本編
自分は僧侶である。住職ではない。
なんならこの寺にも昔こそは、たまに来ていただけでそんなに知らない。祖父からもほとんど寺の話はされなかった。昔の方言の強い祖父で、口調も強い。幼かった自分は怖いとすら思っていた。
島根についても知らないことばかり。
湖にも海にも近い。埼玉にいた頃には、こんなものもなかった。近くには山もなかった。
一人暮らしは初めてのことだ。
家事も、寺のことも初めてのことだらけで、少し忙しい。買い物も行きにくい場所。
昔の友達連中も、歳が歳だし、あいつらも忙しいだろうから、気軽には取りにくい。
近くにいる知り合いも、近所までは歩いてもかなりかかるくらい遠い。一応、散歩とかゴミ捨てとかに行けば挨拶はする。ちゃんとかえっても来る。
夜はとにかく疲れてはいるのに、眠れない。アイマスクも意味がない。
お寺の掃除も大変だから頭の中で明日、何をしようか? と考えながら、今日は寝ることにする。
頭の中で、
台所、そういえば洗い物溜めてるなあ。ご飯も炊かないと。水の管理大変だなあ。
本堂、上の方もほこりが……。拭かないとな。
家の中は、あらかた目星もつく。それでも広いことは広い。
問題は外。広すぎる。裏の山もうちの土地。
庭、少し草むしるかな。
外にあるお地蔵さん、花取り替えて磨くかな。
そんなことを頭の中で考えていると、お地蔵さんの隣の何もないスペースに黒の和服を着た、髪の毛のない若い男が腰掛けているイメージがした。
黒い作務衣。黒は半人前の色。少なくとも、うちの宗門では。
自分は、目を開ける。
……まだ若いってことならここで亡くなった小僧なのかもしれない。今は食べるものも種類が多いし、病院もちゃんとある。昔は住職になれなくて亡くなった小僧、もいた。
彼は呑気に座りながら下の方を眺めている。湖の方角。
髭も蓄えている。
よかった。こちらには気づいていないみたいだ。
昔から怖い系の番組は避けていたが、見てしまっていた。頭の中での散策はそこに居る霊が出やすいってことも知ってはいる。
……迂闊だった。
寺は昔こそ怖いイメージはあった。本堂で寝るのも子供の頃は怖かった。
今では神聖なところ、っていう印象しかない。
一人の部屋は寂しく、思わず、泣きそうにもなる。
ここらでよく聴くフクロウの不気味な鳴き声で気づく。自分は昔から動物が好きでペットをよく飼っていた。
そういえば昔飼っていた犬をあそこに埋めたな——。
すごく懐いてくれてて、自分が初めて発した言葉もその犬の名前。
「ごん」
名前を呼べば、来るような犬だった。散歩ではリードも必要がないくらい賢い犬。よくザリガニを食べて下痢してたなあ。
墓はないけど、あそこに居るはず。
埋めてから、もう20年は経つ。
ああ、あの子生まれ変わってあそこで見てくれているのかな。
信じるものは救われるのなら、ぜったいそう。
明日も頑張ろうかな。あそこには、何かを植えよう。
松江の寺 鷹橋 @whiterlycoris
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