第2話

「ぉ……」


 遠くで何かの音が聞こえる。スマホの音だろうか?だが今日は待ちに待った土曜日、もう少しこの微睡に身を委ねてもバチは当たらないだろう。


 「ぉ…、ぉ……」


 段々音が近づき輪郭を持ってくると、それがスマホの音ではなく誰かが呼ぶ声だと分かってきた。一体誰だ、僕の神聖な休日の朝の眠りを妨げる奴は?


 「起きろって言ってんだろ!」


 ガバッと勢いよく布団を剥がされてしまったので、眠い目を擦りながら酷い倦怠感を押して仕方なく目覚める。そうだ、昨日は仁の家に行ってたんだった。


 「なんだよ仁、土曜日なんだからもう少し寝てたって良いじゃ無いか…ってアレ?仁じゃない?」


 てっきり仁が起こして来たのだと思ったが、重い瞼を開けて視界に入ってきたのは薄汚い仁では無く、見た事無い十歳程の茶髪の少年だった。


 仁とは違い顔立ちは整っているし女の子にモテそうな見た目をしているが、生活は貧しいのかボロボロの衣服を纏っている。


 「おい、色々気になることがあると思うがまずは俺の質問に答えろ。お前の名前はなんだ?」


 どうやら躾は行き届いてないらしい美少年から急に問い詰められる。ここはガツンと大人の威厳を見せてあげよう。


 「ねぇ君、これでも僕は大人なんだから言葉の使い方とかごめん苦しい苦しいちゃんと答えるからその手を離して!」


 言い聞かせるつもりが途中で首を絞められてしまった。と言うか僕の力弱くなってる?なんだか全身に違和感があるような…


 「ゲホッゲホ、乱暴だなぁ、僕の名前は有栖川飛鳥。昨日は友達の仁って奴の部屋にいたと思うんだけど、寝る前の状況がよく思い出せないんだ」


 「やっぱりそうか…」


 こちらの話を聞くだけ聞くと、少年は何やら考え込んでしまう。


 「それでこっちのことは答えたんだから、君のことも聞いても良いかな?」


 話しかけると考え事の邪魔をしてしまうかもしれないとも思ったけど、この子も相当失礼な事をしてきたのだからおあいこだろう。それに僕も今の状況が知りたいのは間違いないんだし。


 「俺は真方仁、お前の口から出てきた仁本人だ」


 予想外の答えに固まる。えっ?何?そういうドッキリ?


 「言っとくが冗談でもドッキリでも無いからな」


 先に釘を刺されてしまったが、やはりにわかには信じられない。


 いくら大人らしくないだらしない大人だったとはいえ、本当に子供になってしまうなんてどこぞの名探偵じゃ無いんだから。


 「じゃあさ、何か君が仁だっていう証拠見せてよ。僕と仁しか知らないこととかさ」


 「良いぞ、何個でも出してやる。お前がお漏らししていた歳は六歳、フラれた回数は高校までで五回、男性器のサイズは」


 「ストップ!ストップ!、信じる、信じるからそこまでで止めて」


 二人しか知らないことなんて他にもあるのに、なんでわざわざ恥ずかしい事ばかり言うんだこいつは。というか流石に最後は知らないよね⁉︎


 「信じるとは言ったけど、やっぱり仁がこんな美少年になってるなんて違和感があるね」


 「ウルセェ、てか人にばっかり言ってるがお前も子供になってるからな?」


 へ?


 言われてみればさっきから体に違和感はあったけど、まさか僕も美少年に?


 部屋の中を見渡し、妙に古臭いと言うかアンティーク調な家具達の中から見つけた姿見の前に立つ。


 仁と同じようなボロボロの衣服を纏っていながらも、整った優し目の顔立ちに腰まである長い金髪という、まるでお人形さんのような少女の姿がそこにはあった。


 そう少女。頬をつねれば赤く腫れ、頬を叩けば涙目になる少女。


 「も、もしかして僕、女の子になってる…?」


 「なんだ気付いてなかったのか、自分の体のことだから気付いてるモンだと思ってたわ」


 ︎いやいや待て待て、履いてるのはズボンだし確認するまでは少女のような少年の可能性も捨てきれないはずだ。


 でも触るのか?自分のとは言え少女の股を?それはなんというか罪悪感と背徳感が…


 「そんなことより、今のこの状況を整理しようぜ」


 親友の一大事だというのにどこまでも他人事な仁。いや、本当に他人事ではあるのだけれど。


 「状況の確認といえばここはどこなの?なんかやけにアンティークな部屋だけど」


 色々気になるがとりあえず後回しにして、さっきから気になってた事を聞いてみる。僕の家や仁の家はもちろん病院でも無さそうということは辛うじて分かるが、少なくとも僕にはこんな部屋思い当たる場所は無い。


 「俺も起きたらここにいたからここがどこかは分からないが、照明器具や家具を見る限りもしかしたらここは現代日本じゃ無いのかもしれないな」


 仁がなんでも無いような口調で大変なことをサラッと言ってのける。


 「そんな、現代日本じゃ無いって言うなら一体ここは何時代の何処なの?」


 「そんなこと俺に聞かれても知らねえよ。ただ、家具や照明器具を見た感じ十九世紀後半くらいじゃないか?」


 言われて落ち着いて部屋の中を見渡してみる。さっき姿見を探した時にも思ったけど、箪笥や机など全体的にアンティークな家具で統一されている。

 ただ、残念ながら知識が無い僕には『なんか良い家具そう』以上の事が分からず、精々オイルの匂いがしないので照明器具がオイルランプでは無い事が分かるくらいだ。


 「まぁここがいつの何処かはいずれ分かるだろ。今はそれより先に考えなきゃならないことがあるしな」


 「考えなきゃいけないこと?」


 今考えなきゃいけないことなんていっぱいあると思うんだけど、強いて順番を付けるなら自分の体がどうなってしまったのかが一番気になるかな。


 「あのな、今の俺達この体の生い立ちが一切分からないんだぞ?どうやって周りと話を合わせるんだよ」


 仁に言われて考えてみる。確かに子供の僕達だけでこんなところに住んでいられるとは思えないし家族もいるはず。


 「どうしようか、素直に話す…って訳にもいかないよね」


 「そうだな、一応俺にちょっと考えがあるんだが、乗らないか?」


 そう言って仁が不敵に笑う。経験上この笑い方をする仁は人の話を聞かないし、僕には何も案が無いことも事実なので仁の話を聞いてみることにした。

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