第一章 冒険者編/VS厄災の魔獣(12歳)

第17話 嵐の前の静けさ

 今の季節は春。生き物たちの息吹が光る時期。

 ダンジョンもまた、季節に影響される為か魔物の数が多くなっていた。

 春は魔物の数が多くなり、夏は特殊な魔物が増える。

 秋は魔物が少なくなり、冬は圧倒的な強さの魔物が現れる。


「ったく面倒だ、どうして最深部にいるんだよ全く」


 俺は走りながら魔力探知を起動し続ける。俺の探知には怪我人が数人表記されていた。


 ここはダンジョン『大英雄の分霊墓』。割と死霊系列の魔物が多く、聖職者がいないと最悪の場合詰むレベルのダンジョン。


 とはいえ聖職者はあまり数が多くない。故に値が張る。そのためこのダンジョンに潜る際に聖職者を雇わない選択肢をとるパーティーも存在している。

 ​───────最もその末路はだいたい瀕死の重傷を負うか、トラウマだけを掘り付けられて冒険者を辞めるかの二択だ。


 ただこれはほぼ全ての死霊系の出現するダンジョンに言えることだが、大抵は準備を怠って死ぬ。

 つまり俺が今向かっているのは、準備を怠った馬鹿野郎共の所なわけだ。


「ん?……邪魔だ『灰燼に帰すイグニス』」


 目の前に群がる群生型寄生虫系列の魔物『死肉虫しにくむし』を俺は焔に帰す。

 道が開ける。それを俺は突っ切る事にする。はっきりいってこんなふうな虫ばかり出てくるせいで割と俺は死霊系ダンジョンが嫌いになりそうだったのは内緒。


 ◇◇


 "カチッ"という音がして近くの扉が不意に開く。その様子はまるでわざとこちらに来て欲しいと誘っているようにすら感じた程。


 俺はその中を見る。────ビンゴ。


 そこにはほとんど魔力の尽きかけていた冒険者たちが倒れていた。こいつらは目的の奴らとは違うが────?


 ああそういう事か。


 近くにあったのは宝箱。最もそれには『簡易式転移魔術』が仕込まれていたようだ。


 俺はそいつはの肉体にタグを貼り帰還させる。


 ◇◇


 目の前から死神のような魔物がこちら目掛けて走って来る。どう見ても死神なのに、足を使って走っているせいで妙に違和感を感じて怖さなど微塵も感じられないのは俺が現代人だからだろうか。


「『魔力弾マナ・ボルト』─────へぇ?」


 魔力弾がすり抜けた。つまりこいつは魔力攻撃は効かないという訳か。

 ───それならばと俺は地面の石ころを蹴り飛ばし、それを顔面に当てる。


 それはしっかりと死神らしい見た目のそいつに直撃し、壁にめり込ませる。どうやら質量による攻撃は効果ありという訳か。


 俺は近くの壁をぶん殴り、破片を空中に展開、即時それを殴り飛ばす。

 同時に足に魔力を込め、相手の背後を取る。


 そして───『帰還』させる。


 死神のような魔物は当然最初の攻撃を警戒し、今の質量攻撃を避けた。しかし、今投げ飛ばした瓦礫は全てなのだ。

 故に、俺の思いどおりの動きで手元に帰ってこさせられる。


 指を死神の顔に当て、そして一言……


「チェックメイト、残念だったな死神もどき」。


 本来飛んでくるはずじゃなかった軌道を描いた瓦礫が全て顔面に突き刺さり、死神のような魔物は息絶える。


 ◇◇



「君たち、無事か?」


 しばらくの後、冒険者たちを無事発見することに成功した俺はそいつらに話しかける。


「あ、アンタ……た、助かった!……カルロンさんじゃねえか…!」


「何、何有名人!?……え、あのカルロン様?!」


「ま、マジかよww!俺たち運よすぎな!」


 俺は"はぁ"とため息を吐き出し、彼らに告げる。


「君らさ、もっと準備してから挑もうね?このダンジョンは聖職者居ないと死ぬから、本当に」


「で、でも……高ぇし……それに死霊系のダンジョンには高いお宝が山ほど眠ってるって聞い」


「───あのさ?君たち死にかけてたわけだよね?……その割に安全エリアでずっとお茶休憩?……あのさ、こっちも暇じゃないんだよ……分かる?……な?」


 俺は静かに、冷静にキレる。こんなことにいちいち構っていたらキリがなくなってしまう。


「いいか?次から本当に死霊系のダンジョンに挑む時は聖職者を連れていけよ?次同じことしたら助けに俺は行かないから自力で帰ってきてもらうことになるが、それでも良いのか?」


