第1話 プロローグ明けの異世界

 ふむ、話し声は聞こえるようになった。それはいいが如何せん誰が話してるのかが分からないのが気がかりだ。


 だが俺の事をハズレと呼んだやつの姿だけは魂に刻んでおかねばならん。

 そう思い俺が目を凝らしていると、体の中心……おそらく心臓の横辺りから何かが湧き上がるのを認識する。


 それは先程音が聞こえるようになる直前に起きたものと一致する。


 そしてそれに合わせ、視界がいっせいにクリアになる。


 ふむ一応見えるようになったことは満足だ、しかしその結果色々と想定外の状況が見えてきた。


 まず俺は誰かに抱き抱えられていたが、まあそいつに目を向ける必要は無い。

 俺は先程ハズレと呼んだやつを探す


 ──いたな、メガネの男。服装からしていかにも先生といった風体のソイツを俺はギロリと睨む。流石に産まれたばかりの眼光ではビビらせることすら出来ないが、一応だ。


 ──大人になったら消し炭にしてやる。


 と、俺を抱き抱えていたやつが俺の顔を撫でる。やめろうっとおしい。

 金髪碧眼というファンタジックな見た目のそいつは無駄にでかい乳を俺の近くに置いていた。

 そして俺が見ていることに気がついたのか、ニコリと笑って服を捲り上げる。


 ───ん?


 待て、嫌な予感がする。俺は今産まれたばかりの赤子で……そして目の前にいるこいつはおそらく母親?

 そしてそいつが今俺にやろうとしていることは。


 ─────授乳ですか。嘘だろう?流石に辛いぞ?これ。


 とはいえ飲まない訳には行かない、少なくとも幼児が栄養を補給するには母乳に頼るしかない。

 しかし惨めだ。哀れだと誰か笑って欲しい。


 精神的には大人と言えど、見知らぬ女性の母乳など飲むものでは無い。



 ────「けぷッ……」


 ああ、死ぬほど薄めた粉ミルクの味に絶妙に塩味が合わさったものが中に入ってくる。

 美味しくは無い。だが生きるためには飲まざるを得ないこの現状に腹が立つ。


「たっぷり飲むのよ〜『カルロン』〜」


『カルロン』?それは俺に向けているのだろうか。なるほどここでは俺は『カルロン』と言うらしい。だが思いのほか悪くはなさそうな名前だと俺は思った。


 ◇


 暫く周囲を観察して色々とわかったことがある。

 まず部屋にいたのは先程俺をハズレ呼ばわりした先生風の男、以後『先生』と呼ぼう。


 それからおとぎ話でしか見たことがないような服装の、おそらくだが父親と思わしき人物が窓際に座っていた。以後『父親』。


 そして俺を抱いている金髪碧眼の女、以後『母親』。


 それらは貴族のような服装に身を包んでいた。少なくとも下民や貧民とは思えない服装。



 昔中世の時代資料を使ってゲームを作った時に見た資料の中の姿にそっくりである。


 そして先程から入ったり出たりしているのはおそらくだがメイドだろうか。

 メイドを雇えて、服装も豊かで

 そして顔色も割と良いところを見るにかなりの富豪なのではないか?


 そして2つ目だがこの世界には『魔法』があるようだ。

 というのは先程から俺の周りで話しているヤツらの会話のフレーズに、逐一『魔法』という単語が出てくるのだ。

 それだけではなく、メイド達もてから炎を出したりしていたのでおそらくだが『魔法』はあるのだろう。


 まるでお伽噺だな。それが異世界モノの小説か?

 まぁどちらにせよ今までの知識が通用しない世界というのはとてもワクワクするものだ。


 ◇


 ───と、俺は下腹部に違和感を覚え思わず声を上げる。


「あ〜カルロン〜おしめかえまちょね〜」


 やめろその猫撫で声を。シンプルに気持ち悪い、反吐が出る。

 少し年のいった女が俺の下腹部を触る。


 汚物を綺麗に処理したあと、その女は俺の臀に向かって。


「水よ、我が手に集いたまえ『クリエイト・ウォーター』」


 そういったのだから、思わず笑いそうになる。なんというかシュールだとしか。


 だが、ちゃんと俺の下腹部に水が当てられるのを感じると……本当に魔法があるのだなと実感する。


 それはそれとして早く拭いてくれ、シンプルに冷たい。


 ◇◇


 その後俺は母親の手で再びベットに寝かされる。

 木でできた柵があるベットに俺は寝かされながら目をつぶろうとするが。


 ……さっきから体内で何か熱いものが疼いていて腹が立つな。


 心臓がまるでふたつあるような違和感。それを俺は『魔力』即ち魔法を使うための力なのではないか?という考察をたてる。


 というのは先程世界がよく見えるようになった際にそここら何かが流れて行ったのを直に感じ……それだけではなくあの女が俺のお締めを取り替える際に似たような感触が近くにあったからだ。


 ふむ、試しにやってみるか……?しかし魔法とはどうやって使うものなのだろうか。


 手を伸ばし、『クリエイト・ウォーター』と心の中でつぶやくが何も起きない。


 ふむ違ったか。……そういえば俺は『帰還魔法』だとあの『先生』は言っていたな。


『帰還』……と心の中で試しに呟いてみると俺の手から何か不思議な糸のような物が出ているのが確認できた。


 だがそれ以上は何も起きなかった。


「あら、カルロンちゃーん!!」


 誰だお前、と俺が思うまもなく現れた男がグッと俺を抱き抱える。


 あぶねぇ!お前赤子を抱き抱えるときに手を頭に置かないのは殺す気か?


 思わず俺が唸ると、慌ててベットに置き直すその男。

 そいつはめんどくさそうな顔をしてどこかに去っていった。


 俺を反対向きにベッドに入れて、である。


 おいコラふざけんな。逆さだよ馬鹿野郎。


 ───はあ、しかし『帰還』魔法……ッ?!


 俺がため息をついて再び帰還魔法のことを考えた瞬間、俺の体に異変が起きる。


 先程見えた糸のようなものに合わせて俺が引っ張られたのだ。


 その力は赤子では抗えずそのまま先程と何ら変わりない元の位置に俺を戻したのだ。


 ────ふむ?今のがまさか『帰還魔法』?


 確かに俺は先程『帰還』と言ったあと場所が変わった。

 それから再び『帰還』と呟いたことで元の位置に戻ったと。


 よく分からないがおそらくこれが魔法というものなのだろうか。


 ───正直よく分からない。しかしそれを考える間もなく俺は急速に眠気に襲われてそのまま気絶してしまった。








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