神の救い、悪魔の手。違う、悪の組織だ。
「この地は我が新生暗黒深淵団の領地とするー!」
「オー!」
廃棄都市の外縁部に落っこちたシエンは、彼と違ってロープを使い降りてきた戦闘員を従えながら、ギザギザな渦のマークが印象的な旗を地面に突き刺した。
しかしシエンだけではなく戦闘員達も安全第一のヘルメットを被っており、コスプレした集団が騒いでいるようにしか見えなかった。
それに領有宣言をしたところでこの地は完全な廃墟であり、しかも奇妙な光で輝く生物がいる危険地帯でもあるのだから、全く意味のない行いと言っていいだろう。
「さあ行くぞジジババ戦闘員! トワイライトエルフを軍勢に加え、裁判部門と労働部門を稼働させるのだ!」
「オー!」
伝え聞くトワイライトエルフの伝承から、重犯罪者をぶっ殺して労働させる気満々のシエンは、流石は悪の組織の首領と言わざるを得ない。
そして廃棄都市の入り口にいる、光で形作られた頭部としか表現できない門番に対して名乗ろうとした。
「新生暗黒深淵団の首領シエンだ! 通せ!」
『新鮮アンコウ海鮮団の漁師シオマネキの通行は許可されていない。ここは偉大なる光の神ルム様の支配地である』
「やろぉぉおおおおおぶっころっしゃああああああああああ!」
だがしかし。新鮮アンコウ海鮮団の漁師、シオマネキに対して意思なき防犯装置は断固拒否の構えで、それに怒り狂ったシエンは顔を真っ赤にして叫ぶ。
「新生暗黒深淵団の首領シエンだっつっただろうが! 他はまあいいとして、どう聞いたらシオマネキになるんだボケ!」
『新鮮アンコウ海鮮団の漁師シオマネキの通行は許可されていない。ここは偉大なる光の神ルム様の支配地である』
「あああああまた言った! さてはRPGの定型文の化身だなてめえ! 本当にアンコウ怪人とシオマネキ怪人連れてくるぞゴラァ!」
『警告の無視を確認。殺害する』
「バーカバーカ! てめえが死ね!」
言ってしまえばセキュリティー機能付きの自動発声装置と喧嘩していたシエンだが、殺し合いの場となれば話が変わる。
悪ガキ形態の柔らかそうで小さい掌だろうが、優に数十tの破壊力を持つ拳を光る頭部に叩きつけ、百年以上は稼働している装置を破壊した。
「ルムとかいう奴の悪の組織は駄目だな! 保守点検してないとか組織として下も下だ!」
「全くその通り」
「そうそう」
「うむうむ」
ポンコツの防犯装置を確認も更新もしていないことに対しシエンが悪態を吐くと、戦闘服を身に着けているジジババ戦闘員も力強く頷いた。
別にこれは新たな首領をよいしょしているのではなく、社会人時代のバブル期になにかあったのだろう。
「いや、マジでどうなってんだ? ルムって死んでる感じか?」
シエンは生活の名残だけが空しく残る廃墟都市を歩くが、じゃりじゃりと砂埃から発生する足音がやけに響く。
最早腐敗し尽くしたなにかの名残が並ぶ商店、朽ちた籠、錆びた剣や鎧、中身がない杯が辺りに転がり、人が生活していた残滓が寂寥感を醸し出していた。
それと同じく……光で形作られた巨人が石造りの家に倒れ伏し、これまた光で形作られた犬のような物体が横たわっていた。
廃墟はともかくとして光の生物がそのような有様なのは、明らかにルムが今現在のこの地に関わっていないことを表している。
「死んだかもしれませんし、この世界に介入する力を失っている。もしくは単純に興味をなくしている可能性。色々と考えられますな」
