第3話


 この世界で強くなる、最も手っ取り早い方法。

 それは強力な魔獣のテイムである。


 生まれは変えられないし、自律魔法はそう易々と覚えられるものじゃない。そして精霊魔法は本人の資質が大きく関わってくる。


 それ故にこの世界の住民は、魔物を飼い慣らして戦力にする者が多い。

 例えば北の寒冷地帯にはシロクマの魔物を馴致する方法が確立されており、南部の砂漠地帯では砂豹などの魔物を従えている部族が存在していたはずだ。


 強力な手段故にその飼い慣らし方は当然ながら秘匿されているが……マジキンガチ勢であった俺には当然そちらの知識もある。


 俺が狙うことにしたのは飛竜である。

 飛竜は飛行ユニットであり、テイムすることができれば移動範囲を大幅に広げることができるからな。


 飛竜の胃袋は底なしだが、そのあたりの問題はアイテムボックス的な形で使うことができる『悪魔の箱イビル・コフィン』を使えばなんとかできるしな。


 ただ飛竜の面倒なところは、親と子供が完全に魔力のラインで繋がっているところにある。


 親の飛竜の番を己の単独の力で屈服させ、もらった卵に己の魔力を流し込みながら孵化させる。

 それがシンプル故に難しい飛竜の飼い慣らし方だ。


 飛竜は魔物では上から数えた方が早いくらいの強さがあるが、今の俺なら問題なく倒すことができる……はずだ。

 当然俺は一人で行くつもりだったんだが……


「なんでついてきたんだよ……」


「いいじゃないっすか、たまには一緒に依頼受けたかったんすよ」


 飛竜の巣の調査依頼に、なぜかリエルがくっついてきた。

 一人の方がやりやすいんだが、ついてくるといって聞かなかったのだ。


 ちなみにこの調査依頼は、この飛竜に持ち去られてしまったという家宝の宝剣を取り返してほしいというさる貴族から出されている。


 その難度から長年誰もこなしていない、いわゆる塩漬け依頼というやつだった。


「今日の師匠……なんか変っす! だから絶対うちもついていくっす!」


 いつもおちゃらけている様子はなりを潜め、ひどく真剣な表情をするリエル。

 もしかすると何かを感じ取られたのかもしれない。

 同行を強く断ることもできたはずだが、なぜか俺はそうはしなかった。


 ……いや、その理由はわかっている。


 多分だけど俺は――誰かに見ていてほしかったのだ。


 自分が生まれ変わるところを。

 崖っぷちCランク冒険者のアルドの人生が、ここから動き出すところを。




 飛竜の巣は街を出て一週間ほど歩いていった先にある山の頂にあるようだ。


 俺は自重することなく魔力を持つ生物の反応をレーダーポイントのように探知することのできる自律魔法の『光点探査アービキュラ』を使い、敵を避けながら頂上へ上っていく。


「お前はここで待ってろ」


「ちょ、ししょ、待っ――」


 リエルの制止を無視して、一人山を登る。

 するとそこには――


「「GYAAAAAAAAAOO!!」」


 俺の接近に気付き咆哮を上げる、番の飛竜の姿があった。


 飛竜は単体でBランクの強さを持つ魔物である。

 それが番となればその依頼の難易度はAランクに届くことだろう。


 だが不思議と、負ける気がしなかった。

 自分がマジキンの世界に転生できて、ハイになってるのかもしれない。


 さぁ、今の俺の実力を……試させてくれ。


「『魔力の矢ハーロ・キーン』」


 内側に縫った二つ・・のポケットに魔力を流し込む。


 最もシンプルで構築速度の速い自律魔法、『魔力の矢』。


 オプションをつけることで威力と貫通力の底上げはしているが、飛竜の鱗を剥ぐのが精一杯だろう。

 だがそれで問題はない。


 『魔力の矢』を打ち出すと、その攻撃力の低さを感じた飛竜はそれを正面から受けてみせる。


 魔力によって生み出された白色の矢は鱗を剥ぎ、飛竜の腿のあたりにわずかな傷をつける……が、それだけだった。


 自律魔法の威力は、熟練の使い手が使う精霊魔法とは比べものにならない。

 けれど自律魔法の真の強みは純粋な威力ではない。

 自律魔法はな……重ね掛けができるのさ。


「GU、GAAA……」


 俺の一撃を食らった飛竜がぶくぶくと口から泡を出しながら地面に倒れる。


 ――『五行相克毒カンタレラ』」。

 それが俺が使った、毒を付与する自律魔法の名だ。


 魔法毒、と呼ばれる特殊な毒がある。

 これは魔物などの一部が使うことのできる、解毒が極めて難しい魔法効果によって生じる毒のことだ。


 『五行相克毒』は、魔力の波長を定期的に変えることで五つの毒性を行き来し、解毒がほぼ不可能な魔法毒である。


