エピソード19.兄妹の時間

「アルゴートさん、見かけによらずいい人そうだったね」

「ん、エルフ……初めて……みた」

「母様の弟子って言ってたけど、あの母様が人に魔法教えられる事が意外だった」

「意外ないちめん……?」

「一面というか、意外性の塊というか」


 登っていた時は気が付かなかったけれど、この崖から見下ろせる町や海の景色はとても絶景だ。水面が光り輝いて、白い街並みとの相性が良い。


 森や街の景色に見慣れているせいか、何度見ても小さな感動を覚える。


「ナツ、アルゴートさんが言ってた浜の洞窟って、たぶんあれのことだよ」


 指を指したのは町の港から海沿いに伸びる一本の道。

 その先には砂浜と崖が削れて出来た洞窟が見える。


「ニアを待たせないように、少しだけ見てこようか」

「……いく」


 着く頃にはちょうど夕日も見れそうだ。転ばないよう足元に細心の注意を払いながら、急な傾きの崖を下っていく。景色にばかりに目を向けていると危険。


 忘れては行けないのは、ここが崖であるということ。


(……なんでこんな場所に家建てたんだろう)


 絶景とはいえ、命の危機があるこの場所に、僕は疑問を抱かざるを得なかった。


ーーーーーーーーーーーーーーー


「にぃ……!あれ」

「屋台?わたあめだね。食べたいの?」

「んっ」


 さすが港町。

 最も賑わう海沿いには、それなりの数の屋台が並んでいた。地域が違うだけで、出店している屋台の種類もライードと異なり興味深い。


 それでも甘いものに惹かれるのは、花より団子なナツらしくて和む。


「おじさん、1つください」

「あいよ!」


 甘い香りに誘われて、一瞬周囲の人たちの目がこちらに向けられる。やはり人間、甘いものの魅惑には勝てないようだ。


「はいどうぞ!」

「ありがとうございます。ナツ、食べていいよ」

「んっ!!」


 裾を掴んで後ろにいたナツの表情が露骨に明るくなる。僕が分かりやすいと言うが、ナツもよっぽどだろう。


 美味しそうにわたあめを食べるナツを見て満足し、そのまま目的地である砂浜に向かって歩いて行く。


 波の音が近くなり、固く舗装された足元も柔らかい砂へと変わる。街から少し離れるだけで、本格的に波の音と潮風が僕たちを歓迎する。


「静かでいい所だね」


 賑わっている街中を見るのも嫌いではないけれど、静かで自然を感じる事ができる場所が落ち着く。


 いつの間にかわたあめを食べ終わったナツも、その波音に耳を澄ませている。


 ………………。


「ナツ、ゴミは?」

「……あそこ……捨てた」


 慌てて来た道を振り返ると、砂浜の途中にゴミ箱が設置されていた。きちんと分別出来る形状の。


「……そっか。海がこんなに綺麗なのは、街の人達の努力のおかげでもあるんだね」


 ここからでも見える、巨大な貨物船。

 荷物の出入りもあり、冒険者も多いのに海は美しいまま。街を、海を綺麗にしようと、口で言うのは簡単だけれど、実際に行動するのは難しい。


 全員が守らなければ達成出来ず、その意識を統一させるのはもっと難しい。


 それはこの世界の人間では無かった僕にはよく分かる。


 人々の努力の形を見た気がする。


「あっ、見えてきたよ」


 徐々に波音が大きくなってきたのは、洞窟が近づいてきたために反射した波の音が大きく聞こえていたのだ。

「……洞窟と言うより」

「……くう、どう?」

「だね」


 そこは崖が水で削られて出来た、巨大な空洞だった。


 上から見た時は奥が暗く洞窟のように見えたが、日が傾いて空洞内に光が差し込み、地形が分かるようになっていた。


「綺麗……」

「うん、滅多に見れない光景だよきっと」


 あまりの美しさにただ黙って眺めるだけの時間が流れる。しばらくして、僕たち二人以外の声によって現実へと引き戻された。


「おや、こんな場所に先客なんて珍しい。……君たちは昼間の兄妹か。アルゴートには会えたかね」


 現れたのは、昼間に場所を尋ねた一人のおじいさんだった。

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