恐怖のリバーシ文化侵略大作戦
エルフを虐げているシエンだが、世界征服を成し遂げるため休みなどない。
今日も今日とて世界征服を進める第一歩として、恐るべき計画が動き出していた。
「わーっはっはっ! ついに完成したな坂田の爺さん!」
「そうですなあ!」
新生暗黒深淵団のアジトの奥深くで、シエンと毛髪のない小柄な八十歳ほどの老人、名を坂田が喜色満面になっている。
「パソコーンから仕入れた知識によれば、これさえあれば世界征服なんてちょちょいのちょい! 金儲けと文化侵略を同時に行える悪魔の商品! それがリバーシ! わーっはっはっ!」
「はははははは!」
笑い過ぎてのけ反り、地面に頭を打ちそうな若造と年寄りの前には、白黒の石と八×八のマス目。地球世界においてリバーシと呼ばれる物が妖しく輝いている。
そう! 新生暗黒深淵団は異界の知識を利用して、単純で分かりやすい商品を作り出し庶民から金を巻き上げ、同時に文化侵略まで行おうとしているのだ!
まさに悪魔の所業!
「まあでもまずは市場調査だよな坂田の爺さん。過剰在庫、駄目、絶対」
「うっ。社会人時代の色々を思い出して頭が……」
「ってなわけで行ってみよー!」
「お、おー!」
しかも悪の首領は慎重だった。売れるのは分かっているが、作りすぎて在庫を抱える懸念があるので、念のためどれほど売れるかを確認するつもりのようだ。
なお坂田は高度経済成長期に翻弄されていたようで、当時のことを思い出して頭を抱えていた。
(やはり田舎からだな。リバーシは作りが簡単だから都会で市場調査したら、あっという間にコピー商品が出回っちまう)
早速行動に移したシエンは坂田を連れ、王都や大都市を避けて地方の小都市に潜入した。悪の組織はフットワークが軽いのである。
(ふふ。ふひ。うひひ。くはは。あははははははは! さあ! ここから恐怖のリバーシ文化侵略大作戦が開始されるのだ!)
なお頭の中身も軽い。
「お兄さんお兄さん。遠方の国で流行っているゲームがあるんですが、ちょっと見ていってくださいよ」
「え? まあいいけど」
シエンは傍を通りかかった若い男に声を掛けると、恐怖の作戦の前段階に当たる市場調査を開始した。
若い男から見れば、シエンの容姿がこの大陸ではあまり存在しない黒髪黒目だったため、遠方の国という表現に多少の説得力があった。
「これはリバーシと言ってですね。まず初めに黒と白の石を中央に置いてから始まります。そんで先手は黒で、白い石を黒と黒で挟んだら、真ん中の白は黒にひっくり返ります。これを白側と黒側で交互に行い……あれ? 先手が黒はいいとして、どうやって決めるんだ? じゃんけん?」
非情にガバガバな説明を行うシエンは、途中で首を傾げてしまう有様だ。
だが坂田が手を差し伸べる前に異変は起こった。
「ひいいいいい!?」
「え?」
突然若い男が悲鳴を上げると、
「デ、デヒルだ! 白が黒に裏返るなんて、輝く神の世をひっくり返そうとしているデビルの遊戯盤に違いない! 遠方のゲームだなんて言って! 本当は魔界だな!?」
「……え? なんだって?」
男の叫びに困惑するシエンと坂田だが、叫びを聞いた周りの人間も慄いていた。
単に白と黒なら問題ないのだが、ひっくり返るというのなら話は変わる。白で表現される世界を統べる輝かしき神々が、黒で表現される邪神の類に敗れる姿を連想させてしまい、信心深い者には悪魔や邪教徒が持ち込んだ忌まわしき呪物に見えてしまったのだ。
「デビルの遊戯盤を売りつけようとしている奴がいるぞおおお! きっと人間に化けたデビルだあああああ!」
「えええええ!?」
「こりゃいかん!」
その上、若者は大声でシエン達がデビルであると叫ぶ始末で、慌てた坂田は鼻水を垂らす寸前の顔で驚く首領を脇に抱え込み逃走した。
(ノオオオオオオオオ! これが異文化コミュニケーションの失敗ってやつかあ!? 白い石が黒にひっくり返っただけで世界の転覆なんて大げさすぎんだろ! リトマス試験紙もびっくりな過剰反応だよ馬鹿! 地球で一日何万回も善悪が入れ替わってるって知らなかったなあオイ!)
老人とは思えぬ速度で駆ける坂田に抱えられたシエンは、邪悪な企みを見抜いた若者に心の中で悪態を吐きながら逃亡する。
「覚えてろよくそったれえええええええ!」
馬脚を現したシエンはみっともない捨て台詞を叫ぶしかなかった。
「夜なべして作ったリバーシがあああああ!」
それから数日。懲りずに各地でリバーシを売ろうとしたシエンだが、どこでやっても同じように神の敵扱いされてしまい、暗黒深淵団エルフの集落支部の看板を掲げているプレハブ小屋で嘆いていた。
「白い石を黒にひっくり返したら神の敵ですか……人間の世の中は奇妙ですね」
「だよなエステル!」
そんな悪党の接待をしなければならないエステルもまた人間の感性に詳しいとはいえず首を傾げ、シエンはよくぞ言ってくれたと大きく頷く。
「でもまあ過ぎたことはどうしようもねえ。ってな訳でエステル、イネス。リバーシで遊ぼうぜ。長考なしな。ジジババとやってたら日が暮れそうだったから反省。さあ、まずはイネスとの頂上決戦だ」
「は、はい! 分かりました!」
「は、はあ」
馬鹿らしく切り替えの早いシエンは、折角作った物を無駄にしないためイネスとエステルを遊びに誘い、そんな経験自体がない姉妹は、悪の首領への接待を強要されてしまうのであった。
なおシエン達が、リバーシの色が揉める原因なら色を変えればいいじゃないと思いついたのはこのすぐ後だった。
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