒。その異質さに俺は見覚えがあった……確かコレはあの夢で貰った道具にそっくりだ。

 それを不思議そうに眺めていると、突然その鍵が砕け散る。


 驚く間もなく、手にはあの夢で見た『原点回帰オリジンズ・ゼロ』が握られていた。

 夢で見た時よりもはるかに小さく。しかし手で触れることは出来ない。

 握りつぶしても、魔力探知を込めても……何も分からないし変わらない。


「結局、これの使い方を教えてもらわなかったな……まあいいさ、最初から完璧に使い方が分かっている道具など面白くもなんともないからな」


『それを使う時は【開け】、しまう時は【閉じろ】でいいんだよ?』


「……面白くもなんともないと今言ったばかりだが?」


『悪いね、それを長いことこの世界に存在させると負荷が大変なことになる……まあ武器を出したい時は【虚空武装顕現】の後にどんな武器を使いたいか考えて……まあ【刀】と【槍】と【鎧】だけだからね?』


「君は俺をからかっているのか?俺はさっきから説明しなくていいと尋ねたつもりなんだが?」


『うんわかった、じゃあ子供モードに戻ってるから……必要な時は【███】って叫んでね?じゃあ』


 そう言うと『帰環』は姿を消した。まあ声だけではあるが、なんとも不可解なやつだと俺は思いながら。


 ◇◇


 俺はとりあえずシェファロのために手紙を書く、それを机の上に貼り付けると近くの森に向けて走り出そうとちからを込める。


「あ?」


 俺は近くの山に体ごと突き刺さった。どうやら身体能力がありえないほどに成長していたようだ。

 前の時よりもさらに高まった身体能力に俺は呆れながら周囲を魔力探知する。


「ふむ……適当な魔物は……いた」


 俺はふと、『帰還しろ』とつぶやく。何故それをしようと思ったのかそれは分からないが……それをした途端。


 探知範囲にいた全ての魔物がものすごい速度で俺の目の前に積み上がっていく。

 まるでとてつもない引力に引かれてしまったように、次々と。


「うわ、集めすぎたか?……ってかこんなこと出来たっけ?」


 俺はやりすぎたけど……まあ魔物はさっさと狩っておくべきだよな?と判断して……。


「『魔力弾』……あれ?なんで打てないんだ?」


 何故か魔力弾が打てなかった。不思議なことがあるものだなと俺は首を傾げる。

 すると────。


『虚空に進化してることを私はアナウンスします』


 どこからともなくふたたび声が聞こえてきた。


 俺はとりあえず試しに『虚空』とやらを使うことにしてみた。


「『虚空イナニス』……?!」


 手の前に現れたのは巨大な黒の魔力弾。


 魔力感知を使わなくてもわかる、この虚空は……有り得ないほどの密度の魔力で構成されている。


 あまりの重さに空間すら歪みかねない程の圧倒的な魔力の圧縮弾。

 それを俺は試したくなった。近くにいた集められた魔物たちに向かい俺は解き放つ。


 着弾。その瞬間目の前にブラックホールが顕現した。

 その場にいた全ての魔物を跡形もなく呑み込んだ真っ黒な星空の穴は……ゆっくりとその形を小さくして消えた。


 やりすぎだ、俺は思わず手が震える。

 跡はものすごい魔力の摩擦による焼き焦げた匂いが充満してはいたが……それ以上にこの魔法……いや俺が出会ったあの『帰環』のちからの恐ろしさを噛み締める。


 ◇◇


「あ!起きたのね?ったく心配させないでよね!?……もー……それにしてもちょっとあんた何でそんなに呆れた顔をしてるのよ?ねーシェファロちゃーん?」


「そうです!こんな手紙置いてまたひとりで出かけて!びっくりしたんですよ朝起きたら隣にいたカルロンさま……カルロンがいなくて……!」


「…………えぇ?!」


 ◇◇

 俺はあの後魔力弾を使い自分の変化をさらに確かめていたのだが。魔力弾にすら『虚空』及び『ブラックホール』の性質が付与されていた。

 まず重さが尋常じゃなくて、軽く放った魔力弾でさえかつて『ベルゼビュート・スライム』に放った魔力砲ほどではないが、それでもその十分の一ほどの火力に進化していた。


 身体能力はありえないほどに上昇し、魔力、探知範囲、防御など全てが桁外れに進化していた。


 今ならば、あのオルフェウスと名乗っていたやつとも割と渡り合えるのではないか?そう思えるほどだった。


 その後、ご飯を食べるために家に戻ったのだが……なんとフツーに女神ヘカテーとシェファロが会話していご飯を食べていたのだから……その時の俺の唖然具合は言わなくてもわかるだろう。


「ヘカテー君は他の人に見えるのか?と言うか普段声だけだったからてっきり……」


「あら失礼ね?私は女神よ?女神なんだから人間と同じように体を持って行動するぐらいできて当然でしょ?──それにしてもシェファロちゃんの作るご飯、美味しい!……カルロンあんた羨ましすぎるわよ?コレ毎日食べたの?」


「ありがとうございます!女神様!……そうですよ!カルロン……カルロンはいつも幸せものなんです!」


「お、おう……いや驚かないのか?女神が普通にいる事……とか」


「驚くわけないです、そもそも貴方様に慣れてますから!」


「ちょ?私ヘカテー様とカルロンってそんなに変わらないの?!」


 なんか朝からバタバタしてるなぁ。と俺は呆れながらご飯を食べるために椅子に座る。


 やっと帰ってきた日常、まあ神様が増えたのはちょっとびっくりしたが。

 それを俺は噛み締めながら…………ご飯を……。


「……俺のご飯食べたなヘカテー」


「あら?来るのが遅いのが悪いんじゃないの?ねぇ?」


「…………よし、ヘカテー……一旦地面に埋めてやるからこっちに来い」


 それは多分しばらく続く優しい日常。


 されど彼が13歳になる直前、つまりは1ヶ月後の事。

 大事件が魔法界、貴族世界に走る。


 それは魔王と名乗るものたちによる大規模厄災。そしてこの出来事を皮切りにカルロンの運命……いや魔法使いとしての物語が急速に加速していくのであった。

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