スーパーグチャグチャ家族関係2

 先程イネスが夢を見ていた頃、エステルもまた夢の世界で自分を見ていた。


 真っ赤な大地。地獄で聳える黒鉄の巨城。


 エステルはその玉座の傍で床にへたり込み、片腕には手枷が填められその先に延びる鎖を手に持つのは地獄の主、もしくは貴族階級の悪魔だ。


 彼女は所有物として弄ばれ、ただイネスの無事だけを願い、壊れそうな自分を必死に繋ぎとめている。


 と思っていた。


「床は寒いだろうが」


「え?」


 力なく床だけを見ていたエステルは、聞き覚えのある声にハッとして玉座を見ると、そこにはぶっきらぼうな顔をした青年形態のシエンがいた。


「ほらこっちこい」


「あっ」


 エステルが鎖だと思っていたのはシエンの手で、強引に引っ張られた彼女は思わず甘えたような声を漏らす。


「石の玉座とかなに考えて作ったんだよ。寒いわ背もたれが直角だわで碌なもんじゃねえ」


「そ、それはそうですけどこの格好は!」


 ぶつぶつと玉座に文句を言うシエンだが、引っ張りあげられて彼に跨る形になったエステルは、淑女としてあってはならない状況に顔を真っ赤にしてしまう。


「俺がガキンチョ形態になって上下入れ替わるか?」


「そういう問題じゃありません!」


 更に小柄になったシエンを抱いて椅子に座る自身を想像してしまったエステルは、抗議だけ続ける。


「ならどういう問題だ? 俺の女が俺に跨ってるだけだろ?」


「っ!?」


 だがシエンがエステルの耳に口をそっと寄せ、はっきりとした口調で断言するとそれも終わる。


 拒絶していたエステルの体はびくんと跳ねた後、おずおずと男の体にしな垂れかかってしまう。


「言ってみろ。お前は俺のなんだ?」


「わ、私は……私は……」


 その上更に、エステルの腰に手を回していたシエンが僅かに力を込めたことで、彼女の柔らかな体が男の胸板で潰れる。


 エステルが強要されている姿は、どこからどう見ても育ちのいいお嬢様が悪い男に絡めとられたかのようだ。


 しかし、少しだけいやいやと首を横に振っている割には体の動きが伴っておらず、寧ろ彼の胸板に己の匂いを擦り付けるように動いていた。


「さあ言うんだ」


「あうぅっ……どうか、どうか許して……」


「駄目だ。と言いたいところだが選ばせてやる」


「え、選ぶ?」


「キチンと言えたらご褒美だ」


「言わなかったら……?」


「お仕置きだな。どっちがいい?」


「無理……そんなの無理です……」


「なんだ。お仕置きされながらご褒美も欲しいのか?」


「うぅっ」


 シエンが再びの強要と共に腕へ力を入れると、ついにエステルは男に屈服する。


「私は……シエン様の……シエン様のぉ…」


 強引な男に強請られるまま、瑞々しい女の唇から宣誓の言葉が漏れた。


 しかしその先を踏み込めない。


「なんだ。やっぱり両方欲しいんだな」


「違います……ああ……違うんです……」


 それは理性のブレーキかそれとも……シエンの言葉通り無意識に両方を望んでいるからか……。


 だが夢というものは大抵は本人にとって一番いい、あと一歩のところで終わるものだ。


『は、はい……マルグリットお、お婆様』


「イネス?」


 どこからともなく聞こえてきた妹の声で我に返ったエステルは、意識を急速に目覚めさせ、起きたら起きたでマルグリットに絡めとられてしまった。


 ◆


「ふう……」


「どうしたエステル? 溜息を吐いて」


「あ、ごめんなさいクラウディア姉さん」


 八人家族による朝食を終えてリビングの椅子に座っていたエステルは、つい先ほど見ていた夢を思い出して溜息を吐く。


 それを彼女の姉として振舞っているクラウディアが見て、なにかあったのかと尋ねた。


 白と青の肌色こそ違うが、両者共に背が高く雰囲気も似ているので、血は繋がっていなくとも姉妹らしさがあった。


「その、最近夢見が悪くて」


「そう……なのか?」


 どんな夢を見ていたか詳細に語れないエステルは、単に夢見が悪かったとだけ口にするが、それに疑問を覚えたクラウディアは首を傾げた。


「その割には生命力が溢れているというか、満足しているというか」


「え……?」


 生命力とは反対の死を司るトワイライトエルフに、夢見が悪いなどと言うべきではなかった。


 クラウディアはエステルの調子が悪いどころか、寧ろ体の調子がいいことを見抜いていたのだ。


(ということはシエン様の夢を見て整理ができてないのか。我が妹ながら妙なところで意固地だ)


