第43話

 「とうとう決着の時が来たね」


 僕の問いかけに、しかし眼前のゴーレムは当然ながら無言を貫く。


 今日は入寮日前日の夕方、今日を逃せば明日は朝から魔導列車に揺られてプロテアに向かわなければならない。つまりこれがこのゴーレムと戦えるラストチャンスなのだ。


 これまで晴れの日も雨の日も風の日も散々ぶっ飛ばされて来たが、ここ最近の僕は違う。


 遂に身につけたバーベルを(僅かだが)持ち上げる程の身体能力強化魔法、これのおかげで攻撃力はもちろん速さも数段レベルアップしもうロバート相手でも負けることは無くなった。


 次に破るべきはこのゴーレム。周りでは仁やワーナー、見習い騎士達が「またやってるよ諦めが悪いな」とでも言わん顔で、カインは真剣な顔で、ロバートやエルゼは心配そうな顔でこちらを見ている。


 一つ息を吐きながら体の魔力の流れに集中する。全身をくまなく魔力が行き渡る感覚と、それを使って全身を動かす力に変えるイメージを思い描く。


 ただ走るイメージじゃない。ただ剣を振り回すイメージじゃない。全身の血管が沸き立つような、全身を動かす確固たるイメージを確立させる。


 力が高まる……溢れる……そんな戦闘民族にでもなった様な全身から力が湧いてくる感覚。イケる、今ならあの憎きゴーレムを倒せる。


 「行くぞ!」


 集中が最高点に高まった瞬間、動かないゴーレムに向かって一直線に走る。


 僕がゴーレムの迎撃範囲に入った瞬間、無慈悲な右ストレートを放とうとしてくるが遅い。先に肉薄した僕の剣がゴーレムの喉元に突き立つ。


 金属同士がぶつかり合う様な高い音を立て僕の剣が弾かれるが、ゴーレムの喉元にも一刃の傷が入る。


 「クソッ、まだ斬れないのか!」


 構わず振り抜かれるゴーレムの右腕を横跳びで避け、続け様に振り抜かれる左腕には剣撃を合わせる。


 再び金属同士がぶつかり合うような高い音を立てて僕が剣ごと弾かれるが、跳び退って体制を立て直すとゴーレムの索敵範囲外に出たのか追撃はなかった。


 ゴーレムにできた二つの傷は無情にも少しづつ修復しつつある。僕の身体能力強化魔法もまだ長続きはしないし早めに決着をつけないと。


 剣を再び構えて仕切り直す。ゴーレムに一気に詰め寄るとバカの一つ覚えの様に右ストレートの構えをとる。


 ゴーレムのこの動きはどうも決まっているらしく、迎撃時は最初に右腕、次に左腕、それで駄目ならその後は状況次第のようだ。


 わざと右ストレートを待ち、最低限の横移動でそれを避けると隙だらけの喉元の傷に二撃目を叩き込む。


 僅かな手応えと共に一際大きな高い音が鳴り響くが、ゴーレムの動きは止まらない。即座に左腕で殴りかかってくる。


 すかさず跳び退って避けようとすると両腕が何かに引っ張られる。突き刺さったままの剣が抜けなかったのだ。


 「しまった、剣がーー」


 次の瞬間、ゴッと右から強烈な衝撃を受け意識が途切れる。

 


 「もう、全く無茶ばっかりして」


 あまり人が多くない浴場にエルゼの怒った声が響く。


 「わ、分かりましたから、痛いですエルゼさん」


 魔法による治療では切り傷や擦過傷は後回しにされるので残っていることはよくあるのだが、今回も背中に傷が残っているらしく背中を洗われると傷に響く。


 「ぶっ飛ばされた痛みに比べれば微々たるものでしょ、我慢しなさい」


 そう言われて無理やり体と髪を洗われる。一人で洗えると言ったのだが、怪我人はみんなそう言うのと無理やり洗われてしまった。


 体を洗われる分にはいい、痛いのを我慢すればいいだけだから。だがスタイルの良いセルザに髪を洗われると、背中に当たってくる柔らかい感覚は罪悪感が半端ない。


 結局髪と体を洗われ、髪が湯船に浸かない様に頭をタオルで巻かれて湯船に誘導される。


 「学校に行ったらあんまり周りに心配かけちゃダメよ、治療してくれる人だって大変なんだから」


 「大丈夫です、学校じゃカインほどスパルタしてくる人はいないと思うので……」


 そう返すと風呂場にエルゼの笑い声が響く。


 「それもそうね、それにその歳であそこまで戦えるんだもの。今のアスカに無理難題を吹っ掛けたらクラスメイトはみんなのされちゃうわね」


 笑いながらバシバシと背中を叩かれるが、その度に傷に響くので止めて欲しい。


 そんなこんなで入浴も終わり、自室へと向かう。この道のりともしばらくお別れだと思うと感慨深い。


 「そんなに入れてて大丈夫、トランク閉じる?」


 「大丈夫だろ、この前のより大きめの物借りたんだし」


 自室に戻ると仁が支度しているのをロバートが心配そうに見ていた。


 「ただいま、押し込むの手伝おうか?」


 「おう良いところに帰って来た、ちょっと頼むわ」


 仁に頼まれてトランクを閉めるのを手伝う。別に親切心からでは無い、後で僕が閉める時も手伝ってもらわないといけないからだ。


 「こうやって三人で話せるのもこれで最後か〜」


 二人でトランクケースと格闘しているとロバートが感慨深そうに呟く。


 「こらこら、今生の別れじゃ無いんだ。そんな悲しそうにするな」


 「そうそう、寮生活の間は難しいかもしれないけど夏休みや冬休みがあるんだし。何より同じ学校に通うんだから会う機会くらいあるって」


 それはまぁそうだけどとロバートが口籠る。相当寮での新生活が不安なのだろう。


 「なんだなんだ、今更怖気付いたか?」


 「違うよ、ただ二人は寂しく無いのかなって」


 ちょっと不貞腐れた様な表情でロバートが聞いてくる。


 「俺たちはもっと大きな別れを経験しているからな。このくらいじゃへこたれないさ」


 仁の言葉にロバートの表情が固まる。ロバートはまだそう言う別れを経験したことがないのだろう。


 「ご、ごめんね、変なこと言っちゃって」


 「良いの良いの、仁が勝手にノスタルジーになってるだけだし」


 「記憶無いだろうけどお前もだからな?」


 たまに出てくるこの設定、ただ元々人生経験は二十年以上あるんだ。もちろんそういう経験だってしてるし、むしろ元の世界じゃ僕達がそういう目で見られている可能性だってある。


 当然約二年家族とも会ってないが、流石にそれを寂しがる歳でもない。


 「寂しくなったらいつでも仁のところに行きなよ」


 貴族だし平民の男子寮に入るくらいのわがままは通るだろう、流石に女子寮に入るのは無理だと思うけど。


 「こいつとも寮の外でならいつでも会えるんだしな」


 「そうだね、うん、二人ともこれからもよろしくね」


 そう言うと顔を赤らめたロバートが時間だからと自室へと帰っていった。いつも帰る時間にはちょっと早いが、自分で言っといて恥ずかしかったのだろう。


 「それじゃ僕も支度しようかな」


 さっき恩は売っておいたし仁にも手伝ってもらわなきゃ。


 結局二人で再びトランクケースと格闘して、明日に備えて早めに寝るのだった。

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