押し問答

一の八

押し問答




雪国の移動は、慣れないと怖いものである。地元の人ですら、億劫になるもの。

そんな中で活躍してくれるのがバスである。


停車場で待っていると、荒れた雪道でもなんともないかのような顔してその姿を現した。


友人とバスに乗り込むのと、席が空いてる。

ラッキーだ!



おもむろに席に着くと、

バスは、次の定着場所へと走り出した。


一つ停り、また走り出す。

一つ停り、また走り出す。


バスに揺られる心地よさと疲れも相まってか、少し瞼が重くなってきた。


また、バスは、次の停車場へと走り出した。


すると、目の前の席に座っていた女性がおもむろに立ち上がり、運転席へと向かっていく。


なにか違和感を覚えると、


「いま、ボタンを押したんですけど!」

その女性は、自分が降りようと思っていた所で降りられなかった模様だ。



「いや、押されていないと思いますが…」

「ボタン押しました!」



バスの中では、不穏な空気が流れ始める。



だがバスの運転手は、冷静に続けた。

「押されるとですね、ここの画面に“停ります”が表示されるんですよ。申し訳ないですが、もう一度ボタンを押して頂けますか?」


すると、その女性は、自分の座っている場所とは、違うボタンを押した。


“次、停ります!”


なんとも言えない機械の音声が車内に広がる。


そしてその女性は、怒りを背中に滲ませながらもバスを降りていた。


「すみませんが、どなたかもう一度ボタンを押して頂けますか?」


“次、停ります!”


またもやなんとも言えない機械音がバスの中に広がる。


ボタンは、正常に作動してるのではないか。

だとするとあの女性の時は、なぜ反応しなかったのだろうか?


そんな疑問に考えあぐねていると、


ボタンの近くに座っていた友人がある事に気がついた。


ボタンは、上と下の部分に分かれている。


そう、“停ります”とボタンの部分にだ。


つまり、女性は、“停ります”を押したのだろう。



それを思うと、どっちも悪くないな。

“停ります”を押した女性

ボタンを押して停まる運転手


押してるものは、同じであるのに

違うものだったか。



僕は、友人に頼んだ。


“次、停ります”


バスは、次の停車場で停まる。



バスを降りると、


なんともないという顔で、

バスは、再び走り出す。

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押し問答 一の八 @hanbag

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