第23話 覚醒と決着
「あの魔物の弱点はね!……自分で分かるでしょ?」
俺は落下しながらそんな風に言われたので、女神を無言で睨む。すると慌てたかのように女神は目を逸らしてから、再びこちらを向いて──。
「スライムってとっても魔力が馴染みやすいのよ?もうわかるでしょ?奪われたのならば取り返すべき……違う?」
なるほど、非常に有用なアドバイスを感謝しよう。俺は即座に作戦を考える。少なくとも女神がそういうのだからそれはしっかりと行える行為なのだろう。
これでできなかったらそれこそ俺は女神を恨むだけだからな。
念入りに考えた作戦、それが案外シンプルな活路を開く事などよくある話だ。ヤツは強いがそれだけでしかない。
──ここが正念場だ。キエス=カルロン!!
俺は着地と同時に目を開ける。先程までのふわりとした感覚は消え失せて──。
代わりに超越的な魔力を体内の奥底、丹田辺りから感じ取っていた俺はゆっくりと立ち上がる。
───と俺の足に誰かが縋り付いている、それは確認するまでもない……シェファロだろう。
全く結界の外に出るな、とあれ程言ったのに。まあいいや……この子に被害が及ぶ前に……ヤツを仕留めればいいだけの話だからな。
俺は手を開き、ゆっくりと目を閉じる。
体の奥底に眠る女神の祝福を引っ張りあげているのだ。当然俺のその動きにスライムは反応し……流石は世界を超えたスライム、あっという間にコチラを捉えて攻撃に入ってきた。
確実性をとるためなのか分からないが、触手による牽制攻撃から入ってきたのはこのスライムの知性の高さ故だろう。
まあ知っている。先程散々見せつけられたからな、俺は二度と同じ轍は踏まない男だ。
"シュルルルルル"と擦り切れるような音、それに合わせるは冒険者達をいとも簡単に貫いた殺意の槍。
黒閃轟く貪食なる追撃がカルロンを狙う。
しかしカルロンは動かない。いや──動くまでもないと言うべきなのだろうか?
突如、開いた手の先に光が紡がれる。その様子を見てスライムは不味いと直感で判断して攻撃を中断し……防御に派生する。
しかしカルロンの方が三枚ほど上手だったようだ。光は急速に収斂されて……ただ一つの崩壊を引き起こす。
手の中の空間が無を内包し……それに合わせて色が消える。手の中の光は不気味に点滅していて……いや不気味と言うのは少し違うのかもしれない。
カルロンからしてみればそれは当たり前の魔法。だけどカルロン以外から見れば……ありえない光景なのだから。
ゆっくりとカルロンは息を吐き出して──祝詞を紡ぐ。
本来純粋なる魔法使いたるカルロンには必要ないはずの詠唱をわざと彼は紡ぐ。勿論ただの遅延行為では無く……と言うか必要だから唱えていると言うべきか。
「──『運命の天秤は無を指し示す。理には終末を万象に終の楔を。帰郷するは始まりの一頁。律は始まりに還すのだろう』──」
「「「「「ギュイイイイイイ!!!!!」」」」」
「───さて、スライムよ?……耐えられるつもりならばその愚かさを恥じろ…………『
!!!!」
髪の毛が白と黒に染まる。碧眼の目にはひびのような紋章が走る。
解き放たれたのは『無』。万物を、万象を悉く始まりに帰還させる空間系魔法の最高技。
ベルゼビュート・スライムは回避に全てを費やす羽目になった。そしてそれに意識が取られたそのすきに……カルロンは本命を発動させる。
「──魔物も、人も、全て生き物である以上……死を前にしたら全神経を注いで回避する訳だがな?……言い換えればその時は最も肉体に魔力が溶け合っているとも言えるわけだ」
俺はただ取り返すだけでいい。人類は昔からそうだ。
何かを取り返す為だけに命を賭けれるのだから……愚かとしか言えないよな。
俺は手を開き、唱える。
「──お前が喰らった俺の魔力、全て『帰』してもらうぞ?……さあ」
『────帰還の時だ……』
◇◇
それにしてもひっさしぶりに『祝福』を魔法使いに授けたなぁって。え?どれぐらい久しぶりかって?
──まあ百年ぶりぐらいじゃないの?
ヘカテーはそう言うと先程力を授けた少年を見据える。うん彼ならば正しい使い方で祝福を使ってくれる!
何でか分からないけど言いきれちゃうね!
◇◇
──魔法使いは『加護』を貰えない。それは何故か?
本来は『加護』よりも素晴らしい力『祝福』を授けられるからである。
しかしこの数百年、『祝福』を授かった魔法使いは一人もいない。
なんで?って思う?……
『あったりまえでしょ?誰があんなロリコンでぺド気味で、子供だろうが貴族とか魔法使いでなければ奴隷のように扱って……神を軽視し、下のものを見下す愚か者共に祝福なんて与えなきゃ行けないのさ?』
──とある月と魔術の女神の呟き。
『むしろこっちは頑張ってる救われない冒険者とか魔術師に道標として『祝福』をあげたいさ!──でも祝福あげると高確率で役割以上の動きをして早死しちゃうんだよね』
──とある太陽と奇跡の女神の囁き。
『あ〜ヤツらね?俺を敬わなかった時点で救いねぇさ!ってか魔法使いが天下取ってから世界が五倍ぐらい廃れちまったんだが?……そんなゴミカス風情に俺の祝福なんざ天地がひっくり返っても渡さねえよ!』
──とある破壊と武術の神のため息。
この数百年間、神は魔法使いに『祝福』を与えない事にしていた。何故ならば、救いようが無かったから。
その状況を破ったカルロンと言う少年に神が注目しないわけがなくて……?
まあこれはのちのちの話。
◇◇
ベルゼビュート・スライムは体の奥底から剥離する感覚に怯える。
魂まで癒着してしまった魔力が、少しづつ目の前の男の手の中に巻き戻って行く。
それは『帰還』。彼のものが彼の元に帰っていくだけなのだから本来であれば彼の魔力だけが抜き取られるはずだった。
しかし『暴食』と言う性質が悪さをしていたのだとはついぞ思わなかったようだ。
暴食は魂まで喰らう七つの大罪の一つ。しかしそれ故に魂レベルで癒着してしまうと、剥がれないわけだ。
それを無理やり剥ぎ取られてしまっているのだから……まあベルゼビュート・スライムは運がなかったとしか言いようがないだろう。
進化したことで、完全に癒着したその魔力が……少しづつ彼の元に帰還する。止めることは出来ない。
もし止めようとしてもあの無を撃ち込まれたら死んでしまう。──嫌だ死にたくない。
暴食を司るスライムは、ついに恐怖を憶えた。体から魂から魔力を剥がされる感覚は……正しく喰われるのと何ら変わりがないではないか。
そしてもがく、足掻くことをし始めたスライム。しかし既に決着は着いてしまっていた。
◇◇
スライムは塵となって消えた。
この世に現界するための魔力を全てカルロンに抜き取られたからである。
こうして、あっけなく『暴食』の七罪の魔獣は消滅した。
全てを食い散らす悪魔にまで進化したスライムは、最期その全てを持ち主の手元に『帰還』させられたことによる存在の消滅により死んだ。
【暴食七罪ベルゼビュート・スライム──討伐完了】
空に大きな鐘の音が鳴り響く。
まるでなにかの合図のようにすら聞こえるそれは、静寂が訪れた戦地を……次々と優しく包み込んで行った。
──間もなく、夜がやってくる。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます