第28話
この体になって二度目の春が終わるとジリジリと暑い夏がとなり、遂に約束の日となった。
僕は未だに魔力の制御ができないままだ。なんとなく魔力の流れをオンオフできる程度にはなったが、それで何かを発動することはできない。
剣の方は今の所、僕の勝率は3割と言ったところだろう。分の悪い賭けになるが自分で決めたことだ、覚悟は決まっている。
決闘はお昼から、それまではいつも通り過ごす。
一年間、毎日ほとんど休まず修行してきた。残念ながら筋肉が目に見えて付くという事はなかったが、手のひらの硬さだけはそれを証明してくれている。
大丈夫、やるだけやったんだ、たとえ負けたとしても悔いはない。
それに、それは多分ロバートも同じだろう。習い事なんかで僕達ほどじゃないにしろ、暇があれば毎日剣を振りにきていた。
決闘の時間が近づくとギャラリーが増え、俄かに庭が騒がしくなってくる。中にはジョン夫妻や、夏休みで帰ってきているロンデルの姿もある。
誰かに言いふらしたりはしてなかったのだが、どこからか噂は広まっていたらしい。
「お待たせ、最後に一つ確認させてもらってもいいかな」
約束の時間、手には手袋をし、腰にはいつもの木剣を携えたロバートとボルドーがこちらに歩み寄ってくる。
「何?僕の気持ちなら変わらないよ」
「そっか、それならいいんだ」
それだけ言うとロバートの顔からいつもの柔和な表情が消える。
「我が名はロバート・ホーエンハイム。アスカよ、今ここに正式に決闘を申し込む!」
決闘の作法なのか身に付けていた白い手袋を地面に叩きつけてロバートが高らかに宣誓すると、騒がしかった庭は一瞬で静まり返る。
「その決闘、受けて立つ!」
決闘の作法が分からないので、とりあえずロバートに返そうと手袋を拾った所で庭が一転して大歓声に包まれる。どうやら拾うことが受諾の作法だったようだ。
手袋をロバートに返すとカインが駆け寄ってくる。
「本当にやるんだな、介添人は俺とボルドーが務める、アスカ、決闘に身分差はないぞ思いっきりやれ」
「アスカ様、決闘は木剣で行うと言うことでよろしいですな?」
ボルドーが念を押して聞いてくるのに頷き、ロバートと距離を取る。
「それでは、私ボルドーとカイン・ロッカードがその名において、正式に決闘を取り仕切らせていただきます!」
ボルドーが右手を挙げて宣誓すると庭はまた静まり返る。どうやら見る方は黙ってないといけないらしい。
仁の方を見ると腕を組んでただじっと見つめている。勝ち負けが自分にも関係すると言うのに、それだけ信頼してくれているのかはたまたどっちでも構わないのか。
ボルドーを真ん中に挟んでロバートと対峙する。使う武器は木剣とは言え、その顔は真剣そのものだ。
「始め!」
ボルドーが宣誓から上げ続けていた手を下げると同時に二人とも動く。
お互い真っ直ぐ距離を詰め、振り下ろすロバートの木剣と振り上げる僕の木剣とがぶつかり合い高い音を鳴らす。その後二合三合と続け様に打ち合い、ある程度打ち合ったら一旦距離を取り牽制し合う。
実力でいけばやや不利なのは間違いない、それはロバートも分かっているはずだ。だからかこちらの牽制にやや強気でかかって来ている。
(いつも通りただ打ち合えばこっちが不利、だけど!)
