エルフの苦難(当社比)

(いったい……いったいどうしてこんなことに……)


 エステルは自問自答を繰り返す。


 デビルの襲撃から数日。


 エステルやエルフは自分達を簡単に制圧した悪魔を、ゴミのように蹴散らした後に契約を迫る悪の組織を拒めなかった。


 つまり暴力に屈して悪を受け入れてしまったのだから、エルフ達は劣悪な生活を送るしかなかった。


 例えば服装。


 ドレスのような服を着ていたエステルとイネスは、汚れてもいいような雑多な服を着るよう命じられ、頭には粗末な麦わら帽子。首にタオルという、最も高貴なハイエルフに相応しくない様相となっている。


 それは集落のエルフも同じで、彼らは悪の親玉であるシエンに集められ、これから無体な扱いを受けるのだ。


「農作業こそ安全第一の姿勢! 今日も安全第一!」 


 異界の恐ろしき器具、メガホンを使用しているシエンが労働力であるエルフに向かって、決して厳守されることない建て前を宣言する。


「はい復唱! 今日も安全第一!」


『きょ、今日も安全第一!』


「よろしくお願いします!」


『よ、よろしくお願いします!』


 しかもシエンは復唱を強要し、強制的に思想を植え付けようとしているではないか。


「ではお昼休みまで作業開始!」


 シエンの号令の下、戦闘員だけではなくエルフ達も重たい容器を持って、悪の技術で生み出された邪悪の木々に近づく。


 エルフの集落の隅で大量に植えられた木々は、細く場所を取らないくせにそのあちこちにバナナを実らせることが可能で、しかも折れず病気にも強い自然に反するものだ。


 更には異常な木で実ったバナナは栄養が途轍もなく詰まっており、それだけを食べていても生きていける危険物である。


 そんな悪の技術が詰まっているバナナの木の世話をエルフ達は押し付けられ、今日も今日とて明らかに不自然な虹色に輝く薬品を木に与える労働に駆り出されていた。


 勿論エルフ達は、こんな悪の作業に加えられているエステルとイネスを心配してちらりと見たが、それに気が付いたシエンから叱責が飛んだ。


「エルフだろうがハイエルフだろうが、ハイになったエルフだろうが関係なーい! 働けるんなら働け市民! 目指せ総中流社会!」


「は、はい!」


 シエンの言葉はイネスに向けられたものではないのに彼女は返事をした。


(イネス……)


 エステルは妹の声に僅かな喜びの色があることに気が付き、複雑な感情を抱く。


 エルフの集落では、ハイエルフの彼女達には誰も彼もが遠慮をした。しかし今や悪の組織が統治するこの場において、ハイエルフという立場は何の役にも立たず、労働力という扱いを受けていた。


「とは言ったものの実際どうなん? なんか普通に成人してて、種族的な能力が高いから重たい物も平気なのは聞いてるし、前の作業で無理してる様子が無いのも見てるけど、一応、そう、一応確認しておくな」


 そしてシエンがエステルにこっそり近づき、こそこそと囁きかけているのも、単に労働力が減ってしまうのを未然に防ぐためだ。


「私から見ても今のところは大丈夫です。ただ……」


「頑張りすぎて潰れないようにしたらいいんだな。了解了解」


 エステルは恐怖で自分達を支配している相手に言い難かったことを、そのまま言葉にされて思わず目を見張った。


(分からない……本当に分からない……)


 この優しいのか悪党なのかさっぱり分からない存在に、エステルは困惑を深める。それは邪悪なデビルと比べたら比較的マシだという錯覚であっても。


「イネスから聞いたけどお前さんも結構若いんだってな。なら苦労してるだろ。俺も周りが歴戦の猛者だらけで、若造は俺一人だから分かる分かる」


(っ!?)


 エステルの心の皮が剥され甘い毒が滴る。


 そのシエンの言葉は、彼女が秘めてイネス以外の誰かに気が付いてほしかった心の叫びそのものだった。


「あ、そうだ言い忘れてた。労働待遇なんだけど悪の組織にはいろんな女の戦闘員、怪人、幹部、大幹部、首領もいるから、うちも性差で待遇の違いとかはないぞ。大事なのは能力と素質の実力主義社会だから、書面通りの契約内容だ。これは男用の契約内容だからとか言い出さないから安心してくれ」


 そんなことを知らないシエンは好き勝手に言いたい放題だ。


「でも一応組織だから、やっぱり輪を乱す奴は駄目だな。単に上昇志向があるってだけならいいけど、ぐへへ。あいつを蹴落として俺が大幹部になってやる! とか言う奴は教育だよ教育。ギスギスした組織とか勝てる戦いに負けちまう存在になるんだ。だから団結と愛社精神ならぬ愛悪の組織精神こそ勝利への道標!」


 止まらない言葉の洪水に、エステルはどうすればいいのかと目が泳いでしまう。


 余談だが彼女達が強いられた契約には、魔術的に縛られている守秘義務も課せられており、余人にシエンがぺらぺらと喋った内容を伝えることができなくなっていた。


「よし! ってな訳で仕事だエステル! えいえいおー!」


「あっ!?」


 そんなエステルをシエンは軽く引っ張り、無理矢理労働させようとする。


 エルフの苦難は始まったばかりであった。

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