 それどころかクラウディアは、エステルが見ていた夢すらも大体把握していた。


 ほぼ同時刻にヴァラが推測していた通り、エステルは生物的な本能と女の部分でシエンを受け入れる態勢が整っているのに、理性だけが悩みに悩んでいるのだ。


(だがそれもエステルの個性だし、無意識に誘い受けしながら乗り気じゃないと装って、結局最後は受け入れる女がいてもいいだろう。それも男女の楽しみ方の一つだ)


 そんなクラウディアはエステルの意思を尊重しながらも、少々酷いことを考えた。


「まあ姉から言えることは、少し物事に素直になった方がいい。考え過ぎると疲れるぞ」


「そう……ですね」


「この言葉にも素直に考え過ぎているだろう」


「いえ、その」


「仕方のない奴だ」


「あ……」


 ありきたりな言葉を送るクラウディアは、愁いを帯びた表情が変わらないエステルを抱きしめる。


(温かい……)


 青い肌のせいで体温が低いと誤解されるトワイライトエルフだがそんなことはなく、エステルは姉の温もりに包まれてほっとする。


「あらー。娘達の仲が良くてお母さん嬉しいわー」


「イーザックお母様」


 そこへオフモードで母性全開のイーザックが、顔の上半分を覆っている赤い布を揺らしながらやって来た。


「よく分かってないけど、えい」


「あう」


 全く状況を掴めていないフワフワとした雰囲気のイーザックは、エステルの背後から彼女を抱きしめる。その結果エステルは、前からクラウディア。後ろからイーザックに包まれ埋もれてしまう。


「私、とっても幸せー。エステルちゃん。クラウディアちゃん。イネスちゃんが娘になってー。リーヌさんとは姉妹になれたんですものー」


「はい。娘も幸せです」


「むごご……」


 ぽわんとした雰囲気をそのままに、イーザックは新しく家族が増えた喜びを伝え、クラウディアもそれに同意する。


(本当に可愛い可愛い、私の娘達ー。リーヌさんとは姉妹になれてー。お母さん達も一緒なんだもの)


 赤い布の下にある眼鏡の奥で目を細めるイーザックは幸福の絶頂にいた。


 元の家族。そして新たな家族。


 皆一緒にいて。


(シエン様。シエン様。シエン様。シエン様。シエン様。この身を捧げます。捧げ尽くします。どうかお使いください。兵士、下僕、女。どれでも構いません。お使い続けてください)


 同じ男を愛しているのだから。


 元から素養があったのだろう。絶望からシエンに救われたことで、彼に対し異常なまでの忠誠を抱き、天然気味な雰囲気からは想像できない愛で溢れているのが、イーザックという名の女だった。


 ただ、この女は別の面でも個性的だ。


「世界征服の時間だあ!」


 相変わらず無遠慮にシエンがやってくると、イーザックのおっとりとした雰囲気が一変した。


 彼は世界征服の時間だと宣言した。それはつまり今は仕事の時間ということを意味する。


 ならばイーザックも仕事の時の自分にならねばならない。


「おはようございますシエン様。今日も賑やかですね。ええ。本当に」


「風邪や体調不良なんぞとは無縁だからな! わーっはっはっ!」


 ジト目で気だるげ。妙に皮肉が籠っているような口調に変貌したイーザックは、勝手に任命された親衛隊としての役目を全うするため、彼の後ろで付き従える位置に移動する。


「それじゃあ親衛隊として頼むぞイーザック!」


「ご期待に沿えるよう努力します」


「おう! これで戦力も揃ってきたことだし、そろそろ恐怖の裏社会ボコボコ作戦。震撼・詐欺宗教ぶん殴りオペレーション。驚愕・世界樹切り倒し計画やら諸々含めて進めちゃおっかなー!」


 調子に乗ったシエンはぺらぺらと計画の一端を話しながら、勝手知ったる他人の家に踏み込む。


 シエンの世界征服計画は、僅かずつだが進行しているようだった。その余波でとんでもないことになっていても。

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