「ふーむ。まあ死んでるか力を失ってるなら面倒が減るけど、ほったらかしてるだけなら衝突は避けられねえな」
戦闘員が口にする可能性に対し、シエンは神と敵対することも視野に入れながら歩き続ける。
「親父がやる気を出さないことを祈る羽目になるけど」
そして最後に付け加えられたシエンの一言で、戦闘員達は顔をすっぽり覆っている覆面越しにお互いを見やる。
戦闘員達にとっても先代暗黒深淵団首領である大悪王は、動いてはならない規模の戦力なのだ。
『ギャア!』
「なんだ。生き残りもいるのか」
「そのようですな」
そんな話をしている最中に、犬型の光が路地裏から飛び出てシエン達を襲ったが、戦闘員の一人が剣を一振りするとあっという間に霧散した。
「さて、ここがトワイライトエルフがいるとされる城だな」
暫く一行は歩き続けるが他に問題らしい問題も起こらず、廃棄都市の中心で数百年前と変わらずに聳える城に到着した。
「お、開いてるじゃーん。ジジババ戦闘員達はここで待機。首領である俺自らがトワイライトエルフを勧誘してくる!」
「オー!」
しかも城門は開けっ放しとなっており、シエンはずかずかとかつてトワイライトエルフが支配していた城に足を踏み入れた。
光の壁に隔てられ外部に漏れていないが、小柄なシエンの腰まで浸かる腐汁と膿、腐敗と神の力による汚染に満ちた城へ。
「トワイライトエルフ出てこーい! いたら返事しろー!」
強化処置された戦闘員達でも耐えられない神の呪いによる腐汁も、常人なら即座に失神する悪臭も気にせず、シエンは粘度の高い川のような地を歩いていく。
「どこだー! ここかー!」
城の内部でもそれは変わらず、シエンは殆ど泳ぐように腐汁をかき分けながら部屋の一つ一つを確認していった。
「上だなー!」
そしてシエンは、特に汚染が酷い城の上層部に眼を付けて、腐汁がしたたり落ちる階段を泳ぎ切る。
「見つけたー! トワイライトエルフに告ぐ! 大人しく我が軍門に降れ! 呪いを解く代わりに世界征服に協力するのだ!」
ひと際大きな部屋でついに目的の人物と思わしき、緑、青、紫などの色が混じり合い、腐汁を滴らせている肉塊を発見する。
その肉塊、リーヌとクラウディアは寄り添うように蠢き、数百年ぶりの外部からの刺激に反応したようだ。
「答えはイエスだな!」
それをどうやって解釈したのか分からないが、とにかくシエンはリーヌとクラウディアが世界征服に協力すると捉えた。
「シエン大渦メイルシュトローム!」
説明しよう! シエン大渦メイルシュトロームとは彼が持つ無限の必殺技の一つであり、一気飲みが悪い文化と気が付く前の彼が編み出したものだ!
「とう!」
掛け声と共に、なんとシエンは大口を開けて腐汁に頭から顔を突っ込んだ。
そして驚異の吸引力で腐汁を口で飲み続け胃へと流し込む。
シエンの腰を超え、リーヌとクラウディアの体の殆どを覆っていた黄色と緑が混じった腐汁は、どんどんと水位が低くなっていく。
しかもどういう訳かベッドや家具に付いた腐汁だけではなく、シエンの髪や服、体に付着していた腐汁も、よく分からない原理によって彼の口へと吸い込まれていくではないか。
明らかに、絶対に、疑いようもなくシエンの体に収まりきるはずがない量だが、彼は体内の特殊な器官で汚染をろ過すると、水蒸気に変えて全身から放出した。
核戦争後の汚染。いや、邪神と酷く対立した大悪王の子として、降臨した邪なる者達の呪いすらも念頭に置かれているシエンの免疫機能と汚染への対処能力は、常軌を逸しているのだ!
