第21話 女神と死んだ一人の男の悪あがき。

 夜よりも暗き極光、それは静寂と共にカルロンの肉体に襲い来る。

 咄嗟の判断で展開したの魔力障壁をもってしても、ぎりぎり防ぎきれるか否かの瀬戸際。


 それでもカルロンは全力の防壁を展開した。持てる全てを使い切るほどの、全力の防御。


 ──けれど、それをしてしまえば次の有効打が無くなることは彼も重々承知の上で、それでも守るべきものを護るために彼は動いた。


 直後、闇の極光はカルロンの防壁とせめぎ合った。しかしそれもすぐに消え失せてしまったのだ。──カルロンの防壁、それに解き放たれた魔力攻撃は……の性質を有していた。

 ──暴食、それは喰らうもの。どんなものでも喰らい尽くす悪魔の力。

 その力を込めた魔力攻撃を魔力の防壁で防いでしまったが故に、カルロンの魔力の全ては……ベルゼビュート・スライムに食べ尽くされてしまった。


「────────────」


 もはや声すら絞り出すことすら不可能なほどにまで衰弱したカルロン。

 それ目掛けて、ベルゼビュート・スライムは再び先程と同じ高火力の砲撃を解き放つ。


「──────────」


 次の攻撃は確実に防げない。直感でカルロンは判断するも、

 自分の思考に合わせて身体が動かない、其のもどかしさを味わいながら……。


 カルロンは漆黒の極光をその身に受けた。防御すらままならず、そのただ、ただ破壊せしめんとす攻撃により……カルロンの肉体は遙か後方に吹き飛ばされた。


 ──それでも未だ肉体が壊れていないのは、彼の日頃の鍛錬がなしえた成果だろう。──最も、ただ壊れなかっただけなのだが。


 ───既にカルロンの意識は事切れてしまっていた。いくら肉体を鍛えようとも、魔力を有していようとも……所詮はただの人間風情が、勝てない世界の理に……抗った末路なのである。


 ◇◇◇





 ────ここは何処だ?


 俺は目を覚ます。不思議と目は冴え渡っていて、頭もスムーズに機能している。

 辺りを見回してみるが、そこはまるで一面ガラス張りの不思議な空間。


 起き上がってみると、体は先程……戦っていた時と何ら変化していない。しかし自分の肉体からは魔力だけが抜け落ちたかのようにぽっかりと穴が空いていた。


「……ここは何処…………だ?」


 改めてそう尋ねる。最も誰かが返してくれることに期待していた訳では無いが。


『──ここは果てさ』


 突然後ろから声をかけられる。それは先程までそこに何もいなかったはずの空間に突如として現れた。

 見た目は女性?……光り輝いていて、顔は見えない。

 魔力を探知してみるも、まるで反応がない。

 その仮に女性だと思わしき輩は、透き通ったような、少し高慢ちきなような声で。


『はぁ君は残念だったよ、せっかく世界最強になれるかもしれない器だったのにさ』


 そう、煽るように俺に話しかけてきた。俺は冷静に……君は誰だ?と尋ねた。それに大したことじゃないかのようにそいつは。


『ん?……女神様さ。……おや?君はこの世界に神様はいないんだと思っていたのかい?』


 そう言うと何処からか取り出した椅子に腰掛けて呟く。

 そして指をパチン。と鳴らすと、俺の周囲の状況が突然変化した。


『君は死んだ……あっけなく、あっという間に……悲しいね。異世界人だろうが、どれだけ強かろうが……こうもあっさり死んでしまうなんて……ああ嘆かわしいなぁ』


 それは全くと言っていいほど悲しそうではなかった。言葉に感情が感じられない。

 ──正確には、言葉をただ出力しているだけに過ぎないのかもしれない。


「……で?俺の目の前に映し出されている光景はなんのつもりだ?」


 俺はそう尋ねる。否、尋ねなければならなかった。


『何って?……クククク、あぁ?良いだろう?女神様からのサービスだ、本来ならば見れないはずのその後を特別に見せてあげているんだ……感謝して欲しいなぁ?』


「…………そうか、お前は俺がこの光景に感謝すると思っているのか?見せられて俺が喜ぶとでも?」


 目の前の光景、それはシェファロ達が無惨な最期を遂げる様だった。身体に穴を空けられて息絶える様。

 ギルドマスターは首を跳ね飛ばされ、そしてその血を浴びたほかの非戦闘民達が吐く様子。

 それらを見せられて俺が悦べるわけが無いだろうが?


