トワイライトエルフと……
新鮮アンコウ海鮮団、ではなかった。
新生暗黒深淵団に囚われたトワイライトエルフのリーヌとクラウディアを待ち受けていたのは地獄だった。
彼女達は数百年もの期間で肉塊となり果てており、元の肉体を取り戻しても体は碌に動かせなかったのだから、その扱いの酷さは容易に想像できるだろう。
「ドークドクドク! この程度、紀元前のミイラ怪人を元気いっぱいにした儂の手にかかればお茶の子さいさいよ!」
現に母娘は、腕はメスと注射器、頭は聴診器と言うどこからどう見ても怪人としか表現できない存在を前にして動くことができず、さながら俎板の鯉、怪人に睨まれた実験動物である。
「儂が生み出した副作用が全くない、超元気薬をくらえー! せい!」
そして、見るからに危ない紫の薬を注射されたリーヌとクラウディアの意識は闇に溶け去っていった。
それから数日。
「トワイライトエルフの方々か」
「ちらりと見たが美しかった」
「ハイエルフのエステル様とイネス様だけではなく、トワイライトエルフの方がいらっしゃるとは」
リーヌとクラウディアが慎ましいながらエルフの集落では一番大きい、エステルとイネスの邸宅に場所を移すと、集落ではトワイライトエルフの話で満ちていた。
死に近しく一部の国では忌み嫌われているトワイライトエルフだが、四つの貴い種、四貴種と呼称されている存在であり、エルフにとっては貴族や王族に等しい。
そのため忌避感なく、エステルやイネスとは全く異なるタイプの美女の、艶めかしい青い肌の虜となっていた。
歴史を紐解けばハイエルフとトワイライトエルフだけではなく、四貴種間の交流も盛んだった時期があり、司っている属性のみで敵対していると言ったことはなかった。
(困ったというかなんと言うか……)
だがエステルにとってトワイライトエルフの母娘は随分と表現に困る存在だ。
「イネスさん、母のことはお母さんと呼んでくださいね」
「娘の方は姉でいい」
「え、えっと、リーヌお母さんとクラウディアお姉さん?」
「まあまあ」
「そうだ」
殆ど話すことができず、体も碌に動かなかったはずのリーヌとクラウディアが悪の組織の脅威の科学力によって元気を取り戻し、青い肌は瑞々しく潤っていた。
そして、リビングでイネスをある意味誘惑していた。
数百年前の四貴種エルフは、現代よりも更に気に入った自然発生したエルフを受け入れやすく、今もイネスの母と姉に収まろうとしているのだ。
それはつまりである。
「エステルさん、今日から母も頑張りますので」
「姉として頑張ろう」
「は、はあ……」
トワイライトエルフの母娘は、エステルの母と姉にもなるつもりのようだ。
「娘が新しく二人もできるなんて」
「わぷっ!?」
特にリーヌはやたらとスキンシップが激しく、イネスは彼女に抱きしめられると胸で溺れてしまう。
「エステルさんも」
「あ、あのっ!?」
そして見た目は成熟した女性であるエステルも、次に抱きしめられてリーヌに溺れてしまう。
(こ、これが、お母さん……?)
ただイネスもエステルも満更ではない。
自然発生したことによる弊害か、この姉妹は母性に飢えていたと言ってもいい。そこへやって来た、全てを包み込んで受け入れそうなリーヌは劇薬に近く、エステルは無意識に受け入れてしまう。
「はい、クラウディア」
「え、いや、娘はその」
「いいからいいから」
「ぬあっ!?」
そしてリーヌは最後に、クラウディアを抱きしめ母として色々と満喫した。
(いい人達なのは間違いない)
いきなり宣言した姉としての威厳を保とうとしているクラウディアと、そんな彼女を優しく抱きしめているリーヌを見たエステルは、彼女達の人柄を見た気がした。
ただそれは、異物が混じらない場合のリーヌとクラウディアの人柄だ。
とびっきりの異物。数百年間も肉塊となり果てていたのに、自分達から噴き出た腐汁をかき分けるどころか吸い込み元の体に戻す。しかも家族関係が奇妙になりやすい文化を持っているのに、年齢が可変する男が混じればとんでもないことになるだろう。
「仕事の時間だあああああああ!」
奇妙な家族関係を構築しつつある空間にバーン! と現れたのは新生暗黒深淵団、世界征服部門のトップでもあるシエンだ。
「生産栽培部門の長はエステルとイネス! 労働裁判部門の長はリーヌとクラウディア! 世界征服の下準備が段々と形になって来たなあオイ! わーっはっはっはっ!」
シエンがばっと広げた大きな紙には、達筆でそれぞれの部署と責任者の名前が記されていたが、エステルとイネスに関しては勝手に加えられていた。
「次は諜報部門と俺様の親衛隊部門の責任者をスカウトする必要がある! 暗躍には情報が必要不可欠で、悪の首領に親衛隊がいるのは当然!」
その騒がしい登場の仕方のせいでエステルは、リーヌとクラウディアの紫の瞳に一瞬宿った輝きを見逃した。
それはどこまでも暗く、そして昏く、べちゃりびちゃりと音を発しそうなほどに溶けた粘着質な瞳。
もっと言えば狂信や狂愛の輝きだった。
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