第42話
朝起きて鏡を見るともはや見慣れた寝癖が跳ねた少女姿の自分が映り、隣では少年と化した仁が寝息を立てている。
この体になっておよそ二年が経った訳だが、元に戻るどころかこの体のまま成長していってしまっている。もちろん少女として。
目線の高さ的に背も二年間で十センチほど伸びたし、この世界には頻繁に体重を測る文化が無いみたいなのでよく分からないが恐らく体重だって増えているだろう。
胸元を触れば最初は触ってもあるのかないのかよく分からなかった胸も、今では服の上からでも存在がわかる程度になったし、
最初のうちはなるべく気にしないようにしていたが、こうなってくると流石に自分の体の変化を意識せずにはいられない。周りの目線だってあるし、水に服ごと入ったときの様に無神経でいる訳にもいかないだろう。
逆にこのまま戻れなかったら女として生きていく事になるのか?なんて不安には慣れたもんで、最近はそんな不安に駆られる夜は無くなった。
もちろん不安が払拭できた訳ではないが、なる様になるだろうという諦めに近い感覚だ。
「さ、今日も一日頑張りますか」
そんなこんなで今日も髪を解きながら元に戻ってないことを実感しつつ、伸びを一つして一日の予定を頭の中で立てる。
今日はお昼から制服の採寸があるらしい。本来は自分たちで服屋に赴いて採寸してもらう物らしいが、ロバートの制服の採寸ついでにしてもらえるそうだ。
なので午前中はあまり激しい運動は控えておくべきだろう。ボロボロな格好で採寸を受けることになるのも恥ずかしいし、動けなかったらもっとマズい。
髪を解かし終えたら後ろで一つに結び、動きやすい服に着替えてから未だに寝息を立てている仁を文字通り叩き起こす。今日も一日の始まりだ。
朝食を終え庭に出ると、ここのところ忙しくしているカインは今日も庭に出て来ていない。結局あれ以来山籠りことキャンプも一回しか連れて行ってもらえてないし、それも冬の山は素人には危険だからと平野での野宿みたいな物だった。
それでも暇さえ見つければ僕達に修行をつけに来てくれるし、魔法の訓練もしてくれている。周りの騎士見習い達曰く「良くあんなスパルタに着いていけるね」との評価だったのでかなりスパルタなところはあるのだろうけど。
寝みぃと欠伸の止まらない仁は今日もゴーレムに挑んでいる。前に「ジンは緊張感が足りない」とカインにダメ出しされ、それ以来ゴーレムに迎撃機能が付け足されたので難易度が無駄に上がってしまっている。
その代わりに障壁魔法を教わっていたが、まだ扱えないみたいだ。
「フンギィィ!」
僕の方は今日はゴーレムとの戦闘は避け、バーベルを持ち上げる訓練に励む。ただ持とうとしても絶対に持ち上がらないので、魔力の流れを意識しながら持ち上がるイメージを頭の中に描く。
しかし、それでもまるで地面と引っ付いているかのようにバーベルは持ち上がらない。
持ち上がるイメージを変えたり体制を変えたりとあの手この手を使って動かそうとするが、ピクリともしない。
ただただ、奇声を上げながらバーベル相手に踏ん張っている滑稽な絵面だ。
カインが言うには持ち上げるイメージは勿論だけど、それと同時に体を強化するイメージも大切らしい。
仁からも疑り深い性格は魔法を使うのに向かないので改めるようにと言われるが、こればっかりは性分なのでそう簡単には変わりそうにない。
そんないつもの午前中の訓練を終え昼ごはんを食べると、その後は庭に戻るいつもと違い制服の採寸をするらしいロバートの部屋へ向かう。
ロバートの部屋の前に着き、扉をノックするとボルドーが中へと迎えてくれる。
僕達の部屋より一回り広い部屋の中には丁度今採寸が終わったのか少し大き目の白い制服を着たロバートと、ジョン夫妻や仕立て屋らしい男女がおり少し混雑していた。
「いらっしゃい二人とも、ど、どう制服似合ってるかな?」
姿見を見ていたロバートがこちらに向き直り、何かの期待を込めた顔で聞いてくる。
