エピソード26.今日の帰り道

「す、すごい……」

「遺跡の核ごと吹き飛ばしちゃったね」

「――ブイ」


 あれだけ絶大な魔法を放って、何事もなくいつも通りのナツ。僕はセイレーンが鎮座していた石碑がを眺めながら、降りてきたナツを待つ。


 地面にふわりと着地しこちらへ駆け出すナツに、僕は腕を広げて飛びつくナツを受け止める。


 そのままお腹に顔を埋めてくるので軽く頭を撫でてやれば、小さくえへへと笑う振動が伝わってくる。


 嬉しそうで何よりだ。


「ナツ、魔力は大丈夫?」

「ん……、もんだい、なし!」

「そしたら魔鉱石の回収だけして戻ろうか。ニア、ここまで倒してきたゴーレムの素材、あつ――ニア?」

「へっ?!ど、どうしたの!!」

「……何にも聞いてなかったみたいだね」


 吹き飛ばされた空間を呆然と見ていたニアは、僕の問いかけに驚いた反応を返した。作戦の内容はあらかじめ伝えておいたはずなんだけど……。


 僕たちの正体も知っているし、今更驚くことも無かったはずだ。


「早めに魔鉱石回収して脱出しないと、遺跡が崩れるよ」

「そうだよね!崩れる……えっ?崩れるの?!」

「……ニア、おどろき……すぎ」


 大袈裟なニアの反応に、ナツが笑う。


「遺跡の核が破壊されれば、核の魔力によって作られた遺跡も破壊されるんだ。まだ遺跡自体に残留してた魔力で形を保っているけど……」


――ゴゴゴゴゴゴゴ……


 噂をすれば、遺跡の崩壊が始まった。

 地面の揺れが徐々に増していく。


「ニア!急いで走るよ!」

「ちょ、ちょっと待ってぇーー!!」


 この広い空間には、柱がひとつもない。

 崩壊していくのはまずそこからだろう。


 魔鉱石の回収をしつつ通路へと飛び出したと同時、背後から天井が崩れる音が響く。


「た、助かっ……た?」

「止まると危険だよ」

「嘘でしょぉぉぉおーーー!!!!!」


 その音は足元の揺れと共に近づいてくる。

 僕達は全力疾走で遺跡の入り口へと走る他なかった。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「ふぅ、間一髪」

「ききかん……バッチ、グー」

「あはは。確かにスリルがあって楽しかったかも」

「ん……っ」


 無事アルゴートさんの裏庭まで戻ってきた僕達。

 久しぶりの全力ダッシュに爽快感を覚え、少し気分が高揚していた。一人を除いて。


「はぁ、はぁ、はぁぁ…………し、死ぬかと思った思った」

「ニア、大丈夫?そんなに長い距離を走ったつもりは無いんだけど」

「長くは無かったよ?でも、それ以上にこう……なんというか、命の危機?みたいな」

「死の危険だったら、魔物と対峙してた方があったと思うけど」

「そうなんだけどね?!!倒して一安心したところに不意打ちをさ!……いや、これ以上説明しても無駄だった」

「???」

「ニア……へん」

「私が少数派なの?!」


 騒がしさを残したまま、こうして遺跡攻略と魔鉱石回収の任務は無事に終了。

 マジックポーチにたらふく詰め込んだ魔鉱石があれば、今後の魔道具制作も目的の魔道具作成にも問題なく使用出来るはずだ。


「よし、おじさんの工房に戻ろう」

 ようやく、魔道具の作成が一歩前進だ。



「おぉ!三人とも無事で良かった!」

「おじさん、早速で悪いんですが、これが依頼したい魔道具の設計図です。この形にしたいんですけど、魔鉱石はこれで足りますか?」

「おう!全然問題ないぜ!!」

「えっと、代金は……」

「んなもん貰えるわけないだろ!病を治してもらっただけじゃなく、鉱山の問題すら解決してもらったんだ!!今回だけとは言わねぇ、困ったらいつでも来てくれよな!!」

「おじさんうるさい!」


 町に帰ってきた後、その足でザカルさんの工房に向かい、魔道具作成用の素材と依頼をした。


 遺跡に入ったのが午前中で、帰ってきたのは夕日が沈む一時間前。思ったよりも長い時間移籍の中にいたらしい。


 通りで、かなりお腹が減っている。


「明日には完成させるさ!朝にでも取りに来てくれ」

「そ、そんなに早く?!」

「恩人を待たせるわけにゃいかんってものよ」

「助かります!」


 ザカルさんからは今回の件ですごく好感度が上がり、たくさんサービスをしてもらった。


 魔道具制作で詰まった時は、相談するのもいいかも知れない。これまで、魔鉱石の加工が上手くできず断念した魔道具がいくつかある。

 もしかすると、それらの魔道具をこの目で見る事ができる日が来るかも……。


 そんな胸踊る展開を想像し、早くも何を作ろうか考え始める自分がいる。

 心持ちはさながら、好奇心が抑えられない子どものようで。


「……………」

「ナツ?さっきから静か……」


 ふと背中に重みを感じて気配を辿ると、既に半分夢の中に旅立っているナツが、僕の背中に寄りかかっていた。


「ナツ、眠い?」

「…………………ん」


 いつもより何倍も遅い朧気な返事。

 これは精神の限界かな。


 今日は色々あった。起きるのもいつもより早かったし、眠くなるのも仕方ない。


「ごめんなさい。ナツがもう限界みたいなので、今日は一先ず宿に戻りますね」

「おう、明日にでも待ってるぜ」

「ニアは?一緒に戻る?」

「そうするー!おじさんまた明日ー!」


 宿に戻り、僕達は休息を取る事に。

 僕は背中にしがみついたナツを背負って、宿への道をゆっくり歩きだす。


「ナツちゃん、凄いね」


 その途中、ニアが小さな声で呟く。


「こんなに小さくて可愛いのに、それ以上に凄い力を持ってる」

「他の人には内緒にしてくれると嬉しいかな。こんな力、広まったりしたら悪用しようとする人が出てくるかもしれない。魔法使って、走って、疲れて寝てるけど、ナツは僕の大切な妹だから」

「きっとセイタの力になりたくて、精一杯背伸びしているんだよね」

「そうかな。……いつも寝てる気がするけど」

「だね。でも可愛いからいいじゃん」

「あんまりグイグイ押してると嫌がられるよ」

「え〜、だって本当に可愛いから……けど嫌われるのは嫌だ!!」


 命懸けの攻略の帰路とは思えない、夕日が輝く明るい帰り道。幸せそうな表情で眠るナツ。


 僕にとってこれ以上無く嬉しい今を噛み締めて、僕は空に笑うのだった。

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