「「「──すみませんでした──」」」


 分かればよろしい。俺はそう言うと三人を担ぎ、『帰還』する。


 ◇◇



「すまんな、カルロン……こんな馬鹿どもに付き合わせちまって……後でみっちり叱っておくから……」


 ギラに謝罪されたが、俺は時間が足りん。とだけ伝えると再び空を旋回しながらサーチする。


 しかし今日は案外人も魔物も少なめだ、そう思いながら……まるで嵐の前の静けさのようなその違和感に俺は嫌な予感がするのを隠しきれなかった。


 ここ数ヶ月、魔物の動きが妙だ。強い魔物自体はある程度現れるのは想定していたが、そいつらが突然消え去って行くのだ。


 誰かが倒した?いやいやそれにしても突然に消え去るのは妙としか……。


 ◇◇


「ギラさん!見てみて!これ俺が編み出したスキル!……どう?かっこいい?……でしょ!?」


「ギラ!これどこ置いとくんだ!?……ったく明日にでも飲み会とかするか?」


「おーいギラ!3日後の『春宴』の準備はもう済ませたぞ?……いい酒入ったらしいぜ?」


「ギラ殿、どうやら魔物が今年は減少傾向のようです。ふふふみなの努力が幸いしているという事ですね、つきましては我ら冒険者にボーナスを……」


「ボーナスはやらん!……そもそもだらけて冒険してない奴らにもわざわざ金をやる道理はねぇ!」


「ケチ!」「カタブツ!」「オタンコナス!」「そんなんだから恋人に逃げられるんだよ!」


「おい今恋人に逃げられたって言ったバカはどこのどいつだァ?!叩き潰してやるよ!出てこいや!あ?」


「やべぇギルマスガチで殺す気だ!逃げろ!」


 ◇


 騒がしい日常。しかしこの七年間、誰一人として欠けることなく歩んできたからこそのこんな風な日常なのだ。

 それは絶対に続く永劫なる日常。何人たりとも汚すことができない崇高なる物語。


 ◇◇


「おや、騒がしいですね……カルロン、ただいま戻りました」


「カルロン!来たか!……おいおい今日はいい肉入ってるぜ?……食うか?」


 俺は今日は肉の気分じゃないと伝え、それにシェファロがご飯を作って待っていてくれているからと断った。

 カルロンの言葉にシェフは少し残念そうな顔をしたあと


「────ならこの鶏肉持ってきな、もちろん味は保証しとくぜ」


 そう笑顔で答えた。カルロンはそれを感謝しながら貰い受け、その後一度帰還し、再びギルドに戻ってきた。


「この人と、この人は発見したから……あとはこの……」


「猫ちゃんの救出ですね、かしこまりました……」


「ああ少し行ってくる」


 そう会話をすると、またしてもどこかに飛び去ってゆく彼。


「ったくあいつもご飯なりお酒……は無理か、まあいろいろ食べてきゃいいのに……アイツは働きすぎだぞ?どうなってるギルマス!」


 少し太めのおっさんがそう愚痴ると、ギラはため息をこぼし。


「───シェファロさんの言葉でもなければアイツは休んでくれないっての……はぁ……」


 ギラは胃をキリキリ言わせながらぼやく。


 その光景にギルド内からは笑い声が飛び交う。間違いねぇ!と叫ぶやつもいる。


 彼が貴族と知った時はみんな冷たくあしらうつもりでいたのに、いつの間にかやつは俺たちの心の隙を簡単にこじ開けて仲良くこのギルドに馴染んでいた。


 だからこそ、あいつがもうじきこの冒険者世界を離脱して魔法世界に戻ってしまうのが怖い。

 俺たちはやつがいなくなった世界で、人々を助けられるのだろうか?1人の犠牲も出すことなく、倒し切れるのか?


 ギラの疑問は絶えず頭の中で蠢く。


「───やめた、こんなことを考えても一銭にもならんな」


 ギラは首を横に振り、再びギルドの連中に声をかけて進めていく。

 平和な日常はこれからも、これからもずっと続いていくのだろうな。


 ビール瓶と刀で殴り合いを始めたコーラルとヒノを止めるためにギラはため息を吐き出して歩いていく。



 ◇◇◇




 そして日常は突然崩れる事となった。


 嵐の前の静けさだったのさ、結局の所。コレはただの、末路の話だ。


 誰かが後悔してももう遅い。世界の災厄は文字通り世界に多大なる被害を付与して消え去った。


 その戦いでギルド『ウロボロス』の9割の人間が死んだ。

 それはカルロンが現れてから初めての死者。それも多数の死者が現れることとなった哀れな、虚しいだけの物語。


 その日世界は厄災により、ほぼ全てを失ったのだから。


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