 毒の効果を発生させるために常に魔力を使い続けなければならないという欠点はあるが、魔物の狩りにこれ以上便利なものはない。


 大してブラッシュアップしていない今の毒では飛竜を殺しきることは不可能だが、それでも気絶させ動きを止めるくらいならお手の物だ。


「GYAAAAA!!」


 それを見て何をされたか察したもう一方の飛竜が、こちらを睨み付けながら大きく息を吸う。


 喉の辺りについている火炎袋が大きく膨らむと、一気に視界が明るくなるほどの火炎が噴き出してきた。


 飛竜のブレス攻撃だ。

 だがそれも問題ない。


「『対価の鎧アッシェント』」


 己への一切のダメージを受けなくする代わり、これ以外の魔法が使えなくなる『対価の鎧』を使って攻撃を耐えきると同時に解除。

 今度は速度特化に調整した『魔力の矢』の魔法陣を脳内に描き、放った。


 しかしかなり警戒されてしまったようで、相手は攻撃を右に動いて避けてみせる。


 だが残念、それも織り込み済みだ。


「『第三の手ウォルドゥ』」


 直線な軌道を描いていた魔力の矢がぐるんと反転し、そのまま無防備な飛竜の右目に突き立つ。


 自律魔法、『第三の手』。

 自分が見える範囲に動かせる透明な手を生み出す魔法だ。


 『五行相克毒』の餌食になり、倒れ伏す二体の飛竜に向けて歩いていく。

 そしてそのままポケットの五番に魔力を流し込んだ。


「『茨の棘ヴァルシャナ』」


 地面から生み出される茨の棘が、気絶していた飛竜達の身体に巻き付いていく。

 自重で棘が深く食い込んだことで、二体が意識を取り戻した。


 ただ毒が効いているため、動くことはできない。

 俺は飛竜の巣の中にあった宝剣を腰に提げてから、空いた手で飛竜の卵を一つ持ち出す。


 倒れている飛竜の見える位置まで歩いていき、睨み付けながら茨で更にキツく縛り上げる。


 あちらが口を開こうとする度に茨を食い込ませ、魔力の矢を打ち込んでダメージを蓄積させていった。

 そして五分ほど格闘すると……ようやく向こうがこちらに屈服した。


 彼らの魔力が飛竜の卵に流れていくのを確認する。

 これで孵化させれば、問題なくテイムが可能になるはずだ。


 飛竜の卵に軽く魔力を流しておく。

 こうして魔力を流しておけば、そのうち孵化してくれるはずだ。


 くるりと振り返ると、そこには顎が外れるほど口を大きく開いているリエルの姿があった。


「し、師匠……うちはもしかして、夢でも見てるっすか……?」


「安心しろ、目で見た全ては真実だ」


 飛竜達の目から抵抗の意思が完全に消えたことを確認してから、『茨の棘』を解除する。


 ……あ、そうだ。せっかくなら昨日作ったアレの効果を確かめてみるか。


 ポシェットに入れていた薬を、起き上がろうとしている飛竜の右目にかけてやる。

 するとまるで逆再生のビデオを見ているかのように、傷が癒えていった。


「し、師匠、もしかしてそれって……?」


「これは……そうだな、劣化エリクサーってところか。現状採れる素材だとこれを作るのが俺の精一杯でな。いやぁ、効いてよかったよかった」


「いやいやいや、部位欠損を治すとかあり得ないですって! しかもエ……エリクサーッ!?」


 マジキンには回復魔法も存在しているが、残念なことに分類としては精霊魔法だ。


 ただ素材のレアリティや作成した薬品の完成度を上げる自律魔法は存在しているため、俺が今できるギリギリの素材と自律魔法で作ったのが、この劣化エリクサーだ。


 しっかり効果が出るか不安だったが、どうやら部位欠損を治せるくらいの逸品には仕上がったらしい。


「飛竜の卵のついでに宝剣もしっかり手に入れたし……帰るぞ」


「ちょ、ちょっと待ってくださいっす師匠! 怒濤の情報量に、リエルの頭はもう爆発寸前っす!」


 俺は騒いでいるリエルの方は振り返らず、そのまま歩き出すことにした。


 ――今のにやついている自分の顔を、あんまり見られたくはないからな。


 なんにせよどうやら俺のマジキン知識は、この世界でもきちんと通用するようで一安心だ。

 さて、これから何をしよう。


 成り上がり……というほど大それたことを目指す気はないけれど。


 大好きだったマジキンの世界に来れたんだ。

 やりたいことを好きなだけやってやろうと思う。


 きっとこの世界を楽しむのは、今からでも遅くはないはずだから――。

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