第3話 壊れている魔法
『無に帰す』。その魔法は俺が偶然見つけてしまった、所謂『ぶっ壊れ魔法』だ。
いや、裏技魔法とでも言うべきものだったのかもしれない。
この魔法を見つけたのは季節がちょうど夏に入るぐらいの頃だったかな。
◇◇
俺はあれから毎日のように『帰還』魔法の調整に明け暮れ、体に魔力を通す練習と魔力の調整を行っていた。
その甲斐あって夏になっても問題なく暑さを緩和できていたのだ。
そして俺はひとつ新しいアイテムを口にはめ込まれるようになった。そう、おしゃぶりだ。
俺が口をもごもごさせていることに気がついた親がバカ丁寧にそれをつけてくれやがった。
そのせいで口で魔法を唱えれなくなったので、心の中で唱える羽目になってしまったのだが……これがまた難しかったのだ。
後々知ったのだが、魔法の無詠唱は熟練の魔法使いにしか出来ない芸当らしい。
だが知ったことではなかった俺は、ひたすらそれを練習することにした。
────そんな新緑の青葉が日差しを受けて、無数の煌めきを放ち始めたある日のこと。
俺の鼻の上に虫が一匹止まった。
なんのことは無いただの虫だ。一応この世界では魔物らしいのだが……基本的に害はない物だ。
──しかし俺は虫が大嫌いだ。死ぬほど嫌いだ、吐き気がするほどに嫌いだ。
そんな奴が俺の鼻の上に欠伸をしながらへばりついたのだ。
俺は突然起きたその出来事にある意味パニックになりかけていた。
『いやいや、その程度で大袈裟な』と思う者もいるかもしれないが……
考えてみても欲しい。自分が最も嫌いなものを顔の上に置かれ、そしてそれを自らの意思で取り払うことが不可能な状況。
俺は耐えれなかった。だから思わずこう心の中で叫んだのだ
───『消えろ!俺の目の前から消えてくれ!そうだ!無に帰えれ!!』
と。俺は不愉快極まりなかったその状況を変えて欲しくて、そう心の中で叫んだのだが。
驚くことに俺の目の前から本当に虫が消えてしまったのだ。
『何だ、飛び去ったのか?』
普通ならそう思うだろう。しかし俺は見てしまった。
目の前で急に虫が空間に呑み込まれて消えていくのを。
即座に俺は行動に移した。すなわち俺が先程唱えた文言に何か虫を消す効果があったのでは無いか?と。
まず俺は窓の外から遠くに見えていた木の葉を目で追いながらひとつずつ先程と同じように文言を唱える。
「消えろ!」
これは何も起きなかった。自分の魔力を測ってみたが、至って唱える前と変化していなかった。
それはすなわちこの文言には特に効果がなかったという訳だ。
次に「俺の目の前から消えてくれ!」と唱えた
やはり先程と同じように変化は何ひとつとして起きなかった。
魔力にも変化は見られなかった。
俺はふむ、と考え込む。
つまり最後の文言が何か影響を及ぼしたのではないか?と。
『無に帰れ』……?!
俺は唱えて改めて驚いた。俺の視線の先、新緑の青葉達。
それらがいっせいに消し飛んだのだ。
いや消し飛んだ、というのは少し違うかもしれない。
正しくはまるで最初から無かったかのように消えてしまったと言うべきか。
当然、俺の体内の魔力は先程と比べて減少しており……それをもってして俺は『無に帰れ』という……おっと魔力を込めないようにしないと……
……無に帰れ。と言う文言に対象の消滅効果のようなものがある事を理解した。
しかしこれがどれほどのものにまで影響があるのかは未だに未知数ではあったので、俺は新たにこの「無に帰れ」……いや「無に帰す」と言う魔法の制御の訓練も追加で行うことにし始めた。
◇◇
やがて時が少しだけ流れて秋。
朝の肌寒さが異様に高まってきた頃合に、俺はある程度までこの「無に帰す」……俺はその魔法を『
まず、この魔法は自らが指定した対象に対して効果を及ぼすものである。
つまりは、無意識に発動する物ではなく……意図的に自ら作為的に行わなければ発動しない魔法と言うわけだ。
そしてその効果は如何なるものでも無に帰すという物。
魔力創造物だろうが、虫だろうが……鉄だろうが真鍮の鎧だろうが。
雲だろうが…………そして生物だろうが魔法だろうが。
────どんな物ですら消してしまう。
勿論全て俺が幼児として動ける範囲で確かめた物だ。
おそらくだが理論上人間でさえも消すことは可能なのだろう。
全く、この家……そうだこの家の名前を俺は知ったのだ。『キエス家』と言うらしい。
つまり俺は『キエス=カルロン』と言うのだろうな。まぁそれは今はどうだっていい。
この家が大金持ちで助かった。おかげで色々なものが置いてある。
それをひとつずつ片っ端から消していくことができたのだからな。
まぁ流石に高価すぎそうなものはやめておいたが、この家のメイドはバカなのかは知らないが全く気がつくことは無かった。
◇◇
さて、俺はこの魔法を使うべきなのか悩むことになった。
というのは、どう考えても出力がおかしいのだ。
最初は木の葉一枚程度だったものが、今では自らの体躯の何十倍もあるはずのガラクタでさえ消せるようになっている。
……こんなものを人に使っていい物か?
流石に俺とて異世界で大量殺人鬼になる予定はない。
そう思うと、この魔法は禁忌として使用を控えるべきなのかもしれない。
そんなふうに思うしか無かった。
ちなみに副産物として『灰燼に帰す』と『砂塵に帰す』というのも使えるようになった。
このふたつは『無に帰す』おっと危ない
「無に帰す」よりは出力が低く、まだ使いやすい部類だ。
というかこの一連の流れを踏まえると『帰還』魔法は移動に適した魔法と言うよりも、殲滅に適した魔法なのでは無いか?と思うようになったのは当然な訳で。
ああ、それからまだあったな。
俺は『帰還』についてもかなり熟知し始めていてな。
手から出ていた線のようなもの、あれは『ラインマーカー』とでも呼べる代物だった。
あのラインを辿ってものが帰還してくる。そういうことのようだ。
そしてこのラインは他者には見えず、それを俺は触れることができると。
だが、まだ俺の理想の動きには程遠い……
故に今はまだ溜の時間と割り切って日々の鍛錬に取り組むことが俺の今のやるべき事なのだろう。
おっと、あまりにも深く考えすぎていたようだ……いつの間にかおしめを取り替える時間になりそうだ。
「はいはいーカルロンちゃーんおしめかえまちょうねー」
全く嫌なものだ。未だに俺を子供だと思って接してくれているせいで、俺はいつのまにか動きを縛られてしまっているのだから。
……早く外を駆け回って、色々と確かめたいのだがな。
俺はそう思いながら沈み始めた太陽を眺め、ため息をひとつ。
◇◇
そして俺が二歳に差し掛かるある日、ひとつの大事件が起きた。
俺を含む子供たちが何者かに誘拐されたと言う……ね。
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