第5話 誘拐された件(実戦編)

 ふむ、天井の高さはだいたい四〜五メートル程か。

 聞き耳を立てながら、屋敷の構造を俺は把握する。

 材質は主に木。あとは何割か鉄と石が使用されているな。


 間取りはそこまでだが、おそらく魔力の質的にだいぶん昔の家なのだろうか。


 そしてこの屋敷にいる存在は、俺たちを含めずに実に8人。


 俺が今いる部屋は所謂物置小屋だ。しかし、それ故に近くにはいくつものになりうるものが散乱している。


 例えば、なんかはまさにうってつけの武器だ。俺にとってはむしろ剣などよりも助かるかもしれないな。



 ───と、隣に進展があったので俺はそちらに意識を再び向ける。


「……てめぇらはよ?俺たち魔導師をバカにしてんだろ?……あ?答えろよ!純魔様ァ!?」


「スティス?!や、やめろ!こんなことをしたらお前たちタダじゃすまないぞ?!」


 ああ·····まだ起きていたのか。兄妹たちは案外しぶといのだな。

 さっさと気絶してくれれば楽なのだがな……

 それにしても退屈だ。既にこの屋敷の内部構造は熟知したし、そのうえで隣で兄妹達が気絶するのを待っているのみなのだから致し方無しではあるが。


 やがてしばらく何かを殴りつける音、倒れる音が響く。

 そして男の声がする。

 ふむ、内容は……


「……おい、この女は人質じゃなくて俺たちのものにしちまおうぜ?……散々噛み付かれたしよ、コイツで溜飲下げねぇと腹が立って仕方ねぇ!」


 俺はため息を吐き出す。全く、度し難いな。


 別段俺は兄妹たちの安否など気にしてはいないが、もし仮にここで彼らが死んでしまった場合……俺の今後がさらに面倒な展開になる


「いやぁ!た、助けてっ!助けてッ!!!」


 ヘルセネーの悲鳴が聞こえる。そういえば幼い頃のトラウマはかなり後まで尾を引くと言うが、それは流石に可哀想か。


 少なくとも彼らに罪は無い。だと言うのに全く。

 魔力探知を使い盗み見た今の兄妹たちの惨状は悲惨なものだった。

 ハーディアスは頭から血を流し、腕と腹に痣が。

 ヘルセネーは服を破かれて、今にも事案になりかけている……もう既に気絶してしまっているからか抵抗はしていないが。


 スティスは口から血を流し、胃の内容物を吐き出して気絶していた。


 全く、全くだ。

 ……普通に身内が痛めつけられるさまは見ていて気分が悪いな。俺には兄弟など前世ではいなかったから分かり得なかった感覚だ。


 それは俺の想定ミスだな。こんな感覚になるとは……


 最悪のケースを想定して、一応心臓の音は測っていたが、そこはまだしっかりと動いている。


 まぁもういいか。せっかくなのでな……ここよりと行こうじゃないか。


 ◇◇


 俺は


「あうあうあ〜マッマ〜マッマ〜」


 と泣く演技を始める。目的は近くにいるおっさんを引き寄せるためだ。

 案の定そいつは騙されて俺の近くにトコトコと、丸腰で歩いてきた。


「あらーどうしたの〜?可愛いわ


 そして俺の顔を見ようとした瞬間、その腹部に俺の拳がめり込み……

 ────空間が爆ぜる。


 そのまま向かってきた方向に逆さまに吹き飛ぶ。いくら二歳にも満たないこの体とはいえ、魔力をしっかりと纏わせた拳は勿論その男を一撃でノックアウトする。


 ───一人目


 同時に『帰還』のラインをそいつに付与し


「?!な、なんの音だ!……ええィ!大丈夫か!弟よ!……な、何が?!……ぐえっ?!」


 走ってきた護衛の内の一人の上に落ちながら俺の手元に来るようにその男を『帰還』させる。


 突然落下してきた同質の存在により、そのままカエルを潰したような声で鳴く男をそのまま俺は拳で殴り飛ばし……割と高さのある天井にぶち込む。


 ───二人目


 今の音にびっくりしたのか、屋敷の至る所に分散していた男たちが次々とこちらに向かってくるのを魔力探知で確認すると……

 俺は乳母車を回転させて、近くのドアに触れ……その後先程の衝撃で倒れた騎士の鎧の兜に触れる。


 そしてそれを手に持ち……


「っ!何事!……ぐぁっ?!」


 剣を構えて入ってきたやつの顔面に叩き込む。

 フリップはあまりなかったが、その代わりに大量の魔力でコーティングして強化した兜。


 それを俺の魔力を込めた肉体からの全力投球。そんなものを喰らえば例え歴戦の戦士であろうと昏倒は避けられないだろう。


 ───三人目


 物置部屋にはドアがひとつしかない。故に入ってくる方向など意識しなくてもわかるわけで。


「魔力?!……まさか誰か転移してきたのか?!ッ!……お、お前た」


 なんでさっきから喋りながら入ってくるんだろうか。

 俺は疑問に思いながら後ろに投げた兜を俺の手元に『帰還』させる。


 ◇

 そうだ、ここで話しておこう。

 俺の『帰還』魔法には、が存在していることを俺は調べた(自力で)。


 魔法的帰還は帰還指定したものを即座に手元に移動させるもの。

 これはその物が地下にあろうが、檻の中にあろうが……そう言った外的要因を全て無視した魔法的な、言い換えれば現実には有り得ない方法で手元に帰ってくるものを指すのだが。


