トワイライトエルフの感情

(最も貴き青。死の地の青き宝石。ふふ)


 自室にいるリーヌは自分の青い肌を見ながら、トワイライトエルフを表現する際に使われる言葉を思い出す。


 四貴種のエルフは希少であるため生きた宝石に例えられることが多く、トワイライトエルフは当然その青い肌が注目される。


(ついこの前の私を見たら、人間達はなんと表現するかしら)


 だが醜い肉塊となり果て、腐汁をまき散らし蠢いていた時期のリーヌなら、トワイライトエルフとして称えられることはなく、汚物扱いされると確信していた。


「はあ……」

(ああ……シエン様……母は……)


 リーヌの瑞々しい唇から吐息が漏れる。


 数百年間ずっと腐汁の中で溺れながら、救いを求めていたリーヌとクラウディアにとって、シエンは言葉で語り尽くせない存在だ。


「母様、娘です」


「いらっしゃいクラウディア」


「失礼します」


 物思いに耽っていたリーヌは、部屋の外から聞こえてきた娘の声で我に返る。


 二人の姿はかつてと同じで、薄い布が体の前後を挟みそれを紐で繋いでいるため、側面の青肌が大きく見えていた。


「どうしたのクラウディア?」


「その、相談したいことがあって……シエン様にどう接したらいいか分からないのです……」


「ふふふ」


(顔が赤いに決まってる……)


 おずおずとしているクラウディアの相談内容に、思わずリーヌは微笑んで娘を見る。


 そんなクラウディアは自分の青い肌が、赤みを帯びていることを自覚していたが、これは仕方ないことだろう。


(周りに男がいなかったから……)


 クラウディアは地下王国における貴種として自然発生して以降、その周りにいたのは女官だけだった。


 勿論、神官として男の犯罪者を裁くことはあったが、それは男との付き合いがあったとは言えない話であり、クラウディアは男女の関係がどういったものか知らないまま育ってきたと言ってよかった。


 ただここで問題なのは……。


(ちょっと困ったわ。母もそうなのよね)


 リーヌも娘と同じ境遇であるが故に、異性との関わりがほぼないのだ。


(それにシエン様も少し普通の殿方とは言えないし)


 更なる問題は、シエンの外見年齢が変わり、目的が世界征服なことだ。


 外見年齢が変わる者は、独特な家族構成を構築する四貴種エルフにとって、弟なのか兄なのか、それとも夫なのか父なのかと混乱を招く。


 そして世界征服を企んだ者がこの世界にいないとは言わないが、それでも数人程度で参考例が少なく、しかも絶大な戦闘力を秘めているらしい悪の秘密組織の首領ともなれば限られている。


 つまり縁も所縁もない者にとって、シエンはとんでもなく扱いに困る存在だった。


 だがリーヌとクラウディアにとってシエンは救世主なのだ。


 それ故にリーヌはとんでもない言葉を紡ぐ。


「聞いた話ではまだ上の形態があるとか。なら普段は敬愛し、求められたら姉、妹、そして女として子供を産むとかかしら?」


「……っ」


「世界征服をした後も考えたら、シエン様にとって必要なことでしょう?」


「そ、それはまあ……」


 ころころと外見年齢が変わるシエンに合わせ、求められたら姉、妹、そして最終的には彼の女になって子供を産めばいいとけしかけるリーヌに、クラウディアは青い肌を赤くする。


 世界征服を成し遂げたなら、それを維持しなければならない。そしてシエンは不老不死という訳ではないので、後継者が必要なのは間違いないが、中々に突飛な考えだろう。尤もここにいるのは、感性が独特で色々と特殊な自然発生したトワイライトエルフであるため、突き抜けた発想になってしまう。


 だがシエンに救われたリーヌとクラウディアにしてみれば、彼の役に立つことが至上命題になるのは当然だ。


 誰も立ち入ることのない廃墟で苦しみながら蠢き、腐汁をまき散らしていた肉塊だった彼女達を救ったシエンが、世界征服に協力しろと言ったならそれが全てだ。


 それ故にこそ、特殊な能力を持っている神官としても、女としても自分を使い続けるつもりだった。


「母もシエン様の子供を身籠ると、クラウディアの妹か弟が生まれることになるわね」

(そうなると、母とクラウディア、エステルさんとイネスさんにも線を伸ばして……まあそれはいいでしょう)


 リーヌは一瞬だけ、勝手に自分の娘認定しているエステルとイネスを含めた家系図を想像した。だがシエンにも線を伸ばし、そこから更に下へも伸ばすと明らかに面倒な混線をしたので考えを放棄した。


「ふふ、エステルさんとイネスさんも可愛らしいわ」


 思考がエステルとイネスに向かったリーヌが、ここにはいない彼女達に微笑む。


 異性との関わりが薄いリーヌでも分かるほど、エステルとイネスの姉妹は明らかにシエンに対して特別な感情を向けているのに、二人はそれに気が付いていない。


 だが態々をそれを指摘するほどリーヌも野暮ではないので、陰ながら見守ることにしていた。


「世界征服の時間だぁ!」


「シエン様がいらっしゃったみたい。行きましょうかクラウディア」


「はい母様」


 突然聞こえた大声に反応したリーヌとクラウディアが足早に移動する。


 悪の首領であるシエンすらぎょっとするような秘密の予定を抱えて。

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