第6話


「きゅう」


「お、おお……産まれたっす! リエルと師匠の子供っすよ!」


「……」


 テンションがハイになっているリエルのおとぼけに反応するだけの余裕もない。

 俺の頭は今、完全にパニックになっていた。


「……きゅうっ!」


 その大きさは両手で抱えられるほど。

 通常膝のあたりまであるはずの飛竜にしては、異様に小さい。


 そしてそれ以外も、色々とおかしなところがあった。


 まずはその見た目だ。


 本来の飛竜の体色は赤である。

 ワイバーンの体色が暗赤色なのは、時間の経過と共に皮膚の色が暗くなっていくからであり、元の色は鮮やかな赤なのである。


 けれどその飛竜の子は、青空のように澄んだ青色をしていた。

 フォルムはどちらかというと丸く、怖い飛竜というよりデフォルメされたマスコットキャラクターのようだ。


 俺の知っている飛竜と比べると翼が明らかに小さく、背中にちょこんと乗っているような感じになっている。

 これ……成長しても空を飛べるか怪しいかもしれないな。


 この世界の魔物は、魔力が生物としての性質を変質させてしまうせいで、突然変異が非常に起こりやすくなっている。


 そしてそんな風に突然変異の結果元の魔物とまったく違った特徴を持つ魔物は、特異種などと呼ばれることが多い。


 つまり俺が孵化させたのは、飛竜の特異種ということになる。


(もっとも起こりやすいとはいっても確率的には数千分の一とかだぞ……運がいいのか悪いのか……)


 純粋な飛竜としての能力を期待していた俺からすると、ちょっと反応に困るところだ。


 特異種は稀に強くなることもあるが、基本的には本来より弱いことの方が圧倒的に多いからである。


 ただ毎日魔力をあげたり温めたりしながら孵化させたからということもあり、情が移ってしまっている。

 一度飼うと決めた以上、中途半端をするつもりはなかった。


 俺の目の前に居るのは飛竜の子が、首を傾げながらこちらを見上げる。

 そして……


「きゅうっ!」


 ものすごい勢いで、こちらに飛び込んできた。

 俺ががしっと受け止めてやると、楽しいのかにこにこと笑いながらぺろぺろ顔を舐め始める。


 どうやらきちんと俺のことを主として認識してくれているらしい。

 毎日魔力を上げていたのも良かったのかもしれない。


「ほーら、リエル、リエルもいるっすよ~」


 リエルも恐る恐る飛竜に手を差し出す。

 すると飛竜の方も何も疑わずに、ペロッと手を舐めた。

 どうやら時たま魔力を上げていたリエルのことも、きちんと理解しているらしい。


「すご……生命の神秘を感じるっす!」


「ああ、なんていうか……かわいいな……」


 あらかじめ名前の候補もいくつかに絞っていた。

 けれどこの透き通る空のような体色を見ると、すぐに決まった。


「お前の名前は――スカイだ。そして俺はアルド。今日からよろしくな、スカイ」


「――きゅーんっ!!」


 俺の言葉に、スカイは嬉しそうに身体を震わせた。

 どうやら名前を気に入ってくれたらしい。


 こうして飛竜の特異種であるスカイが、俺の仲間に加わるのだった――。






 産まれたらすぐに従魔登録をするために、ギルドへ向かうことにする。

 しっかりと登録しておかないと、何かあった時に問題になりかねないからな。


「アルドさん、お久しぶりです。あら、その子は……?」


「こないだの飛竜の巣の調査依頼の時に拾ってな。もしかしたら飛竜の卵かもしれないと思い育ててみたが……どうやら違ったらしい」


「きゅうっ!」


 俺の頭の上に乗っているスカイが、どうだと言わんばかりに胸を張ってみせる。

 ……いや、褒めてないぞ?


「た、卵を街中でですか? それは……」


「ああ、そこは安心してくれ。ツボルト子爵家のリーゼロッテ様から許可ももらったし、きちんと郊外の小屋で孵化してたからな。ここ最近依頼を受けてなかったのは、こいつの面倒を見てたからなんだよ」


「な、なるほど……」


 さもありなん、という感じで頷くルビー。

 どうやら彼女の耳にも、リーゼロッテ様のお転婆っぷりは届いているようだ。


 あ、ちなみにリーゼロッテ様には、正直にこいつが飛竜の卵であると告げている。


 その結果なぜか更に気に入られてしまい、小屋の貸与だけでなくこの飛竜の子に関するゴタゴタをかわすため、領主であるエンゲルド伯爵からの飼育許可までもらえてしまった。


 おかげで大手を振って街を歩けるが……やってもらったことを考えると、後が少し怖い気がする。

 とりあえずリーゼロッテ様に何かをお願いされたら、可能な限り聞くことにしよう。


「それでは従魔登録についての説明をさせていただきますね」


 従魔とはテイムされ、人間が飼い慣らしている魔物のことを指す。


 当然ながら、街中で過ごすためには、テイマーによって飼い慣らされていることが絶対条件だ。

 もし従魔が問題を起こした場合はその責任は全てテイマーが被ることになる。


 スカイには勝手に盗み食いをしたり人を傷つけたりしないよう、しっかりと言い含めておかないといけないな。


「それではこれが従魔であることを照明するリングになります。街中に入る時は常に見える位置につけておくようにしてください」


 渡された腕輪を、スカイの前足に通す。

 少し大きかったのでかなり奥の方まで入ってしまったが、一応フィットはしたようだ。


「きゅっきゅっ!」


 アクセサリーをつけている感覚なのか、スカイも楽しそうである。


「か、かわいい……ちょっと撫でてもいいですか?」


 ルビーが恐る恐る手を出してくるので、頭を下げる。

 すると仕方ないという感じで、スカイが目を瞑った。


「わあ……」


 撫でたルビーが、驚いてビクッと身体を動かす。


 スカイに触れた感触は、前世で言うところの蜥蜴なんかに近い。

 かなりひんやりとしてるから、最初はちょっと戸惑うよな。


「ありがとうございます……今日は依頼は受けていきますか?」


 満足した様子で少しつやつやとしているルビーに言われ、適当に依頼でも受けようかと思ったところで、頭を以前来たときのゴブリンの話がよぎった。


「その前に一つ聞いておきたいんだが、以前言われていたゴブリンの問題なんだが……あれから何か進展はあったか?」


「ああ、はい、ありましたよ。どうやらゴブリンの上位種であるゴブリンキングが確認されたようです。そしてその討伐のために――」


「僕が派遣されてきたってワケ!」


 突如として腕にやってくるもにゅんという柔らかい感覚。

 首を回すとそこには、以前と比べるとずいぶんと綺麗になった女性の姿がある。


 かつてはどこか幼さを残していた美少女だった彼女は成長し、力強い一輪の花になっていた。


「この僕……Bランク冒険者、『不倒』のフェイトがね! ――先生、久しぶりっ!」


「あ、ああ……それと先生はやめてくれって前から言ってるだろ。柄じゃないんだよ、そういうの」


 こうして俺はまったく予想していなかったタイミングで、かつての教え子であるフェイトと再会を果たすのだった――。





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