強気のロバートの牽制にわざと飛び込み一気に距離を詰める。ロバートは強いが基本的に大人しい、当然剣にもそれが見える。
こちらが飛び込んでくると思ってなかったのであろうロバートが、狙い通り一拍遅れて対応する。体勢的にはこちらが押した形で幾度か斬り結ぶが、決め手に欠け再び距離を取られてしまう。
その後もお互い距離を詰めては斬り結び、斬り結んでは決め手に欠けて距離を取る。
「やるねアスカ、それでこそボクのライバル。でも、だからこそ負けないよ!」
言葉と同時にロバートが一直線に飛び込んでくる。
「それはこっちのセリフだっての」
突くような一撃目は避け、できた隙を狙って木剣を叩き込むも返す刃で弾かれる。その場で二合三合と切り結び隙を窺うが…
「そこっ!」
逆にこちらの一瞬の隙を突いた一撃を撃ち込まれ、なんとか弾くも姿勢を崩されてしまう。
「クソッ!」
崩れた姿勢を立て直せないままロバートの追撃をいなす。だが厳しい追撃の中でなかなか姿勢を持ち直せずジリジリと追い込まれていき、重い一撃に打ち負け上体を大きく跳ね上げられてしまう。
「これでボクの勝ちだ!」
普段ならここで負けていただろう。気力や集中力の問題じゃない、こんな姿勢からでは打ち合おうにも間に合わないのだ。
「そうは、させるかぁ!!」
それでも打ち負けた時に浮いた右足を地面に強く踏み込み、胴を薙ごうとするロバートの一撃に渾身の力で叩き込む。普段なら間に合わないはずの一撃、だが今日は違った。
まるで体の奥から湧いてくるような力で無理やり加速しロバートの一撃を弾く。
「そ、そんな馬鹿な!」
完全に勝利を確信していたのであろうロバートの顔に焦りと困惑の色が浮かぶ。
そのまま溢れる力に任せて数回斬り結ぶと、今度はロバートが防戦一方になる。
「アスカのどこにこんな力が!まさかこれが!?」
ロバートが何かを言い終える前に一際大きな音と共に木剣が宙を舞う。ロバートに隙らしい隙があったわけではない、ただ僕が力で圧倒したのだ。
木剣をロバートの喉元に突きつけると腰砕けてへたり込み、同時に庭に詰めかけていたギャラリーが沸く。
「勝負あり!勝者アスカ様!」
ボルドーの声が響くとギャラリーが一際大きく沸き、大歓声となる。
「勝った…僕が?」
終盤は無我夢中だったからボルドーの声にも歓声にもイマイチ実感がわかない、そもそもなんで僕は勝てたのだろう。
「クッソォォォ!」
僕が呆然としている中、ロバートの絶叫で沸いていたギャラリーが静まり返る。
「どうして、ボクはただ二人と一緒に…」
フラフラと立ち上がったロバートがぶつぶつ言いながらこちらに歩み寄ってくる。
「ボクはただ、二人とずっと一緒に…友達でいたかった!」
僕の両肩を掴んでロバートが泣き出す。なんだかんだロバートが泣いているところは初めて見たかもしれない。
「ロバート、お前まだ分かってないみたいだな」
静まり返ったギャラリーの中から仁が一人歩み出てくる。
「何が!分かってないのはアスカとジンでしょ!ボクはただ二人と友達になりたかっただけなのに!」
ロバートが顔中涙や汗や鼻水だらけにして叫ぶ。せっかくの美形が台無しだ。
「だからそれが分かってねぇつってんだよ!」
仁がロバートの両肩を掴み無理やり向き直させる。
「俺たちはとっくに友達だっただろ」
「へっ?」
「バカ仁、決闘したのは僕なんだから僕のセリフ盗らないでよ」
勝者が敗者にかける言葉じゃないだろと仁に諭されるが、それでも一番良いところをもって行かれたのは納得できない。
「ボク達が友達…?でも今まで一度も友達だって…」
「前にも言っただろ、友達ってのはな『なって下さい』『はい、いいですよ』でなるもんじゃねえ。同じ時間を過ごしていつかなれるもんだって。俺たちはもう充分、同じ時間を過ごしただろ」
「そっか…ボク…いつの間にか二人の友達になれてたんだね」
そう呟くとロバートはまた泣き始める。でもさっきまでとは違いその顔は笑顔だった。
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