エピソード18.人は見かけによらない

「……すみませーん!誰かいませんかー?」


 何度か呼びかけてみるも、その家の扉は開く気配がない。留守だろうか。


「居ないみたいだね。ポスト……は無さそうだし、この手紙は後でもう一回渡しに来よう」


 人の家の前に長々とい続けるのもどうかと思い、一度この場は退散する事を提案してみる。

「にぃ……その手紙」

「どうしたの?」

「うらがわ……、なにか書いてある」

「裏側?ホントだ。えーっと……『セイタへ。家の扉を叩いてもどうせ出てこないと思います。扉の前でこう叫んでください。"生意気坊主、あの時森の大木の下に埋めたお前のパン……


「うわぁぁぁぁ!!やめろくそババアぁぁ!!それ以上言ったら……あ?今の……お前か?」

「こ、こんにちは……」


 一人の青年……?が扉を破壊せんとする勢いで、中から飛び出してきた。


 尖った耳が特徴的で、髪は薄い金髪。

 深い青藍の瞳。――エルフだ。


「………なんか用か?」

「えっと……母様からこれを預かっていて」

「母様……?ちょっとそれを見せろ」


 僕の手から手紙を抜き取ると、まじまじと中を読み始める。一通読み終わった彼は、はぁ……と一つため息を着く。そして頭を掻きながら親指で室内を指す。


「とりあえず中に入りな。あのくそババアの子息だってんなら、問題なく歓迎するぜ」


 いまいち状況が読み込めないまま、僕達は家の中にお邪魔することになった。


「………」

「あいにく散らかってるが、適当に座っててくれ」


 家の中……案内された部屋は、そこら中に本や資料が乱雑に置かれていて本当に散らかっていた。少なくとも、この状態を見て"綺麗である"と表現する人はいない。


 他にも壁には本以外にも薬品のような瓶やその材料になりそうな草などが保管されている。


 エルフは種族単位で魔法が得意とされ、薬の調合や植物を使う錬金術なども生業としていると、いつか母様から聞いたことがある。


「あのくそバ……お前らの母親には過去世話になってな。ババアとは言ってるが、尊敬する師匠でもある」


 あの母様がやたらエルフに詳しかったのは、この人が理由だろうか。そもそもエルフはあまり他種族と関わらないことで有名だったはず。


 普通に暮らしていたら滅多に見ることは出来ない。


 その割に、街の人の話でエルフだと言う話題は一度も出てこなかった。


「普段人前に出る時にはエルフだってわかんねぇように魔法を使ってんだがよ」


 そんな僕の内心を見透かしたように、彼――アルゴートさんが自身に魔法をかけてみせる。耳が淡く光、瞬く間に人間そっくりの耳に変化した。


「見たところ上手く隠しちゃいるが、お嬢さんの方は精霊だろ?人間には他種族は珍しいからな。俺も同様に、目立たないように隠すのは当然だぜ」

「一応、僕は人間ですけど」

「んなこた分かってる。それでも師匠が息子だと言うんだから、お前はババアの息子なんだろ」


 少し口は厳しいけれど、すごく優しい人のようだ。


 思い返してみれば、街の人も変人だとは噂していたけれど悪い噂は何一つ聞かなかった。……変人は悪い噂かも。


「とりあえず適当な話はこんくらいにして、本題に入らせてもらうが……。お前らは今日来たばっかりか?」

「この街にはついさっき到着したばかりです」

「ならちょうどいい。5日後、俺を連れて森に帰れ。あの森はさすがの俺でも迷う」

「5日後……分かりました。もう一度ここに来ればいいですか?」

「いいや。街の北口……お前らが街に入ってきた門に集合だ。帰りの馬車は俺が手配しておく」

「あ、ありがとうございます」


 真剣な表情でそう伝えてきた。

 一体あの手紙には何が書かれていたのか。

 気にならないと言えば嘘になるが、わざわざ黙っていることを無理に詮索はしない。あの母様が手紙を寄越す程の内容だ。ろくな要件じゃない。


「そうだ。全く関係ない話になるんだが、……坊主の魔力量は凄いな。本当に人間か?」

「か、隠してるつもりなんですけど……」

「俺以外の奴なら分からないだろうがな。だが、魔力を押さえ込んだ上で隠していてその魔力量だ。少なく見積っても俺の数十倍はあるぜ?世界中探してもその量の魔力を持つのはあのバ……と比べるのは野暮か」


 数秒前の真剣な表情が嘘のように、好奇心に満ちた瞳でこちらを見る。少し言いかけた"バ"は、恐らく母様の事。


「エルフでその魔力があればなぁ……。俺が大量の魔法を伝授してやったんだが」

「…………?」

「その様子だと、いまいち理解していないな。魔法には種類があることは知っているな?」

「は、はい……属性ですよね」


 首を傾げる僕に、アルゴートさんが棚の書物を漁りつつ説明してくれる。


「間違いじゃないが、俺が話しているのは少し違う。属性は火・水・雷・土・風・闇・光そして無属性の計八属性だが……魔法にはそれ以外にも"族性"という別の種類が存在する」

「ぞくせい……?何が違うんですか」

「それは読み方だけな。族性ってのは、"種族専用の魔法"のことを指す。お前ら人間や精霊しか使えない魔法があり、俺らのようなエルフにしか使えない魔法もある」


 魔法にそんな種類があるなんて知らなかった。

 母様は教えてくれなかったし、母様の使う魔法は基本僕も使えるから。


「ちなみに、精霊はちょいと特殊だぜ。他種族に加護を与える事で、自身の族性魔法を与えることが出来る」


 ……だから僕は母様の魔法が扱えるのかな?

 さっきから妙に心を読まれている気がするけど……顔に出やすいかなぁ、僕。


「にぃ……分かりやすい」

「えっ?!」


 ナツにまで言われてしまった。今までもそう思われていたと考えると少し恥ずかしい。


「はっはっはっ!!まぁ、そんなわけで俺の魔法は教えてやれないんだ。どんな種族であっても魔力が多くて損は無いから問題ない。個人的にはめっちゃ羨ましいがな」


 普段から自分自身を隠すことが癖になっているからか、こうして面と向かって話すのは新鮮だった。同時に、なんだか嬉しくもあった。


「おっと、長いこと止めちまったな。せっかくこんな所まで来たんだ。観光でもしてこい。俺は5日後に言った場所で待ってるからよ」


 僕はもう少し話ていても良かったけれど、そろそろナツが退屈してくる頃。


「ナツ、まだ集合時間には早いし、海に行ってみようか」

「……んっ」

「それならいい場所を知ってるぜ」


 用事が終わった僕達は、アルゴートさんのおすすめ通り、とある場所へと行ってみることにした。

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