エピソード15.疑惑の恩人

「んっ……うぅん………」


 眩しい。

 意識が戻り始めた時、初めに感じたのはそれだった。


 続いて柔らかな感触と、足の一部に感じる重み。ゆっくりと目を開くと、見慣れているようで久しぶりな天井の景色。


「痛……っ」


 起き上がろうとして、全身筋肉痛のような痛みに襲われる。外傷は無いから、おそらくは筋肉痛で間違いないだろう。


「おはよう。長い睡眠だったわね」

「お前は……なんでここにいる?」

「あら、聖女様に向かって酷い言い草ね。護衛の時はあんなに優しかったのに」

「馬鹿言え。部下共の前で聖女に暴言など吐けるか。第一、お前が私を指名しなければ森になど……」


 そこまで言って、私は自身このような状態になっている原因を思い出す。


 私は狂人狼と戦って……それで……。

「皆は?!皆は無事か?!」

「大丈夫よ。あの後色々あって、アヤメちゃん達と合流できたから」

「アヤメ様が……?」

「ええ、その後も目を覚まさないあなたを心配して、ずっと看病していたんだから。ほら、そこで寝てるわよ」

「………アヤメ……様?!」


 足の重みの正体は、布団に突っ伏して眠っていたアヤメ様だった。ご自身の布団を私に貸し、その上で一晩中看病していた、と?


「アヤメ様を心配させてしまうとは……護衛失格だ」

「感謝しておきなさい。アヤメちゃんが来てくれなければ、ここに帰ってこられたかどうか……」

「ん?どうした、訳ありな表情をしているぞ」

「何でもないわ。まぁ、貴方が目を覚ましたのなら私は一度退散するわね」


 何やら考え込んでいた様子だったが……隠し事とは珍しい。普段なら聞いてもいないことまで長々と語り出すというのに。


「ん……ふあぁぁ……み、おん……」

「はいアヤメ様。ミオンはこちらに」

「……み、おん……ミオンっ?!起きたの!!」

「つい先程。ご心配をおかけしてすみません」

「良かった!!このまま目を覚まさないんじゃないかって……うぁ」

「大丈夫です。助けに来てくださってありがとうございました。こう言っては何ですけど、気分はとてもいいんですよ。久しぶりにぐっすり寝られたからでしょうか?」

「……ミオンもなんですね」

「も?」

「ええ、森の近くまで救出に行った時、皆さん眠っていらっしゃったのです。ツバキ姉様以外、ぐっすりと」

「……そんな事が」

「あの森で何があったのか、教えて貰えますか?」

「もちろんです」


 私は盗賊に襲われた所から、森に逃げ込み、魔物の大群と戦った旨を説明した。

 そして、狂人狼を倒して気を失ったことも。


「本当に生きてて良かったです……っ。私、ミオンにもしもの事があったらと思うと」

「私も正直危ない所でした。最後の一撃で倒しきれて……」

「ミオン?」

「いえ、その……実は、一つだけ、気になったことが」


 アヤメ様に抱きつかれたまま、私はあの時の様子を思い出す。


「あの時は無我夢中で、私が仕留めたと思い込んでいましたが……狂人狼は本来戦闘狂、狙った獲物はその命と引替えにしてでも倒しきると言われています」

「と、言いますと」

「あの時確かに首筋を貫き、強固な横腹にもダメージを与えました。ですが、私はそれが限界だったのです。あの一瞬、敵は私を仕留める時間があったはずなんです」

「何か……もしくは……誰か?」

「本当にここだけの話になるのですが」


 アヤメ様の耳元に口を近づけ、万が一にも外に漏れないように続きを言った。


「あの時、私の攻撃とは別に、脳天に穴が空いたような気がしたのです。それと、気を失う直前、あの方の声が聴こえたような気も……」


 あくまで憶測に過ぎないが、気の所為であるという証拠もない。だが、狂人狼が現れるまで続いていた敵の猛攻が無くなったのも気になる。私の推測が正しければ、全て納得が行く。


 が倒してくれていたのだろう。


「もし……、もしもそれが真実だとして、あの御二方に直接聞くのは……」

「はい、秘密を探ることになるかと」

「私、嫌われたくないです」

「同感です」


 あまり友人を疑いたくは無い。

 その友人の嫌がる事を聞くなど論外。


(だが、ただの兄妹では無いのも確かか……)


 実力を隠している。

 そこには何か理由がある。


「こっそり感謝しておくことにしますね」

「そうですね。それがいいと思います」


 今は疑うよりも、助けてもらった事への感謝をするべきだ。


 アヤメ様からも話を聞いた。

 あの魔物を倒したかどうかはともかく、帰宅するだめの魔道具を制作してくれたのは間違いなく彼だ。お礼をしなくてはならないだろう。


「そうと決まれば早速お礼の品を……っ、いてて」

「まだダメですよ!いくら怪我が無かったと言っても、身体は限界を迎えていたんですから!ちょうどいい機会ですから、ゆっくりと休んでください!この間の休日も結局人助けしていたんでしょう?」

「えっ?!………何故それを」


 アヤメ様にそう問われ、反論出来ぬまま私は数日をこの部屋で過ごすこととなった。



 たった数日とは言っても、仕事が無い訳では無い。騎士団の皆には迷惑をかける。もっとも、罪悪感を上乗せしてしまったのは……


「ミオン!!ここ教えてください!」


「ミオン?まだ寝ていないとダメですよ!」


「ミオンーー!!このお料理、1人で作れたのですよ!」


(あぁ……なんという幸せ)


 あのアヤメ様と一緒にいられる。

 私はその幸せを噛み締めていた。


 団長に任命されて以来、一緒に居られなかったアヤメ様がこうして今、目の前で笑顔を……。


「あっ!!そうですミオン!」

「はい!アヤメ様!どうしましたか」

「この間のお礼の件、明日行けたりしませんか?」

「明日……大丈夫です。身体も充分回復しましたから」


 明後日には仕事に復帰しよう。


 そう決意して、今はこの現状に甘える。

 騎士団の皆、すまないっ。


 こんな団長だが許してくれ……。


 心の中で謝罪をしつつ、笑顔でこちらを見つめるアヤメ様を撫で回す。しかし翌日、行動が一歩遅かったと後悔することとなる。


――翌日。

「あれ?」

「閉まって……いる?」


 いつもの路地の、兄妹のお店。

 営業中の看板の代わりに、メッセージが貼られていた。


『休業中。帰って来たら再開します。来てくださったお客様、申し訳ございません』

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