「うん、似合ってる!カッコいいよロバート様」
「ああ、ロバート様は元も良いからな」
二人で褒めると今度は少し恥ずかしかったのか、ロバートが頬を染めながら俯きがちに照れ始める。でも、実際ロバートは元がいいので大体何着てても似合ってる気がする。
「久しぶりジン君アスカちゃん、会いたかったわ〜」
そんなロバートを横目にアメリアから黄色い声と共に抱きつかれる。この人は相変わらずみたいだ。
ジョンに客人の前だぞと諌められ、「庭で稽古ばかりしてないで偶には遊びに来てね〜」と名残惜しそうに離して元の位置に戻るアメリア。
ジョンが咳払いをして仕立て屋に続けてくれと言うと、今度は僕達の採寸が始まる。
「あなたは中じゃ恥ずかしいでしょうし外でしましょうか」と言って仕立て屋のおばさんが僕を廊下へ誘う。僕としてはどっちでも良かったけど、女性が言うならそういうものなのだろうと着いて行く事にした。
しばらくされるがままに測定されると、測定が終わったのか今度は一着の黒いセーラー服が渡される。
「あなたはまだまだ成長しそうだから、少し大き目のこれくらいでどうかしら?」
そう言われたので要は着てみろという事だろう。流石に女児の服には慣れたと思っていたが、セーラー服を前にするとやはり少し抵抗感や恥ずかしさがある。
それでもこれからはこれを着て登校する事になるのだと意を決して着てみると、言われた通り確かに今の僕には少し大きかった。
袖は腕の長さが若干足りてないので余ってるし、胴回りなんかも余裕がある。
「ちょっと大きすぎじゃ無いですか?」
「まだ成長期が来てないみたいだからすぐに合うようになりますよ」
聞いてみてもそう言って押し通されるし、本職の人が言うんだからそういう物なのだろうと受け入れる事にした。
「それじゃここには姿見もありませんし、皆さんにも見て頂きましょうか」
「えっ、いや、僕は別にみんなに見てもらわなくてもいいんじゃ……」
「ダメですよせっかく可愛いのに勿体無い、ほら入って入って」
そう言われて無理やり部屋に戻されると、部屋の中には同じく少し大きめの黒い制服を着た仁が姿見を見ていた。
「なんだお前、完全に制服に着られてるじゃないか」
「その言葉、そっくりそのまま返してあげるよ」
「そう?アスカも良く似合ってると思うけど」
部屋に入って早々喧嘩を売ってきた仁と睨み合いをしてると、代わりにロバートが褒めてくれる。でもわがままだが、褒められたのがセーラー服姿だと思うとあまり嬉しくない。
仁に姿見の前を譲ってもらい覗いて見てみると、そこには確かに制服を着ると言うよりもブカブカのセーラー服に着られている少女の姿があった。
これが自分の姿だと思うと情けなくなってくるが、あんまり感傷的になるとこの体はすぐ涙が出て、泣けてくるが洒落にならなくなるのでなるべく早く切り替える。
「三人とも良く似合ってるわよ〜」
「ああ、これで来月から立派な学生になれるな」
ジョン夫妻はの目は完全に子供を見るそれだ。そうだよね、末の息子の入学だし嬉しいよね。
そして今の僕達は名実共にその子と同レベルという事だ。
「そうだ、せっかくだから今からお茶でもどうだい?」
「いいわね、ボルドー準備頼めるかしら?」
「かしこまりました」
ジョンの突然の提案にボルドーが恭しく頭を下げる。あれ、もしかして僕達この服装のまま誘われてる?
「え〜と、僕はもう自分の制服姿は見たし汚すといけないから着替えて来ますね」
「何、心配はいらないさ。汚した時はその服は普段着にすればいい」
あ、駄目だ。発想が既に庶民と貴族で食い違っている。この人達の中で制服は高価な服ではなく、指定されたから着ていく服なんだ。
結局、その日はジョン夫妻が満足するまで制服コスプレ状態で過ごす事になるのだった。
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