比較的マシ(当社比)

「ぬぅわぁんだこれはぁ!」


「ひい!?」


「ひいじゃねえ! 週休ゼロ! 昇給ゼロ! それどころか給金ゼロだとおおおおお!」


 とっ捕まえた採石場アンド鉱山の管理者らしきデブを締め上げたら、とんでもないことが発覚した! ここ無給無休の昭和どころじゃねえ真っ黒企業だった!


 妙におかしいと思ったんだ! 暗黒深淵団準拠の勤務体制が実施されると、悪党の俺を拝みだす採石場職員がいたから、なにごとかと思ってデブを問い詰めたらこれだ!


「無休はよく聞いたが……無給もか」


「儂もじゃ」


「私もだねえ」


 戦闘員のジジババ共が昔を懐かしんでるがそれどころじゃねえ! 労働は義務だが休みと対価もセットなんだよ!


「暗黒深淵団重労働部に準拠して、週休一日で祭日休みあり! 給料月末で現金一括払い! 一日八時間勤務! 社員食堂のメニューは重労働者用! 診療費はタダ! これを徹底させろおおおおおお!」


「オー!」


 ジジババ戦闘員達に我が暗黒深淵団の労働環境を徹底させるよう命じる!


 そしてえええええ!


「いでよ! 超理怪人ショクヒーン!」


「ショークショクショクショク!」


 暗黒の魔法によって暗黒深淵団本部から呼び出したジジイの一人、その名も調理、じゃなかった。超理怪人ショクヒーン!


 説明しよう! 右手は包丁、左手はまな板。胴体は寸胴鍋、頭はフライパンというこのジジイは歴戦の猛者である!


 恐怖、日本料理制圧作戦を完遂するため誕生したショクヒーンは、隠し味にちょっとヤバイお薬を入れることによって常連客を増やし、日本の料理の頂点に君臨して日本を支配する。予定だった!


 がしかし!


 日本に生まれて食を冒涜するのはちょっとと言い出して、和食、フレンチ、中華の達人たちの下で修業したショクヒーンは、素の腕前で日本料理界の頂点に立ってしまったのだ! 凄いぞジジイ! 怪人として努力の方向性が間違ってる気もするがな!


 そんでもってやたらと凄い料理人がいると聞きつけたヒーロー共が、ショクヒーンの店で打ち上げをしたときに正体が露見! 残念ながらショクヒーンは敗北してしまった!


 そしてもう一人を呼び出す!


「いでよ毒医者怪人ドクドクター!」


「ドークドクドクドク!」


 説明しよう! 右手がメス、左手が注射器、胴体は白衣で窺い知ることができず、頭は聴診器のジジイ、毒医者怪人は歴戦の猛者である!


 驚愕、日本医療支配計画のために誕生したドクドクターは、ちょっとヤバイお薬を人間に注射することで無理矢理元気にして、日本社会の生産力を上げる。予定だった!


 がしかし!


 医療という高潔な職務に燃えたドクドクターは、日本国外の最先端医療技術を学んで帰国! 凄いぞジジイ!怪人として努力の方向性が間違ってる気もするがな!


 だが日本に帰国した時、運悪くヒーローに正体を見抜かれ敗北! 日本医療支配計画は頓挫してしまった!


 って天丼か! まるっきり同じ流れじゃねえか!


 なお両者共に百万トンパンチが基本である。まな板やら注射の腕でどうやって計測したのか分からんが。やっぱ色々ガバガバだわ。


 とにかくそれはいい。他にも何人か暇してるジジババ共を呼んで労働環境の改善をしなければならない。調べてみたらこの採石場アンド鉱山、金やら色々眠っていることが発覚したから十分採算は取れる。


「目指せ高度経済成長期! えいえいおー!」


「オー!」


 俺の掛け声に応えるジジババ共のなんと頼もしいことよ。ふははははははは! はあ……組織の若返りどうすっかなあ……作業には全く問題ないんだが、流石に戦闘となると全員最盛期の持久力が無いから、長期的な世界征服計画を考えると明らかにキツイ。


 でも優秀な悪の人員なんて、どこもかしこも囲い込んでるに決まってるしなあ。それに怪人レンタルはあくまでレンタルだし、引き抜きは悪の仁義に反するから駄目なことを考えると……うーん。


 業界の即戦力を当てにするのは一旦置いておくか。それこそ長期のことなんだから、人材を探して育成するくらいの長い目で考えよう。後輩を袋叩きにして鍛えればいいヒーロー共と違って、悪の組織は人材面で考えなければいけないことが多いのだ。


 そうだなあ……よし。まずは困っている奴を助けて恩を着せて勧誘しよう。とんでもなく困ってる奴ならなおよし。そして真の善行は見返りを求めず隠れてやる必要があるが、悪党はこれでもかと恩着せがましくしていい。これは世の真理である。


 ◆


 ある新人暗黒深淵団重労働部門職員の独白。


 鉱山の労働環境は劇的という言葉が軽くなるほど一変した。


 まず社員寮とその中にある社員食堂と書かれた場所。


「ショークショクショク! 朝食は一日の元気の源! 昼食は最後の頑張りの源! 夕食は明日の元気の源! さあ食べるのだあああ!」


 モンスターとは違う、なんというか……料理器具の怪人が手を振るうと、数百人分の料理があっという間に作り出された。


 保存のための固いパンではなく焼きたてのパン。収穫したばかりと思うような瑞々しい野菜。泥臭くない魚。肉が入ったスープ。


 しかも見た目通り美味い。パンは柔らかく、野菜は噛めば音を立て、魚も肉も染み渡るような味の深さだ。


 以前ここを支配していた連中も、俺達が飢え死にした後の補充を面倒がったのか、クソ不味くても飢えない食事だけはくれた。しかし、それが今や貴族並の食事となり、何人かは怪人を拝んでいる。


「ドークドクドクドク! 聴診ソナーを食らええええええ!」


 朝食を食べていると……なんと言うべきか。見たことのない器具が人の形をしている怪人、今までの言動から恐らく医療器具の怪人が両手を広げると、カコーンと気の抜けた音が響き渡った。


「ドークドクドクドク! 全員健康だなあ!」


 全く原理は分からないが、怪人は俺達の健康状況を把握しているらしい。しかもこの怪人、初めて出てきたときに腕を欠損している者に針を突き刺すと、なんと欠損していた筈の腕が新たに生えてきた。その他にも大きな怪我をした者に針を突き刺して回ると、そいつらは今では元気いっぱいになっている。


 高度な神聖魔法の使い手ならそう言ったことができると聞いたことがあるが、代わりに途轍もない金を要求されるだろう。それを考えると俺達が祈っても応えてくれない神より、あの怪人はよほど神と言えるのではないか。現に欠損や大怪我を治してもらった者、それを見ていた者達はあの怪人が現れると食事の手を止めて祈っている。


 さて、彼らにどういった思惑があるかは分からないが、それでも労働環境を素晴らしいものにしてもらった以上は応える必要がある。


 今日も一日頑張るとしよう。


 ◆


「わーっはっはっはっはっ! 我が新生暗黒深淵団の超科学力をもってすれば、数百人分の人工合成肉や食材を準備するなど造作もない! そしてこれぞ文化的侵略! まさに悪の首領に相応しい外道!」

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