第5話


 子爵の家は、ルテキの街でも中央に近い一等地に建っていた。

 金持ちの商人や貴族なんかが多いエリアで監視もかなり厳重。


 冒険をした時の格好でという謎のリクエストを受け鎧姿のままの俺は、明らかに周囲から浮いていた。


 前世の職質を思わせるほどに誰何の声を受けながらも屋敷に向かう。


 到着すると流石に話が通っているからか警備の人間は軽いボディチェックをして刀剣類を預けると、すぐに中へと案内された(ちなみに漏洩が怖いので、魔法陣の描かれた布は置いてきている)。


 この世界では貴族家の力は未だ根強い。

 不興を買えばCランク冒険者の首程度など簡単に飛んでしまう。

 案内された部屋の中で緊張しながら座っていると、勢いの良い足音が聞こえてくる。


「貴殿が宝剣を取り戻してくれた冒険者か!?」


 ドアから弾丸のように飛び出してきたのは、俺より一回り以上離れているんじゃないかと思える美少女だった。

 緑色の髪をなびかせる彼女はリーゼロッテ様といい、子爵の娘のうちの一人だ。


「お初にお目にかかります、アルドと申します」


「堅苦しい挨拶はいい、楽な言葉遣いでいいぞアルド殿! 偉いのは私の父で、私は別に爵位を持っているわけでもない」


 どうやらリーゼロッテ様はこちらにかなり好意を持ってくれているらしく、握手を求められる。


 もっとフランクにと何度も何度も言われ続け、最終的には俺の方が根負けする形で折れた。


「わかった……これでいいか、リーゼロッテ?」


「うむ!」


 部屋の中にいる衛兵やメイドに睨まれるかと思ったが、彼らもこちらを見て苦い顔をするばかりだった。

 どうやら目の前の美少女は、かなりのお転婆娘らしい。


「では、アルド殿の冒険譚を聞かせてくれ!」


 依頼の詳細を聞かれるだろうと事前に想定はしていた。

 なので俺はなんとか事なきを得るため、このために急遽でっち上げたカバーストーリーを話すのだった――。






「――と言う形で食料を使って飛竜をおびき寄せ、その間に急ぎ剣を取って脱出してきた次第にございます」


「おお……おおっ、なんと!」


 慣れない語り口調を使いながら、なんとか今回の一件を話し終える。


 長年飛竜の巣に置かれっぱなしだった宝剣を、飛竜の注意を持ってきた肉に向けさせ、隙をついて宝剣を手に入れる。


 魔法陣を描く片手間に考えた作り話だが、一応矛盾はないようにできているはずだ。


 俺の話を聞いたリーゼロッテ様は目をキラキラと輝かせながら、俺のことを見上げている。


 鼻息荒く前のめりになりながら話を聞く様子は、深窓のお嬢様というより冒険譚に心躍らせる少女にしか見えない。


「なるほど……アルド殿は純粋な人間種でありながらそれほどのことを……もしかしてアルド殿は先祖返りなのか?」


 基本的に他の亜人達と比べれば肉体のスペックで劣る人間種だが、稀にどこからどう見てもただの人間と変わらぬ見た目にもかかわらず、強力な能力を持つ人間が現れることがある。


 それらのことを、俗に先祖返りなんていう風に呼んだりする。


 ちなみにだがこの世界には先祖返りなんて現象は存在しておらず、実際は先祖の龍人族や巨人族の形質が隔世遺伝しているだけという裏話もあったり。


「いえ、違いますよ。自分はただの人族です」


「口調!」


「……違うさ、もし先祖返りをしていたら長年Cランクでくすぶっちゃいないだろう?」


 俺が自嘲気味に笑うと、リーゼロッテ様は痛ましそうな顔をしながら、そっと俺の両手を握った。

 久しぶりに感じる人の温もりに思わずぎょっとしていると、彼女はこちらを真剣な表情でのぞき込み、口を開いた。


「アルド殿……あなたが持ってきてくれた宝剣は間違いなく本物だ。冒険者としてのランクがどうであっても、それでも私達ツボルト家はアルド殿に助けられたという事実は変わらない。だからそう、自分を卑下しないでくれ」


 リーゼロッテ様は、間違いなくこちらのことをおもんばかってくれていて。

 貴族にも彼女のような人がいるのかと、少し心が温かくなった。


「……大丈夫だ。そんな風に慰められなくても、もう折り合いはつけてるさ」


「そうか……大人なのだな、アルド殿は」


 十五になって冒険者を始めてから既に十四年以上の時が経っている。


 前世の記憶を取り戻した今となっては別にそこまで苦い記憶でもないが、少し前までは一向に上がらないランクはたしかに俺の胸のつっかかりになっていた。


 後輩に抜かれていくのは悔しかったし、教え子に抜かれてもやっぱり少し悔しかった。


 けど今ではそれも、これからマジキン世界での生活を送る上のいいスパイスだ。

 俺はそう思うようにしている。


 なんとなくしんみりしたところで、別れを告げることにした。

 そのまま出て行こうとすると、待ったがかかる。


「アルド殿、今回宝剣を返す報酬は父上のポケットマネーから出るのだ。できれば私からもなんらかの形でお礼がしたいんだが……何か困っていることはないだろうか?」


「いや、別に……」


 大丈夫だと言いかける前に、ふと宿に置いている飛竜の卵が頭をよぎった。


 モンスターの卵を街の中に入れるのは、別に法律に触れているわけではない。

 だが倫理的にあまり褒められた行為ではないのも事実だった。

 せっかくだし……頼らせてもらってもいいだろうか。


「もしよければ、なんだが……」


 俺の言葉を聞いたリーゼロッテ様が破顔する。

 こうして俺は飛竜が孵るまでの間、ツボルト子爵家が街の郊外に持っている小屋を借りれることになった。


 なぜかこまめにやってくるリエルや時たま遊びにくるリーゼロッテ様と話したり、新たな自律魔法の魔法陣を描いたりしているうちに、あっという間に時が経ち。


 ピキ、ピキ……。


 最近大きく動くようになっていた卵にヒビが入っていく。

 ヒビはどんどんと大きくなっていき、そして……


「おおっ、生まれるぞ!」


「生まれるっす!」


 飛竜の卵の殻が割れた。

 その中から現れたのは――。

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