第3話
仁から打ち合わせという名の無茶振りを受けてると、部屋にノックの軽い音が響いた。
「おい、入るぞ…ってなんだもう二人とも起きてたのか」
ノックの主は本来の僕達と変わらない二十代前半ほどの青年だった。見た目は好青年なのだが、相当鍛えているらしく服の上からでも筋肉が分かる。
「どうだ、一応ある程度治療はしておいたが、何処か痛いところとは無いか?」
こちらの体を気遣ってくれる青年。しかし痛いどころか傷跡すら無さそうなんだけど?まぁ服はボロボロだけど。
「俺は痛い場所は無いけど…」
仁が口籠る。この辺は打ち合わせ通り、ここからぶっつけ本番一発勝負の演技の始まりだ。
「ああ、そうか。まだ名乗って無かったな。俺の名前はカイン・ロッカード、ホーエンハイム家に仕える騎士だ。今回のモン害でお前たちの住んでいたアザレアの村を救援するよう任された」
僕達の怪訝な目を察してか、青年が自分から名乗ってくれた。それは良いのだが騎士だって?それにモン害?モン害ってなんだろう、なんとか門外の変みたいなもの?
何はともあれ青年、もといカインが自分から名乗ってくれたのは幸いだった。僕と仁はこっそりアイコンタクトを取る。どうやら僕と仁が想定していた幾つかのパターンの内、一番マシなパターンを引いたみたいだ。
「じゃあ俺達のことは兄ちゃんが助けてくれたの?」
打ち合わせ通り仁が子供のフリして会話の口火を切る。
「一応そういう事になる。まぁ、唯一助けられたのが君たちだけだったんだがな」
救助が遅れてすまなかったとカインが頭を下げる。どうやら僕達の今の身体が元いた場所は壊滅したらしい。
「そっか、兄ちゃんのせいじゃないよ…」
これは想定外の話だったが仁が恐らくアドリブで相槌を打つ。そういうのは自信無かったから、この役回りはある意味助かったのかも知れない。
「それで、よければなんだが二人のことも教えてくれないか?」
カインがこちらのことを聞いてくるが、これは想定の範囲内。
「俺はジンです、こっちはアスカ」
「よ、よろしくお願いします」
二人ともとりあえず苗字は伏せて本名だけを名乗る。ここが何時の何処だか分からない以上、日本人と丸分かりな苗字は伏せるべきだろうという判断だ。
それにしても、子供の頃から女の子みたいと言われ続けた名前だったけど、それがこんなところで役に立つなんて人生とは分からないものだ。
「ジンとアスカだな。俺のことは気軽にカインと呼んでくれ。これからよろしくな」
どうにか怪しまれずに名乗りまでは成功、しかし勝負はまだまだこれからだ。
「じゃあカイン、一つ相談があるんだけど良い?」
「どうした、やっぱりどっか痛むか?」
ジンの話を聞いてカインが心配してくる。そんなにひどい怪我をしていたようには見えないんだけど。
「いや、俺じゃなくてアスカの方なんだけど、どうも名前以外覚えてねぇみたいなんだ」
二人の視線を浴び、僕はただコクリと頷く。
そう、これが僕がジンから受けた無茶振り、記憶喪失のフリだ。これをすることで誰と会っても知らない理由になるし、当たり前の情報でも簡単に引き出せるようになるらしい。
何より、大きな嘘を一つ吐くことで小さな嘘を重ねずに済むのだ。
「思い出せないって記憶喪失ってやつか?アスカの方は頭に怪我はなかったんだが精神的ショックってやつかな…ちょっと待ってろよ、もう一度医者を呼んで来てやるから」
言うが早いがカインは部屋を出ていってしまう。とりあえず第一波は凌げたかならしい。
「とりあえず怪しまれずに済んだみたいだな」
「怪しまれずに済んだみたいだなじゃないよ、僕緊張で心臓バックバクだったんだから」
まだバクバク鳴ってる胸を抑えるとほのかに柔らかい何かに手が当たる。これはもしかして胸?それとも子供だから体全体が柔らかいだけ…?
「それより騎士にモン害って状況は思ったより複雑みたいだな」
「そんなことカインが言ってたね。騎士は分かるけどモン害ってなんだろう」
会話の流れ的に水害みたいななんらかの災害なんだろうけど、モンで始まるものが思いつかない。モンキーで猿とか?いや、それじゃあ村は滅びないか。
「さぁ、もしかしたらモンスター災害の略だったりしてな」
「ははは、もしそうだったら洒落にならないよ」
もしモンスターの略だったら時代や場所云々どころか、この世界自体がおかしくなるじゃないか。
そんな話をしていたら再び部屋にノックの音が響く。
「待たせたな、常駐医のワーナー先生に来てもらったぞ」
カインに連れられて部屋に入ってきたのは五十代程の白衣を着た、いかにもな風体のおじさんだった。
「どれどれ、嬢ちゃんの頭が悪いんだって?」
嬢ちゃん?あ、そうか今の僕は女の子に見えるのか。
「えっ、いや頭が悪いというか名前以外思い出せなくて」
「まぁまぁ似たようなもんじゃろう。どれちょっと動くなよ」
そう言うとワーナーが両手を頭に当ててくる。すると次第に両手が暖かな光に包まれ、頭に温もりのようなものが流れ込み始める。
「な、何これ!手品!魔法⁉︎」
「なんじゃ、魔法も見たことないのか。まぁ小さな村じゃ仕方ないかの」
事もなげなワーナー、え?何?魔法って見てるのが普通なの?
「魔法だって⁉︎おい、俺にも見せろ!」
仁が身を乗り出してくるが、既に両手の手の光は収まっていた。
「やっぱり異常は無さそうじゃのう。原因は分からんがまぁ、物忘れみたいなもんじゃしそのうち思い出すじゃろ」
当然異常なんか見つかる筈も無く、いい加減な事を言われて治療のようなものが終わる。
「なぁ爺さん、アンタ魔法が使えるのか⁉︎俺にも魔法見せてくれよ!」
しかし、ヒートアップした仁は止まらない。ワーナーに張り付くと見た目通り子供のように駄々をこねる。
「コラコラ、魔法が珍しいのは分かるが先生の邪魔しちゃダメだろ」
しかし、これまた見た目通り子供のようにカインに首根っこを掴まれて引き剥がされる。
「なぁ魔法が!やっぱり魔法があるのか⁉︎」
「何言ってるんだ、珍しいとは言え魔法自体はあるに決まってるだろう」
どうやら魔法自体はあって当たり前の物らしい。もしかして時代や場所云々じゃなくて世界そのものが違うのだろうか?
「全く、そんなに魔法に興味があるなら今度俺が適正見てやるから今は落ち着いてくれ」
「本当だな!約束だからな!」
この辺のやり取りの子供っぽさは演技では無く素の仁が出てる気がする。
「あぁ、約束だ。どうせ今回のモン害で孤児院はいっぱいいっぱいだからお前達の面倒は俺が見ることになったしな。ついでに立派な騎士になれるように教育してやるから覚悟しとけよ」
カインから不穏な言葉が聞こえる。あれ、これってもしかして僕も巻き込まれる?変な世界で騎士に魔法って漫画や小説みたいな話になってきちゃったな…
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