第4話
行きより時間を短縮して、ルテキの街に戻ってきた。
当然ながら道中リエルにはかなりの質問攻めにあったが、弟子が師匠に疑問を挟むなといって押し切らせてもらった。
こいつに師匠と呼ばれていてよかったとこれほどに思ったのは、人生で初めてかもしれない。
依頼達成の報告をしに行く前に、一度『黄昏亭』に戻り部屋を取り直してから、背中に背負っている背嚢の中に入っている飛竜の卵を置いていくことにする。
(下手に飛竜の卵とバレれば、割られたり取り上げられたりするかもしれんしな)
この世界では飛竜の飼い慣らし方は一般的じゃない。
危険物を持ち込んだテロリスト扱いされる可能性もゼロではないのだ。
ちなみにしばらくしたらどっかから拾ってきたリザード系の魔物として登録するつもりだったりする。
テイムする従魔を卵の頃から育てるっていうのは、テイマー界隈ではそこまで珍しいもんでもないし。
「とりあえず俺は依頼達成の報告をしに行ってくる。卵は置いておくから、リエルはこいつの面倒頼んだぞ」
「め、面倒って言われても……どうすりゃいいんすか!? リエル、ママになったことがないからわかんないっす!」
「うるせぇ、お前がママになるんだよ! ……小さく震動したら魔力を欲しがってる合図だから流してくれると助かる。あとは適当に冷えすぎないよう、布とか被せといてくれ」
「りょ、了解っす! 身命賭してこの卵を守り抜くっす!」
別にそこまでして後生大事に抱えてもらわなくても、ダメだったら次の卵を持ってくるだけなんだが……本人のやる気に水をさす必要もあるまい。
俺は依頼達成の報告を行うため、ギルドへと向かうことにした。
「アルドさん、お疲れ様です。聞きましたよ、飛竜の巣の探索依頼を受けたんですってね」
受付までやってくると、俺の姿を確認した赤髪赤目の受付嬢がぷくーっと頬を膨らませた。
彼女はルビー。
子リスがそのまま人の形を取ったような、綺麗というより愛らしいという表現の似合う女性だ。
――冒険者はある程度ランクが上がると、なんとなく担当の受付嬢が決まってくる。
本来ならCランクに担当がつくことはあまりないが、奇特な彼女はなぜか俺の担当を買って出てくれていた。
受付嬢は皆見目麗しい。そのため男冒険者の中にはその美貌にコロッといかれる奴らも多い。
彼女達は冒険者が無茶な依頼をしたりしないようにする手綱であり、ギルドがやってもらいたい依頼をなんとかして受けてもらうためのリモコンのような存在でもある。
「誰も受けようとない塩漬け依頼を率先してこなそうとするのは立派なことだと思います。ですが私はアルドさんの一番すごいところは、自分の能力を完璧に理解し、決して無理をしないところだと思っています。なので可能なら次からはこんな無謀な塩漬け依頼をやろうとせずにですね……」
お説教モードに入ろうとするルビーに思わず苦笑する。
俺、そんな風に思われてたのか……なんだか妙にむずがゆいな。
だが無謀と言われるのは心外だな。
俺は腰に提げている鞘つきの剣をテーブルの上に乗せ、にかっと笑う。
それを見たルビーは話すのを止め、ぽかーんと口を大きく開いたままフリーズした。
「まさか、これって……」
「ああ、頼まれてた宝剣だ。飛竜の巣には高そうな剣はこれしかなかったぞ」
彼女は自分の名前に似合っている真っ赤な瞳を大きく見開きながら、ジッと宝剣を見つめている。
「たしかにこの凶鳥の爪はツボルト子爵の紋章です……飛竜に遭遇はしませんでしたか?」
「もちろんしたが……まぁなんとかなったよ」
飛竜はBランクのかなり強力な魔物だ。
巣の調査故にCランクでも受注が可能になっているが、実際にCランクが遭遇すればまず生きて帰ってはこれない。
伊達に長年塩漬けされていた依頼じゃないのだ。
「それは……一体どうやって……?」
「おいおい、冒険者が手の内を全て明かすと思ってるのか?」
「――はっ! いえ、大変失礼しました! ありがとうございますアルドさん、そして私の不明をお詫び申し上げます」
「気にしなくていいさ。今回は運が良かっただけだろ」
こうして俺は無事に依頼達成を認めてもらうことができた。
ただ報酬の方は依頼主が一度宝剣の確認をしてからということになり、後日受け渡しということになってしまった。
金にそんなに余裕はないから、なるべく早くほしいところである。
「おいアルド、上手いことやりやがったな! 一杯奢れや!」
「馬鹿言うな、こちとら宿追い出されて生活カツカツなんだよ、そんな金あるか」
「ははっ、何したんだよおめぇ、女でも連れ込んだのか!」
同業者の野郎共と言葉を交わしながらギルドを後にする。
最近あった美味しい依頼とか、魔物の発生状況といったたわいない話だ。
だが案外こういう小さな積み重ねが馬鹿にできない。
ボディーブローのように後々効いてくることもしばしばだ。
魔物の大規模発生なんかは、こうした聞き取りで兆候を掴めたりもするからな。
情報収集の面でも、いざという時に救いの手を差し伸べてもらうためにも、同業者と仲良くなっておいて損はないのである。
少し気になっている情報があった。
なんでもここ最近、ゴブリンにいくつか村が潰されているらしい。
もしかするとゴブリンの上位種が現れたのかもしれないな。
調査依頼が出たら、もうちょい真剣に情報を集めるか。
そのままギルドを後にした俺は翌日、宝剣の依頼を出した貴族様に呼び出されることになった。
ツボルト子爵はルテキの街を治めているエンゲルド伯爵の縁戚の人間だ。
しばらくはこの街を出るつもりもないし、きちんとした態度で臨まなくては。
俺はママの自覚が芽生え始め、なぜか優しい顔つきで卵を撫でるようになっていたリエルに卵の世話を頼んでから、子爵の屋敷へと向かうのだった――。
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