ハイエルフの事情
エルフ種。それは生きた宝石だ。
容姿と価値、二つの意味を合わせて。
光を発しているのではないかと錯覚してしまう白い肌に、黄金をそのまま溶かし込んだかのような輝かしい髪、そして吸い込まれてしまいそうなほどに煌めくまさに宝石の如き瞳。
それに加えエルフ種は、血液や唾液を含めたあらゆる体液が世界樹の雫、もしくは世界樹の蜜と呼ばれるような代物で、強力な魔力を宿していた。
だがなにより、神々でさえも嫉妬した美貌こそが真骨頂と言うべきか。
本当に誰も彼もが、男も女も素晴らしく整った容姿をしており、この世で最も美しい存在はエルフという種そのものだと断言する者もいるほどである。
そんなエルフの居住地は人間達と関わらないように深い森の奥深くに点在しており、大樹海と呼ばれる深い森にも百人ほどのエルフが暮らす集落があった。
ただこの集落、単なるエルフの居住地ではなく、エルフにとって非常に重要な存在がいる地だった。
「エステル様、おはようございます」
「おはようございますエステル様!」
それが女のエルフからは純粋な尊敬を、男のエルフからは崇拝と欲を向けられているエステルという名の女だ。
彼女のためだけに作られた、緑色のドレスのような衣服を身に纏っているエステルは、エルフの上位種にあたるハイエルフだ。
女性にしては男と変わらない程の長身、切れ長な目と青い瞳、肩の辺りで切り揃えられた金の髪を持つ彼女は、鋭く冷徹な美貌だと表現するに相応しい。
だが首から下は、異性を堕落させることに特化した夢魔ですら男女を問わず二度見してしまう、凄まじく起伏のある肉体をしており、女性すら惑わす冷たい美貌と男なら誰もが引き込まれてしまう肉体の差が、意志ある全てが震えるような妖しさを生み出していた。
「エステル姉様」
「イネス」
そんなエステルに声を掛けた、彼女と同じようなドレスを身に着けている、イネスという名のハイエルフの少女はなにかもかもが正反対だ
長身なエステルの傍に近寄ったせいで、余計に強調される小さな背丈と殆ど起伏のない体、腰まで流れるウェーブのかかった金の髪、そして大きな青い瞳。
成熟し切ったエステルに比べ、全体的に見れば少女としか言いようがない。しかし顔に浮かぶ微笑は人によって母性を感じさせるアンバランスさで、汚れ無き新芽なのか全てを受け入れる慈母なのか表現に困る容姿だ。
そしてこの二人は単なるエルフではない。集落から崇拝の念を向けられるエルフの上位種にして、強力な力を秘めたハイエルフなのだ。
「今年は収穫祭をできますね」
「ええ、そうね」
にこりと汚れ無き笑顔になるイネスに、エステルも微笑む。
年の離れた姉妹に見える二人だが、上位エルフ種の家族関係は少々複雑だ。
自然という生死のサイクルの中で生まれ、清純と純白を象徴するハイエルフ。
情欲から生まれ蠱惑的な褐色の肌を持ち、堕落と誘惑を司るダークエルフ。
地の底で生まれ青く艶めかしい肌を血で彩り、死と腐敗を司るトワイライトエルフ。
暗闇で生まれしっとりと濡れたような灰色の肌を闇夜に溶かし、暗殺と破壊を専門とするナイトエルフ。
これら四貴種と呼ばれる最上位のエルフは、同種との交わりだけではなく自然エネルギーからも誕生する。
そのため自然発生した個体同士は繋がりを求め、血縁のないながらも兄弟姉妹、または親子としての関係を築くことがある。
エステルとイネスはまさにその間柄で、先に自然発生したエステルが姉でイネスが妹だった。
そんな美麗なエステルと少女のようなイネスだが、エルフは元々不老長寿で三百や四百歳超えも珍しくなく、彼女達も五十歳を超えている。もしシエンがそれを知ると、俺並みに外見のサバ読んでやがると顎が外れただろう。
(私が村の代表なのだから頑張らないと)
エステルはイネスに微笑んだまま心が僅かに軋む。
エルフの中では若すぎるエステルが村の代表なのは、単にハイエルフだからというだけの理由であり、それが彼女にとって大きな負担となっている。
(でも……世界樹の根元にいるとされるハイエルフの王族が私とイネスを見つけたらどうなるの?)
それにもう一つ僅かな懸念がある。
エルフに伝わる話では、この世のどこかに存在する世界樹の根元にはエルフの王国が栄えており、その王家は皆がハイエルフだという。
そして王家のハイエルフは、自然発生した同族をもし見つければ、攫ってでも自らの血統に加えて子をなそうとすると言われている。
しかもそれだけではない。
(長老に聞けば酷く幼稚だとか……)
エステルは五百歳を超える年長者から、王家のハイエルフがどのようなものか聞いていた。
ある程度自我がはっきりして誕生する自然発生のハイエルフと違い、ちやほやされて生まれ育つため自我が肥大し過ぎてしまい、極端に幼稚で我儘な子供と同じで、癇癪を起せばぶたれることも少なくないのだという。
この瞬間、シエンがくしゃみをしたかは誰も分からないが、彼は今それどころではなかった。
閑話休題。
(私はともかくイネスは……)
エステルにしてみれば、ここ数年は自然の恵みが安定しない状況の村を援助してくれるなら、多少暴力を振るわれても身を捧げていいと思っていたが、汚れを知らないような妹だけはその環境に突き落としたくなかった。
(姉様……)
一方、無垢な笑みを浮かべている筈のイネスも心の中で棘が刺さっていた。
同じハイエルフだが幼く見えるためどうしても威厳がないイネスは、村のエルフからも頼りにされてはいない。
(もし王家から迎えが来たら私が……)
そのせいか、ハイエルフの王家が自分を見つけたら身を捧げて役に立たねばならないと思っていた。
ただ麗しくも悲しい姉妹愛の様相を見せている彼女達だが、そもそもとして全ては噂に過ぎず、どこにハイエルフが治めている国があるかも定かではないため、少々先走りすぎているだろう。この辺りは閉じた生活で生きている弊害と言っていい。
しかし……ハイエルフの王家とは全く別の悪意が、彼女達に忍び寄ろうとしていた。
「ぜー! ぜー! マジで疲れるんだけど! 秘境探検とかまるっきり昭和の企画じゃねえか! 衝撃! 驚愕! 大奮闘! ジャングルの奥地で困ってる人を見つけて助けましょう! ってタイトルで番組制作しようにも、そんなのにテレビ局が予算くれるのはバブル期だけだろ!? ツチノコでも見つけねえと割に合わねえよ!」
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