『いやいや、なんせこれはまだ起きていないんだよ?……いやぁ君がもう少し強ければ、こんなことにはならなかったのにねぇ?……クククク残念だなぁ……アハハハハ……まあ所詮は人間風情が、よくまあここまで頑張ったねうんうん……偉いなぁ……』


 その言葉の節々からは、嘲笑と悦楽が伝わってくる。俺は頭にゆっくりと血が上る感覚がした。

 それでもこれを見せてくれたおかげで、逆に冷静さを取り戻そうとすることすら出来た。


『ありゃ?つまらないなぁ……君がもっと焦ってくれないと、私も物足りないんだよ?──そうだ、君には特別に君の護ろうとした女の子の死ぬ様子をじっくりと目に焼き付けさせてあげよう!……いやぁ女神様に本当に感謝』


「───」


『おやおや?私を殴ろうとしても無駄さ?……なんたってここは世界の狭間、そして君はこちらに干渉することすら出来ない哀れな凡人……!アハハハハやっぱり魔法使いは滑稽に心を絶望で染め上げて死んでくれるのが、実に私の溜飲を下げてくれるから好きさ!』


 そう言って女神はどこからともなく取り出したワインをグラスに注ぐ。そのワインは妙に美しく、そして冷酷な色をしていた。


『おや?君は諦めないんだねぇ?……まあいいさ!……君のように滑稽に、無様に足掻いてくれる魔法使いが……へし折れて無念で死んでくれたら、実に……うぅん素晴らしい愉悦に浸れるだろうからね!』


 そう言って赤色の液体を飲み始める女神。


 俺は無視して目の前の光景に向き合う。


 ──それは幾度も繰り返される虐殺の様子。悲鳴、怒号、絶望。

 鮮血が空を赤黒く染め上げ、屍が新たな大地を作り出す程の虐殺。

 あのスライムを止めれなかった末路が俺の目の前に永遠に映し出される。

 そしてその度に巻き込まえれて死ぬシェファロの姿が目に焼き付いて離れない。


 ──もどかしい。悔しい。


 なぜ俺はその場に居られないのか。居ないのか。口から、心からその言葉が溢れ出す。


 そして俺は無意識にガラスを殴る。……何も起きない。

 それでも手が届きそうになる度に、俺はガラスを幾度となく殴る。

 ──やっぱり何も起きない。


『おいおい?そんなふうに殴ったところで、結果は変わらないぞ?……全く君はアレか?テレビ画面を殴れば、画面の中の状況が変わると思っているバカなのか?……ははさっさと諦めた方がいいさ』


 女神の煽りが聞こえるが、無視する。ひたすらに殴る。

 届かないならば、こんな壁……打ち壊せ。


 拳に次第に力が入る。俺はしっかりと握った拳で殴る、殴る殴る。

 それでも状況は何一つ変わらない。後ろで女神が呆れかえって足を投げ出して呟く。


『はぁ……こいつマジモンのバカかよ……ったく、こんな奴に時間かまけるのもそろそろ飽きて……』


 俺はさらに殴る。

 画面に変化は起きない。それどころか、俺の体に逆にヒビが入る。


『ありゃりゃ〜君の方が先に壊れちゃうねぇ?アホ丸出し、バカの一つ覚えみたいに無駄を叩く……いやはや人間ってこんなにバカだっけ?』


 俺は力をさらに込める。──ありえない話?違う。俺はこのガラスを叩き割る必要があるのだ。

 ───当たり前の話だが、『帰還』魔法使いが……戻りたい場所に『帰還』出来ないなんて事が……あってたまるわけが無いだろう?


 俺は─────。


 殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る殴る


 ──────────殴。


『だから無駄だって……ほら、見てよ?全く変化……変化……変…………はぁ?!』


 僅かだが、ガラスにヒビが入る。それは女神ですら想定外の事態。


 俺はさらに殴る。殴るだけじゃなく、こじ開ける。

 殴り、こじ開け……少しだけ、少しだけにも関わらず……画面の中の世界にヒビが重なっていく。


『は、はぁっ?……いやいやありえないありえないって?!……あ、でもほら……君の腕がもう無くなって……』


 腕は既に粉々に砕けた。気がつくと足も、体のほとんどが塵になって砕けている。


 ──構わない。俺は殴り続ける。


 たとえ、この身が消えようとも……俺は諦めることはしない。そして俺はひたすらに無心に壁をこじ開けようともがいた。


 醜かろうと、ダサかろうと、嘲笑の的になろうとも。

 俺は『帰還』という魔法にしたがって……元の世界に戻る。

 それの邪魔になる壁があるのならば、ただ……だけだ。


 女神は嘲笑う。『無駄だって』と。しかしいつしか女神はその言葉を捻り出せなくなった。

 コイツは諦めが悪い、なんてもんじゃない。


 最初から諦めるという言葉が抜け落ちている。そんな風にすら女神には見えてしまった。


 ──────そしてついに。



 パリン、パキン、パキパキパキパキ……。


 世界を分けていたはずの、がついに打ち砕かれたのを見て……女神はひとつの覚悟を決めた。


 それは────────。

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