「げっぷ。水蒸気のせいで湿度がヤベエ」
ついに神の呪いを飲み干して、この世界の住人全てが耳を疑う感想を吐き出したシエンは、弱々しく蠢くリーヌとクラウディアに近づいた。
「シエン大渦シュトロームテイクツー!」
そして口を尖らせたシエンは蠢く肉塊に吸い付き、神の呪いを取り除こうと試みた。
通常であるならばなんの意味もない行いだ。しかし、昭和の脅威の科学力と恐るべき黒魔術の産物であるシエンならば……。
彼の左胸にある渦のマークが怪しく光る。
免疫機能を最大稼働させて吸い出した神の汚染を無力化し、純粋なエネルギーへと昇華して魂に刻まれた肉体情報を基に体を再構築する。
下手をすれば人類発祥前から存在している魔女の手解きを受けているシエンは、尋常ならざる神業を披露していたが、その背からは余分な光の力が放出されて光り輝く翼のようになっていた。
「あ、ああ……ああ」
呪いが吸い尽くされ、元の妖しく妖艶な体に戻ったリーヌは、数百年ぶりに発生したせいで上手く言葉を発せず、また体も動かせないまま地に倒れ伏した。
「もういっちょ!」
そしてシエンは最後の仕事とばかりにもう片方の肉塊に吸い付き、同じようにクラウディアをしなやかな体に戻していく。
「終了! 神に呪われた奴を元に戻すとか、また悪いことしちゃったな! わーっはっはっはっ!」
倒れ伏している青く艶めかしい肌のリーヌとクラウディアにシエンのマントが巻き付き、持ち主は馬鹿笑いをしながら自画自賛する。
「あ、あいが、おおうおおうううう。おおおえい」
「あああううううう。ああああ。あああうう」
「ありがとうございますう? どうかお礼いいい? ふはははははは! お前達は悪の組織の首領であるシエン様と契約したのにお礼とはな! これからは週休一日で世界平和のために世界征服するのだ! 有給休暇と産休はあるが寿退社はないから覚悟しておけよ!」
舌もろくに動かず、縋るように手を伸ばすリーヌとクラウディアに、シエンはこの後に待ち受けている残酷な仕打ちを告げた。悪の組織と軽々しく契約を結んではならないのだ。
『アアアアアアアア!』
「え? 何事?」
さあ帰って世界征服だと意気込もうとしたシエンだが、城中に響き渡る獣のような叫び声に首を傾げた。
『オアアアアアアアアアアア!』
「あ、どうも。新鮮アンコウ、じゃねえ! 新生暗黒深淵団の首領シエンです」
部屋に飛び込んできたのは光の人型なのだが、叫び声からして既に正気でないことが分かる。
『死ね死ね死ね光よおおおおおおおおお!』
「うおっ眩しっ!?」
そして人型は矢のような形をした強力な光をシエンに向かって放つ。
もし城に当たれば容易く貫通し、城壁や門すら破れるだろう。
例え話なのはそもそもシエンの体を貫通していないからだ。
「ばああああああか! 悪の組織にとって光に対する耐性なんざ基本の“き”だろうがよ! 全人類の愛と勇気と善意を束ねた光を食らったことあるかてめえ! 俺はねえけどうちの親父はあるぞコラ! そんなの想定してる俺にこんななまっちょろい光が効くわきゃねえだろうが! 耐性やら適応に関しちゃ俺がぴか一だぞコラ!」
光に対して弱点な者が多いからこそ徹底的に対策をしているのが悪の組織だ。
ましてやその首領であるシエンが光に対して耐性がない筈がない。
『肉だああああああ!』
「え?」
だが人型はシエンの嘲笑を気にせず、人であった頃の趣味を大きく刺激された。
『子供食いたい! 食いたいいいいい! 柔らかい肉うううう! トトトトトワイライトエルフは死ねねね! 醜い肉うううう! 腐ってざまあみろおおおおおおおお! 臭い臭い汚い汚い肉ううう!』
子供を食べて死後労働刑に処される前に事件が起き、ルムの力による汚染によって変貌した元人間、ケビンが理性のないまま叫ぶ。
「てめえの性根が腐ってるのに人のこと言えた口かボケ! 変身!」
結局死後労働刑とそう変わらない物体と化しているケビンが、正気を失う前に抱いていたリーヌとクラウディアへの恨みを叫ぼうがシエンには関わりのない話である。
「死んどけや!」
『っ!?』
あっという間に青年形態に変身したシエンが、秘められた極大の暴力を開放して殴りつけると、ケビンであったものは断末魔すら残せず頭部が爆散し、そのまま光の粒子となって魂すら残らず消滅した。
「そんじゃ帰るとするか」
シエンは無駄な時間を過ごしたとばかりに首の骨を鳴らすと、立ち上がれないリーヌとクラウディアを米俵のように担ぐ。
マントに包まれても僅かに露出した青く艶やかな肌が、シエンにこすり付けられるように動いている意図を察することなく。
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