 一方、物理的帰還は俺が創り出したラインマーカーを辿り、物体がそのラインをそのまま指定した場所に帰還させるというもの。


 そして辿壁などの障害物があった場合、どうなるのかという話だ。


 最初俺はこの物理的帰還をベビーベッドの中で試したのだが、その結果……ベビーベッドが見事におしゃぶりによりのだ。


 つまるところ、物理的帰還の際の障害物は……により、破壊して指定した位置に『帰還』するという事。


 ◇


 では、いまさっき投げた兜はどうなるのか?


 今ちょうど俺と兜の間に人間が立っている。それに向かって兜を『帰還』させると……?


 結果は想像通りだった。むしろ少し手加減したからか、余計可哀想な結果になってしまった。反省せねばな。


 俺は目の前で突然後ろから飛んできた兜で体をへし折られた哀れな男の顔を見る

 その顔には苦悶の表情を浮かべていたが、それは当然。俺は呆れたように


「自業自得だよ全く」


 そう言ってその男の顔面を地面に叩きつけ、そいつの手に持っていたコインを指で弾く。


 ───四人目


 おっと、どうやら三人固まってこちらに向かってきているようだ。確かに判断としてはあっているな。


 ?という話だが。


 そいつらは慎重に扉を開け、中に入ると同時に先程から構えていた杖から貯めていた魔法を放つ。


「バースト・ファイア!!」


「フリーズ・ショット!!」


「ライトニング・ボルト!!!」


 ふむ、いい判断だ。ここが屋敷の中でなければな?

 普通に木でできた屋敷の中で炎魔法を炸裂させようとするのは色々と危ないぞ?


 直後、ものすごい轟音とともにドサッと人が倒れる音がする。


「?!やったか!!」


 おいおいそいつはフラグだぜ?……


 そう思いながら無傷の俺は焼け焦げて、体の一部が凍りついた男四人を横に放り投げる。


 俺は先程倒れた四人の男の肉体を肉壁として利用したに過ぎない。


「?!き、貴様ッ!」


 そして判断が遅い。ぬるい。


 俺はドアをグイッと手元に『帰還』させる。


 ドアがものすごい轟速で俺の手元に『帰還』する。ただしその経路に存在していた男三人をなぎ倒してだがな。


 ───五、六、七人目

 ◇◇


 ふむ?最後の一人は……お?


「……ぬかったよ、まさかこんな奴が紛れ込んでいたとはな……だがな?俺にはこいつらを爆発させることができるんだよ……」


 ほお、賢いじゃないか。ヘルセネーを人質にするとは……

 まぁ百点中なら一点だがな。


「ふむ、その話を二歳児にしてどうするつもりだ?」


「……は、てめぇ二歳児じゃないだろ?……俺の目は誤魔化せんぞ!」


 俺は苦笑しながら、乳母車の中から喋りかける。


「……失礼な、こちらは未だに二歳児ですらない子供だが?」


「……これだけの護衛……優秀な魔道士をこんなふうに倒せるやつが……子供なわけが無いだろうが?!」


 そう言いながら手に持っていた光筒を展開する。


「……だが、残念だったな!今この場には魔法を封じるフィールドが展開されている!いくら貴様が魔法が強くとも……こうしてしまえばただの普通のガキだ!」


 そうだな。ならそれで間違いはないだろう。


「……子供相手にそんな手を使うとは、汚いにも程があるんじゃないか?」


「は……なんとでも言いやがれ、俺はこいつだけでも人質にして金を奪い逃げる予定だ、てめぇを殺したあとでなぁ!」


 そう言って魔法を使えない俺目掛けて、近くにあった剣を振りかぶるが。


「…………はぁ、残念だな」


 俺はこいつならまぁいいか。正当防衛だしなぁ……とため息を吐き出しつつ、その魔法を唱える。








「『無に帰すムニキス』」



 少しの静寂の後、俺はこの世界から退場したそいつに弔いの言葉を投げつける、


「……まぁ、相手が悪かったな」


 確かに魔法を封じる結界は機能していた。それ故に俺はこの魔法を使わざるを得なかったのだから、ある意味自業自得とも言える、


 こうして俺は改めてこいつらを1人ずつちゃんと気絶させたあと。


 あとは魔力の痕跡を無くすために偽装をかけるとしますか。

 というのには訳がある。

 この世界には魔法を使うと、魔力痕跡……通称『まりょコン』が残るのだが。

 それを解析することで犯人を特定する所謂探偵のようなものもいるのだとか。


 ちなみにメイドの一人がそれを持っていたせいで俺は毎度魔法を使ったあと、全力で証拠隠滅をせざるを得なかったのだ。


 だが、改めて鍛え上げた魔力隠滅技術は何かと役に立つものだなと思った。



 ◇◇


 そして数時間後、父親と母親が屋敷に乗り込んで来たのだが。


 まぁ俺は日課を終わらせたあと、ゆっくりと乳母車で眠ることにしたのでね。


 後々のことはききづてなのだが……






  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る