転生少女は元に戻りたい
余暇 善伽
第1話
「はぁ〜あ」
今週の疲れと変わり映えしない日常への飽きにも近い感情がため息となって金曜日の駅の喧騒に消える。
別に、朝起きて飯食って働いて飯食って風呂入って寝る現状に大きな不満がある訳ではない。
『事実は小説よりも奇なり』なんて言葉もあったりするが、このローテーションは現代人のほぼ全てに当て嵌まるだろう。たまになんらかの出会いやイベントがそこに挟まったとしても、圧倒的多数の普通の日々に希釈されていく筈だ。
決してそれが不幸な訳ではない。殆どの人が同じ日常を繰り返し、成長し次第に老いて逝く。一握り波瀾万丈な人生を歩む人もいるだろうが、そんなのはほんの一握りであり、一般人にとっては変わらない退屈な日常こそがかけがえの無いものなのだろう。
なんて自分に言い聞かせるように思考してみては、またため息が溢れる。波乱万丈の人生がいいとは言わないが、毎日日にちやりたくもなければやり甲斐もない仕事で頭を下げる生活を続けるのもそれはそれでキツいものがある。
ピロリン♪
そんな何かを考えてるようで何も考えていないままで列車を待っていると、スマホに一つの通知が届いた。
『よう、どうせ今日も暇してるだろ?面白いものが手に入ったから今夜うちに来いよ。あと、今日親いないからついでに晩飯買ってきてくれ』
通知を見ると幼馴染の仁から、連絡系アプリに誘ってるのかパシッてるのか分からない一文が届いていた。腹立たしい文面なのだが、暇なのは否定できないのがまた悲しい。
「なんかムカつくけどまぁいいか、ちょっと寄って帰ってみよ」
この選択が後にとんでもない出来事の引き金となるのだが、この時の僕はそんなこと知る由も無く仁の家に向かうことにした。
いつもの駅で列車を降り、近くのコンビニで買い物をしてから歩き、我が家の隣に建つ仁の家のインターホンを押す。
「よう、来たな」
程なく玄関が開き、中から中肉中背の男が出てくる。顔立ちは普通くらいなのだが、身なりに気を使ってないのがすぐ分かる無精髭と、薄汚れたバカTには働いたら負けの一文と非常に残念な出立ちだ。
「仁の言う面白い物にはあまり期待してないけど、明日も暇だしたまにはいいかなって」
「いや、今回のはマジですごいんだって、見せてやるから早く上がってこいよ」
仁に促されて部屋へとお邪魔すると、今度は見慣れたオカルトグッズの山が出迎えてくれる。壁に掛けられた謎の面たちがこちらを見ているようでまるで心が落ち着かない。
「まぁ適当に座ってくれよ」
床に散らばっている謎のグッズを適当に押し除けて座る仁に倣い、僕も適当に自分の場所を確保して座る。
「相変わらず散らかすだけ散らかして、変なもの集める前にたまには掃除したらどうなの」
「どこに何があるかは分かるし、片付けてもどうせまた散らかるんだからこれでいいんだよ。それより今度のは凄いから見てみろって」
そう言うと仁はガラクタの山の中から一冊の本を取り出してきた。
装丁は傷みが激しいことが一目で分かるような状態だが、作り自体は革でしっかり作られている。表紙や背表紙に何も書いてないことを除けばただのボロボロな本に見えるがこれのどこが凄いのだろうか?
「見ろ、これが世にも珍しい開かない魔導書だ!」
(はぁ、まただよ…)
仁は昔から変わり者で、頭は良いのにオカルト、とりわけ魔法という言葉に目が無く、子供の頃からこういう訳分からない物を集めては部屋の肥やしにしていた。
「仁、落ち着いて考えてみてよ?表紙も背表紙何も書いてない上に開かないのにどうして魔導書って分かってるのさ?」
仁の表情が固まリ、手から本が滑り落ちる。普段の仁ならばそのくらい気付けるはずなのだが、恐らく魔導書という響きに浮かれてしまったのだろう。
「ねぇ仁、仁がこういう変な物集めたり魔法使いになりたいってのは馬鹿にしないけどさ、僕たちもそろそろ良い大人なんだし、買う前には一呼吸入れて冷静に判断する癖くらいはつけようよ」
「いや、でも、開かないのは本当なんだよ!」
諦めきれないのか仁が食い下がる。確かに本が開かないのは不思議だけど、大方何かで貼り付いて固まってるとか、本によく似た小物入れとかそういうオチなのではなかろうか?というか…
「そもそもその本、開きかかってない?」
「あれ、マジでか?てかなんだこの光⁉︎」
開きかけた本の隙間から光が溢れる。やっぱり本じゃなくて玩具か何かだったんじゃないか?とか考えてるうちに溢れでる光がどんどん強くなる。
「ね、ねぇ仁、この光は一体何⁉︎」
「凄いぞ、こいつはもしかすると本物の!」
既に仁には僕の声など届いて無いようで、視線は本のような何かに釘付けになっている。
そうこうしてるうちに光は部屋いっぱいに広がり、僕達は光の中に飲み込まれ、そのまま僕の意識は途絶えた。
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