第31話 喧騒と復興譚
椅子に座り、カルロンは肩を回す。嫌な音がして肩が幾分か楽になったようだ。
あの時、戦ったオズワルドの魔法を受けたあとからしばらく……記憶に混乱が発生している。
というのは、何故かあの時出てきた魔族達の顔を、色を思い出せないのだ。
おそらくだが魔力探知に頼りきっていたせいだろうか?
なるほど、魔力探知は万能では無いと言うわけか……っと?
身体がミシミシ、と音を立てて震える。
まあこの震えは自分がまいた種だ、気にする事はない。
ただ帰還ゲートを展開しっぱなしで8時間はさすがの俺でも苦しい……という話なのだ。
あの時俺が会議で提案したのは、俺自身の魔法『帰還』を利用したゲートによるギルド同士の人材と物資の高速運搬である。
それをすれば勿論物資の輸送やらのコストが完全に消失して復興も早く済むだろう。そう会議で伝えたのだ。
当然それが可能ならばやって欲しい、と言われたので今やっているのだが……しかしこれはなかなかキツイ。
そもそもギルド同士はかなりの距離離れている。加えてそれらを繋ぐための魔力を常時維持し続けるのはさすがに至難の業過ぎる。
中央ギルドから南ギルド、中央ギルドから西ギルド、中央ギルドから東ギルド、中央ギルドから南ギルド……と片道の帰還門を作り上げて……それを使っての高速輸送。
さらにそれだけならまだ良かったのだが、俺はここに加えて………【
数千体を超えるゴーレム、それを使うことで今抜けている冒険者達の代わりに復興を推し進めて行っていたのだが……このゴーレム達に使用する魔力がかなぁり多いのだ。
戦闘機能を排除して、建築と運搬に全てのシステムを注いだそれであっても……一体一体俺は手を抜くことなくしっかりと作ったのだから……まあ動かすだけでも並の魔法使いならば即気絶しているレベルの魔力を使うのだ。
それでも、やれるやつがやるべきだ。
世界は一人では回せないのだから。やれるやつがやる事が重要なのだと俺は思う。
しかし動けないので少々どころかかなり退屈だ。退屈ならば寝るべきだろうが、魔法の展開は寝ていては無理だ。昔試したのだが……魔法は眠ると発動不可能……というより魔力が切れると人は寝る。
だから原理的には眠くなる=魔力切れなのがこの世界のシステムらしい。
まあ寝なくとも、瞑想ぐらいは出来るので……。
俺は目を瞑り、何かを考える。───そして
◇◇
「すごいなカルロン君は……あの若さであれだけの魔法を自在に操るなんて……流石は『純魔』なだけあるね…それでいつまでうなだれているんだ?ギラ!」
うなだれるギラを叱るようにワルツ……クヴァラークのギルドマスターが云う。
「ははは……俺はあいつに比べて何も出来ないなってさ……少しへこんでいたんだよ……気にすんな」
「気にもするさ!あの会議の後から……いや君の顔を見た時からそうだったが……あまりにも疲れ果てているじゃないか?!……」
「カルロンもだろ?……まあ俺たちが体験したのは絶望だった……ただ……それだけなんだよ」
確かにカルロンもかなり疲弊した顔をしていた。それは先程闘ったと言っていたヤツらとの戦闘の影響か、ゲートの維持による疲弊なのかは分からないが。
だからこそ、ワルツはギラに問いただす。
「君がしっかりしていなくてどうするつもりだ!……確かに君が失ったものはデカイだろう……だが!」
目を逸らしたあと、再び凛とした視線をギラに送るワルツ。しかし彼の目は依然変わらない。
「それでも失ったものを忘れないようにして先に進む……それが冒険者だろう?!……なのに君は」
「うるせぇよ」
「?!……な、なんて今言ったギラ!」
「うるせえって言ってんだよ?!てめぇに分かるか?!経験したか?!愛する人が、愛した人たちが、仲間たちが……目の前で美味しそうに食べられていくのを黙って見ていることしか出来なかったって事を!!!!!」
目を血走らせ、ワルツの胸ぐらを掴むギラ。もしここにほかのギルドマスター達がいれば止めてくれるだろうが……今はあいにく二人だけだ。
「やめろ……ギラッ!……冷静に……なれ!……」
「ああ俺は冷静だよ!冷静だから、冷静なんだよ!冷静冷静、ああクソ!!!」
いくらメメントモリの精神を持っていても、誰だって愛するものたちとの別れは辛いものだ。
しかもギラに至っては託された、そして目の前で見てしまっていた。
所詮は人間、いくら強がろうと見栄を貼ろうと……結局精神構造は万人と何ひとつとして変わらないのだから。
「…………ギラ……君は……そうか、君だけが苦しいと思っているのか」
それに対してワルツは冷静な、冷徹な目を向ける。それは呆れとも……嘲笑とも取れる顔で。
そしてギラの手の力が弱まった瞬間……弾き返し……そして顔面を殴る。
「─────っ?!な、何しやがっ……」
「貴様だけが苦しいのでは無い!この災厄に見舞われた全ての冒険者が苦しいのだ!!分かるか!この中央ギルドでだってたくさんの死者が出た、犠牲者が出たんだ!……でも皆必死に前を向いて歩いてる!……ぶり返して、後悔するのはあとにしろ!……今はな!?復興させることだけを考えろこのバカ野郎め!」
肩で息をするワルツ。普段は冷静な彼女のこんな表情……それはギラを冷静に戻させるには、十分だったのだ。
「──────ッ……ああ……すまなかった……ワルツ……そうだな……そうだ……ありがとうワルツ」
そう言って立ち上がるギラ。顔には殴られた跡が残っていたが……目は曇りが晴れた……いい顔だった。
「───ふん、君が冷静になってくれたなら……何よりだよ!……全く…………………でも本当に良かった…………だって私の愛す……コホン」
「ん?今なんか最後に言ったか?……ちょっと聴き取れなくて……」
「気にするな!……それよりも……」
「───うるさいからそろそろ帰ってくれ?突然キレだしたり……馬鹿みたいな声張り上げて喧嘩するのはいいけれど……それするなら水の中でやってくれないかな?」
二人の間にカルロンの声が割って入る。
「「すまん/すまない!」」
◇◇
何はともあれ、冷静さを取り戻したギラはカルロンの負担が軽くなるように……自分なりにいくつかの案を考えて実行し始めたのだった。
1ヶ月が過ぎ───。街は全て復興が完了したのだった。
普通ならば1年はかかるそれが、僅か1ヶ月で終わったのは……ひとえにカルロンというチート魔法使いがいてくれたからに他ならない。
そしてカルロンは家に帰った。……実に1カ月ぶりの我が家。
待つのはもちろん…………。
「カルロン!おかえりなさい!……やっと帰ってきてくれましたね!」
そう言ってシェファロは優しく微笑む。対するカルロンは、疲れきった顔で……ゆっくりと……。
「ああ、ちゃんと帰ってきたぞ?…………すまん、少し倒れる……安心しろ明日には起き………………」
そこでカルロンの意識は完全にブラックアウトしたのだった。
それはカルロン、実に1ヶ月ぶりの睡眠。
ここまでの間一度も眠ることなく魔力を使い続けた男が……久しぶりに眠ったのは……シェファロの膝の上だった。
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