第18話 厄災の始まり
夢を見た。果てしなく続く地平線の彼方、地面は水で覆われて神秘的な風体を醸し出していたその場所に、俺はいた。
──何処からか鐘の音が聞こえる。静寂を体現したかのようなこの空間においてそれは奇妙なことにピッタリと噛み合っていたのだった。
俺は不思議と歩きたくなり、水面を眺めながら歩く。踏んだ水面が次々と揺らめき、光の欠片へと至り、消え失せる。
ふと、前世の記憶が呼び覚まされる。あれは雨の次の日の事だったか?
病弱な母親に連れられて俺は確か、雨が降った地面で泥だらけになるまで遊んだんだっけ?
遠くから見ると水溜まりはとっても美しく煌めいて、されどそこに自分が足を踏み入れると途端にその美しさは消え失せ、踏んだ俺だけが泥を被る。
美しいものは、触れるべきでは無い。自由にさせておくべきだとあの時、俺は思ったんだ。
地平線を歩く俺。ふと顔を戻すと目の前に誰かが立っていた。
古臭いローブを纏い、身の丈ほどの杖を携えたそれは、まるでタロットの『隠者』や『魔術師』のような印象を見る人に与えていた。
俺は誰なのか?何か用なのか?と尋ねるが、返答は無い。
そもそも生きているのか?ただのオブジェクトなのかと見間違うほどに動きが感じられない。
魔力?いや、どう考えてもここは夢の中。魔力もクソもあったものでは無いはず。
──いや待て、なぜ俺はここが夢の中だと認識している?
頭にいくつかの疑念が浮かび上がる。俺は訪ねようと再び口を開いた、その時であった。
『──厄災が間もなく訪れるだろう』
厄災?訪れる?なんの話しをしているのだ?
男の顔を覗き込みながら俺は尋ねようとするが
顔があるべき場所には銀河が広がっていた。
『──その時君は乗り越えることが出来るのか/──見させてもらおうか』
声が徐々に小さくなってゆく。その声に合わせて再び鐘の音が鳴り響く。
今度のそれは、妙に不協和音を響かせ、俺の頭に響いていた。
鈍痛、激痛、妙な痛みが頭を走る。
世界が閉じる。奇妙な事だがそんな感覚がした。ゆっくりと、それなのにどんどんと早くなる渦のように。
捻れ、唸り、砕け、最後にはたった一片の点だけが残響を響かせて消えた。
◇◇◇
「そんな変な夢気持ち悪いわね!……それにしてもびっくりしたわ!……朝いきなり叫ぶからホント、アタシびっくりしたんだけどなぁ!」
「それは本当に申し訳なかった」
頭を下げてシェファロに謝る。するとシェファロはため息をついて、俺の頭をポコポコと叩き。
「ま、アンタがこんなふうに叫ぶの見たこと無かったからそれはアド。まあアタシだけの特権って事で許してあげるわ!──感謝してもいいのよ?」
そう言って微笑む。全くコイツはどこまでも楽しいやつだ。
「今日は日課を早めに切り上げて、この話をギルドマスターにしてくる、まあたまにはいいだろう?そんな日があってもな」
「ん!いいと思うわ!……にしても今日はやけに風が強いわね……?」
シェファロの言葉に俺は外を見て頷く。確かに今日はなんとも気持ちの悪い風が吹いている。
春一番と言うよりもむしろ、これから何かよからぬ事が起きそうな予感を彷彿とさせる。
「(厄災……厄災が訪れる……か)」
「シェファロ、今日は俺と一緒に来てくれないか?ちょっとなんだかな、嫌な予感がするんだ……君が嫌なら別に良いん」
「面白そう、あんたの仕事っぷり見させてもらいたかったのよね!……いいわ!行くわよ!」
それは何より。俺は支度を済ませるシェファロを眺めながら、魔力探知を拡大させる。
◇◇
「──え?魔物が居ない?……どういうことなの?」
シェファロと俺は空を飛びながら、先程探知した結果で議論を重ねる。
先程の探知に、魔物の姿が一体も見当たらなかったのだ。そんな馬鹿な、と思いながらも……俺はひとまずギルドに赴く。
◇◇
ギルドに着くとギルドはどうやら騒然としていた。誰も彼も口々に魔物が1匹も居ないことについて話していた。
「カルロン、お前も魔物を見なかったのか!?マジか、お前ほどの魔法使いでさえ探知できないとなると……まじで何が起きているんだ?」
「わからん。そう言えば今朝変な夢を見たんだが……確か……そう、厄災が訪れるとか何とか……変なローブの男がそう言ってな……」
ギラはふむ、と考え込む。そもそもこんなことはこの七年間で初めてのことだ。
だがほかの年老いた冒険者でさえもこの状況に狼狽していることから推測すると、本当に初めての状況なのだろうな。
「まあ一旦冒険者たちを集めて、何が起きているのかを……話……」
ギラのその言葉は最後まで話すことにはならなかった。何故ならば……
◇◇
──ソレは唐突に姿を現した。まるで最初からそこにあったのかと思うぐらいに自然に。
初めは黒色の粒が風に揺れている。ぐらいの認識だった、しかしそれは急速に実体を伴いその場に顕現する。
街の隅っこ。東部ギルド『ウロボロス』領内、その隅っこの一角。
地面から這い上がるかのようにして一匹のスライムが現れた。
直前まで俺の魔力探知にはそんなものは見えなかったし、現れた瞬間に全てを悟った。
──漆黒の液体。夜の闇より深く、大きさは実に10m前後。
中心には外套足り得る黒色に負けぬほどの煌めきを持つそれは、不気味な目のようにすら周囲の冒険者には感じとれた。
そいつは現れた瞬間、三度胎動した。ただ三回、蠢いただけなのだ。
ソイツにしてみれば、三回鼓動を鳴らすだけで良かったのだろう。
一度目の胎動で周囲にいた全ての冒険者が30メートルは吹き飛ばされた。
建物はほとんどが倒壊し、俺の普段使用していた魔力壁すらひび割れるほどだった。
二度目の胎動で、吹き飛ばされた冒険者の四割がその肉体を爆散させて死んだ。
地面は消し飛び、建物はまるで発泡スチロールで出来ているのかと錯覚するほどに簡単に吹き飛ぶ。
三度目の胎動で先程までの攻撃に耐えた六割の冒険者のうち、二割が死んだ。
スライムよりも高い建物は何ひとつとして残らない。そういうことだ。
そのスライムは、砕けた建物、死んだ冒険者の肉体等を見つけると。
美味しそうに食べ始めた。片っ端から、次々と。黙々と。喰らっては喰らい。また一掴みして喰らう。
それはこの魔物の名前を知らないはずの俺にさえ、こういう名前を連想させるほどの…………圧倒的な。
暴食だったのだ。
◇◇
その日東部ギルド協会『ウロボロス』内に突如現れた魔物の名は『七罪暴食/グラトニー・スライム』
そしてその魔物は『七罪』が一つ、『暴食』を司る……災厄の獣。
その
この世界の最大レベルである
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